ホントのキモチ!

望月くらげ

文字の大きさ
上 下
5 / 16
第二章

2-2

しおりを挟む
 その日の帰りのホームルームが終わり、坂井先生が教室を出て行く。そういえば蒼くんは帰りも一緒にって言っていたけれどどうしたらいいのだろう。このまま帰ってもいいのかな。
 そんなことを考えていると、教室のドアが勢いよく開いた。

「加納。帰るぞ」

 そう言って教室を覗き込んだのは蒼くんだった。
 一緒に帰るぞ、とは無化英に行くぞという意味だったのか。クラス中の注目を浴びながら慌てて帰る準備をする。

「大丈夫?」

 結月が聞いてくれるけれど、必死に笑顔を作って頷いた。
 後ろにいる樹くんの顔を見ることは、できない。
 とにかく待たさないようにと必死に机の中身をカバンに詰め込んだ。
 その間に、蒼くんに絡みに行く人の姿が見えた。あれは、浅田さんたちだ。

「ねえねえ、今から帰るの?」
「あんな子と帰らずにさ、私たちと遊びに行こうよ」
「その方が絶対楽しいよ」

 私の方へと視線をチラチラ向けながらクスクスと笑う態度に、顔が熱くなるのを感じる。なんであんなこと言われなきゃいけないのかわからない。
 私は何も言えないまま俯いていた。
 ダメ、泣いちゃいそう。
 必死に涙を堪えていると「きゃっ」と叫び声が聞こえて思わず顔を上げた。

「大丈夫か」
「え?」

 すぐそばには蒼くんの姿があった。視界の端で他の女子に身体を支えられている朝打算の姿も見えた。一体何がどうなって……。

「最悪! か弱い女子に暴力振るうなんて何考えてるの?」
「は? 人のこと傷つける言葉を楽しそうに言っているやつのどこがか弱いって?」

 蒼くんの言葉に浅田さんたちは何も言えなくなる。

「荷物、これだけ?」
「え、あ、うん」

 準備した私のカバンを蒼くんはひょいっと持つとそのまま教室を出て行く。どうすればいいかわからず立ち尽くす私を振り返った。

「何やってんの? 帰るぞ」
「あ……はい」

 促されるままに蒼くんの後ろを追いかける。浅田さんたちの前を通るとき、浅田さんたちが私を睨んでいたのには気づかないふりをして。
 無言のまま蒼くんの隣を歩く。私より身長が高い蒼くんの隣を歩くためには、いつもより早足で歩かなくてはいけなかった。

「あれ? あお?」

 必死についていっていると、蒼くんを呼ぶ声が聞こえてそちらに視線を向けた。そこには学ランを着崩し、髪の毛をツンツンに立てた男子が立っていた。

「…………」
「おい、無視すんなよ。え? ってか、女の子連れてんじゃん。それ噂のあおの彼女? うわー絶対嘘だと思ったのに」
「うるせえ。なんだよ」

 肩に回された腕を振り払いながら蒼くんは言う。
 学ランに付けられたバッジには『三の二』と書かれているので、どうやら先輩のようだった。

「けっ、彼女の前だからってかっこつけやがって。まあ、いいや。彼女ちゃんと仲良くな。今度またゲーセン行こうぜ」

 ケラケラと笑いがなら先輩たちは去って行く。
 先輩にあんな口をきいていいのだろうかと不安になって、先輩たちの背中と蒼くんの姿を見比べてしまう。

「なに?」
「え?」
「何か言いたそうな顔してた」
「え、えっと、その、先輩と仲、いいの?」
「あー」

 蒼くんはなぜかバツが悪そうな顔をする。そんなに変なことを聞いたかな。

「答えにくかったら別に……」
「あ、いやそうじゃなくて。学校帰りにゲーセン寄ったときに知り合ったんだ」
「……学校帰りにゲームセンター」

 校則で禁止されていることをしてしまっている、という後ろめたさがあったのか、蒼くんは私から目を逸らした。
 でもそっか。ゲームセンターか。

「なんだよ、教師にでも言うって言うのか?」
「え、あ、ううん。そうじゃなくって私ゲームセンターって行ったことないなって思って」
「は? マジで?」
「うん」

 頷く私を驚いた表情で蒼くんは見つめる。
 ゲームセンターに行ったことがないというのはそんなにもおかしいことなのだろうか。
 そりゃ行ってみたいと思わなかったといえば嘘じゃないけど、パパやママがダメっていうのにどうしても行きたいとは思わなかった。でも。

「ゲームセンターって楽しいの?」
「楽しいっていうか……。あーんじゃ、今から行くか」
「え?」
「連れて行ってやるよ、ゲームセンターに」

 そう言ったかと思うと、蒼くんは私の腕を掴んで歩き出す。
 ツカツカと歩かれると、私はついていくのがやっとで。

「あ、蒼くん」
「なんだよ、行きたくねえのか?」
「そう、じゃ、なくて」

 私の声にようやく蒼くんは足を止めた。私は必死に息を整えると「あのね」と切り出した。

「もうちょっとだけゆっくり歩いてもらっても、いいかな?」
「は?」
「歩くの速すぎてついていくのが大変なの」
「……マジか」

 そんなこと考えもしなかった、とでもいうかのような表情を蒼くんは浮かべていた。

「えーじゃあどれぐらいで歩けばいいの?」
「今の半分ぐらいのスピードだと嬉しい」
「マジかよ」

 ため息を吐く蒼くんに私はビクッと肩を振るわせた。だって仕方ないじゃん。私の方が小さいんだから。それなのに、ため息なんて――。

「もっと早く言えよ」
「え?」

 そう言ったかと思うとぎこちなく歩き出す。

「これぐらいなら大丈夫か?」
「え、あ、うん」
「これからはもっと早く言えよ」

 まるで私が悪いかのように言われてちょっとだけムッとした。勇気を振り絞って『なんでそんなふうにいわれなきゃいけないの』そう言い返そうと思ったのだけれど、それよりも早く蒼くんが口を開く。

「なるべく気づいてやりてえけど、気づけないこともあると思うから。何かあったらちゃんと言ってくれよ」
「え……?」
「あんた自分の気持ち押し込めるタイプだろ。人のことばっかり考えずに、ちゃんと自分の気持ち伝えた方がいいと思うぞ」

 口調は乱暴なのに、声のトーンは凄く優しくて毒気を抜かれてしまう。
 蒼くんって、よくわからない。口は悪いし、先輩たちとだってまるで友達みたいに話しているし、でもさっきみたいに優しい一面もあるみたいで。
 どの蒼くんが、本当の蒼くんなんだろう。
 ほんの少しだけ、蒼くんに興味が湧いた気がした。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

ホスト科のお世話係になりました

西羽咲 花月
児童書・童話
中2の愛美は突如先生からお世話係を任命される 金魚かな? それともうさぎ? だけど連れてこられた先にいたのは4人の男子生徒たちだった……!? ホスト科のお世話係になりました!

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

キミと踏み出す、最初の一歩。

青花美来
児童書・童話
中学に入学と同時に引っ越してきた千春は、あがり症ですぐ顔が真っ赤になることがコンプレックス。 そのせいで人とうまく話せず、学校では友だちもいない。 友だちの作り方に悩んでいたある日、ひょんなことから悪名高い川上くんに勉強を教えなければいけないことになった。 しかし彼はどうやら噂とは全然違うような気がして──?

白いきりんの子

青井青/堀由美(drop_glass)
児童書・童話
憧れのあの子の声を聴きながら、『僕』が人として生きていた中学三年の春、世界は崩壊した。この世から生き物はいなくなったのだ。 神様は、新しい世を創造した。次の世の支配者は人ではない。動物だ。 『僕』は人間だったころの記憶を僅かに持ち、奇妙な生き物に生まれ変わっていた。 しかしほかの動物とは違う見た目を授かって生まれたことにより、生まれてすぐにバケモノだと罵られた。 動物は、『僕』を受け入れてはくれない。 神様は、心無い動物たちの言葉に一粒の涙を流した。そして動物の世には、終わらない冬が訪れるのだった。 『僕』は知っている。 神様を悲しませたとき、この世は崩壊する。雪が大地を覆い、この世は再び崩壊へと歩んでしまった。 そんな時、動物に生まれ変わった『僕』が出会ったのは、人間の女の子だった。そして『僕』はかけがえのない小さな恋をした。 動物の世でバケモノと呼ばれた世界崩壊世代の『僕』は、あの子のために、この世の崩壊を止めることを決意する。 方法は、ただひとつだけある。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

処理中です...