7 / 16
第二章
2-4
しおりを挟む
ゲームセンターからの帰り道、私たちは二人並んで歩道を歩いていた。いつの間にか秋が深まっていて、街路樹が赤や黄色に染まっている。
今は過ごしやすい気候だけれど、そのうち肌寒くなって冬が来る。冬が来れば樹くんと蒼くんの誕生日だ。
本当ならあんな勢いじゃなくて、おめでとうを言ってそれから告白するつもりだった。
でも、今の私じゃ……。
「あっ」
「は?」
ボーッとしていた私は、足下にあった溝のくぼみに足を取られて転んでしまう。
「いった……」
思いっきり転んだ私はアスファルトに膝を打ち付けた。みるみるうちに血が滲み始めた。
「何やってんだよ」
蒼くんの怒鳴るような声にビクッとなる。そんなに怒らなくてもいいじゃない。
「こっちこい」
「わっ」
腕を引っ張られ起き上がらされると、すぐ近くにあった古びた公園のベンチに座らされた。
「ここで待ってろ」
「あ……」
雑草が生い茂るこんなところに置いて行かれてしまうなんて。
涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
きっとこんなとき樹くんなら優しい言葉をかけてくれる。「大丈夫?」って聞いて、「痛かったね」ってよりそって、それで……。
やっぱり私、樹くんが好きだ。蒼くんじゃない。樹くんのことが好きなんだ。
「ちゃんと、言わなきゃ」
間違いだったんだって。それで……。
「おい」
「え?」
声をかけられて顔を上げると、そこには息を切らせた蒼くんの姿があった。手には何か小さな箱を持っている。
「泣くほど痛いのか? 大丈夫か?」
「え、あ、あの」
「くそ。ってか、なんで水で洗ってねえんだよ。そこに水道があるから洗っとけって言っただろ」
指さされた先には、たしかに水飲み場と手洗いが一緒になったタイプの水道があった。
で、でも。
「そんなこと、言わなかったよ」
「は? ……俺、言ってなかった? マジか」
はぁとため息を吐くと、蒼くんはその場にしゃがみ込んだ。おでこには薄らと汗をかいているのが見える。
そして、手に持っているのは近くのコンビニのシールが貼られた絆創膏の箱だった。
もしかして、これを買いに行くために走ってくれたの……?
「足、洗うぞ」
しゃがんだまま上目遣いで私を見ると、蒼くんはそう言った。
手を引かれ、水道へと向かう。
「あー……ハンカチとかあるか?」
「うん、これでいい?」
「さんきゅ」
ふっと微笑むその笑顔に思わず見入ってしまう。そんな私を気にすることなく、蒼くんは受け取ったハンカチを水に濡らすと、私の足に当てた。
「いたっ」
「わりい。でも、ちゃんと洗っておかねえと雑菌入ったら困るから」
水を含ませたハンカチでそっと優しく傷口を拭ってくれる。
「血は結構出てっけど、傷自体はたいしたことねえみたいだな」
絆創膏を取りだし、私の足に貼ると蒼くんは立ち上がって手を差し出した。
「え?」
「……その足じゃ、歩くの辛いだろ。手、貸せよ」
「う、うん」
さっきまでの引っ張られて歩くんじゃなくて、ゆっくりと手を繋ぎながら私たちは帰り道を歩く。
会話なんて一つもないのに、どうしてか気まずくない。
隣を歩く蒼くんの顔をこっそりと見上げる。樹くんと同じようで全然違う。
「なんだよ」
「え?」
「今俺のことみてただろ」
「み、見てないよ」
「嘘つけ。どうせお前も俺のこと、怖いとか思ってんだろ。……ま、別にいいけど」
ポツリと呟いた『別にいいけど』が全然いいと思っているようには聞こえない。どこか寂しげに聞こえて思わず私は。
「怖くなんかないよ」
「は?」
「蒼くんのこと、怖くなんか、ない。さっきも絆創膏買ってきてくれて足も治療してくれた。……ありがと」
ニッコリと笑った私に、蒼くんは一瞬驚いたような表情を見せた。でもすぐに顔を背けると、頭をかきむしった。
「あんた、変わってるな」
「そうかな?」
「そうだよ。……でも、そういうの嫌いじゃねえよ」
「え?」
言われた言葉の意味が理解できず、思わず聞き返してしまう。でも。
「なんでもねえよ。つーかさ、絆創膏買ってくるぐらい当たり前だろ。……彼女なんだし」
「え、あ……」
「ほら、さっさと帰るぞ」
そう言った蒼くんの耳がほんの少しだけ赤く見えたのは、夕日のせい、だけじゃないのかもしれない。
今は過ごしやすい気候だけれど、そのうち肌寒くなって冬が来る。冬が来れば樹くんと蒼くんの誕生日だ。
本当ならあんな勢いじゃなくて、おめでとうを言ってそれから告白するつもりだった。
でも、今の私じゃ……。
「あっ」
「は?」
ボーッとしていた私は、足下にあった溝のくぼみに足を取られて転んでしまう。
「いった……」
思いっきり転んだ私はアスファルトに膝を打ち付けた。みるみるうちに血が滲み始めた。
「何やってんだよ」
蒼くんの怒鳴るような声にビクッとなる。そんなに怒らなくてもいいじゃない。
「こっちこい」
「わっ」
腕を引っ張られ起き上がらされると、すぐ近くにあった古びた公園のベンチに座らされた。
「ここで待ってろ」
「あ……」
雑草が生い茂るこんなところに置いて行かれてしまうなんて。
涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
きっとこんなとき樹くんなら優しい言葉をかけてくれる。「大丈夫?」って聞いて、「痛かったね」ってよりそって、それで……。
やっぱり私、樹くんが好きだ。蒼くんじゃない。樹くんのことが好きなんだ。
「ちゃんと、言わなきゃ」
間違いだったんだって。それで……。
「おい」
「え?」
声をかけられて顔を上げると、そこには息を切らせた蒼くんの姿があった。手には何か小さな箱を持っている。
「泣くほど痛いのか? 大丈夫か?」
「え、あ、あの」
「くそ。ってか、なんで水で洗ってねえんだよ。そこに水道があるから洗っとけって言っただろ」
指さされた先には、たしかに水飲み場と手洗いが一緒になったタイプの水道があった。
で、でも。
「そんなこと、言わなかったよ」
「は? ……俺、言ってなかった? マジか」
はぁとため息を吐くと、蒼くんはその場にしゃがみ込んだ。おでこには薄らと汗をかいているのが見える。
そして、手に持っているのは近くのコンビニのシールが貼られた絆創膏の箱だった。
もしかして、これを買いに行くために走ってくれたの……?
「足、洗うぞ」
しゃがんだまま上目遣いで私を見ると、蒼くんはそう言った。
手を引かれ、水道へと向かう。
「あー……ハンカチとかあるか?」
「うん、これでいい?」
「さんきゅ」
ふっと微笑むその笑顔に思わず見入ってしまう。そんな私を気にすることなく、蒼くんは受け取ったハンカチを水に濡らすと、私の足に当てた。
「いたっ」
「わりい。でも、ちゃんと洗っておかねえと雑菌入ったら困るから」
水を含ませたハンカチでそっと優しく傷口を拭ってくれる。
「血は結構出てっけど、傷自体はたいしたことねえみたいだな」
絆創膏を取りだし、私の足に貼ると蒼くんは立ち上がって手を差し出した。
「え?」
「……その足じゃ、歩くの辛いだろ。手、貸せよ」
「う、うん」
さっきまでの引っ張られて歩くんじゃなくて、ゆっくりと手を繋ぎながら私たちは帰り道を歩く。
会話なんて一つもないのに、どうしてか気まずくない。
隣を歩く蒼くんの顔をこっそりと見上げる。樹くんと同じようで全然違う。
「なんだよ」
「え?」
「今俺のことみてただろ」
「み、見てないよ」
「嘘つけ。どうせお前も俺のこと、怖いとか思ってんだろ。……ま、別にいいけど」
ポツリと呟いた『別にいいけど』が全然いいと思っているようには聞こえない。どこか寂しげに聞こえて思わず私は。
「怖くなんかないよ」
「は?」
「蒼くんのこと、怖くなんか、ない。さっきも絆創膏買ってきてくれて足も治療してくれた。……ありがと」
ニッコリと笑った私に、蒼くんは一瞬驚いたような表情を見せた。でもすぐに顔を背けると、頭をかきむしった。
「あんた、変わってるな」
「そうかな?」
「そうだよ。……でも、そういうの嫌いじゃねえよ」
「え?」
言われた言葉の意味が理解できず、思わず聞き返してしまう。でも。
「なんでもねえよ。つーかさ、絆創膏買ってくるぐらい当たり前だろ。……彼女なんだし」
「え、あ……」
「ほら、さっさと帰るぞ」
そう言った蒼くんの耳がほんの少しだけ赤く見えたのは、夕日のせい、だけじゃないのかもしれない。
1
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?
待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。
けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た!
……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね?
何もかも、私の勘違いだよね?
信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?!
【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
わたしの婚約者は学園の王子さま!
久里
児童書・童話
平凡な女子中学生、野崎莉子にはみんなに隠している秘密がある。実は、学園中の女子が憧れる王子、漣奏多の婚約者なのだ!こんなことを奏多の親衛隊に知られたら、平和な学校生活は望めない!周りを気にしてこの関係をひた隠しにする莉子VSそんな彼女の態度に不満そうな奏多によるドキドキ学園ラブコメ。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
カラフルマジック ~恋の呪文は永遠に~
立花鏡河
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞】奨励賞を受賞しました!
応援して下さった方々に、心より感謝申し上げます!
赤木姫奈(あかぎ ひな)=ヒナは、中学二年生のおとなしい女の子。
ミステリアスな転校生の黒江くんはなぜかヒナを気にかけ、いつも助けてくれる。
まるで「君を守ることが、俺の使命」とばかりに。
そして、ヒナが以前から気になっていた白野先輩との恋を応援するというが――。
中学生のキュンキュンする恋愛模様を、ファンタジックな味付けでお届けします♪
★もっと詳しい【あらすじ】★
ヒナは数年前からたびたび見る不思議な夢が気になっていた。それは、自分が魔法少女で、
使い魔の黒猫クロエとともに活躍するというもの。
夢の最後は決まって、魔力が取り上げられ、クロエとも離れ離れになって――。
そんなある日、ヒナのクラスに転校生の黒江晶人(くろえ あきと)がやってきた。
――はじめて会ったのに、なぜだろう。ずっと前から知っている気がするの……。
クールでミステリアスな黒江くんは、気弱なヒナをなにかと気にかけ、助けてくれる。
同級生とトラブルになったときも、黒江くんはヒナを守り抜くのだった。
ヒナもまた、自らの考えを言葉にして伝える強さを身につけていく。
吹奏楽を続けることよりも、ヒナの所属している文芸部に入部することを選んだ黒江くん。
それもまたヒナを守りたい一心だった。
個性的なオタク女子の門倉部長、突っ走る系イケメンの黒江くんに囲まれ、
にぎやかになるヒナの学校生活。
黒江くんは、ヒナが以前から気になっている白野先輩との恋を応援するというが――。
◆◆◆第15回絵本・児童書大賞エントリー作品です◆◆◆
表紙絵は「イラストAC」様からお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる