ホントのキモチ!

望月くらげ

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第二章

2-1

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 まさかの出来事で、蒼くんと付き合うようになった翌日、私は朝から災難に見舞われていた。髪の毛をまとめているヘアゴムは切れちゃうし、朝ご飯にって入れた豆乳は一口しか残ってなかった。さらに靴を履こうとしたらスニーカーの紐が切れて、ママに新しいのを出してもらうはめになっちゃった。
 今日一日分の災難を朝から味わった気がしてウンザリ。でもこれ以上の災難が待っているなんてドアを開けるまではわかってなかったの。

「いってきます」

 重い気持ちのまま玄関のドアを開け外に出る。いつもより五分ほど出るのが遅くなったけれど、遅刻しそうなほどではないからゆっくり行こうかな。
 できれば、通学路の途中にある家の柴犬のワンタを構ってから行けばこのうんざりした気持ちも晴れるかもしれない。
 でもそんなささやかな希望は門を一歩出た瞬間に打ち砕かれた。

「遅い」
「え?」

 俯き気味に歩いていた私は、声をかけられるまでそこに人がいることに気づいていなかった。

「蒼、くん?」
「あんたいつもこんなに遅えの?」
「なんでここに……」
「いいからさっさと行くぞ」
「あっ」

 私の腕を掴むと蒼くんは歩き始めた。何がどうなっているのかわからない。
 でも、大通りに出て同じ中学の生徒が増えてくると私たちの姿を見てこそこそと話しているのが聞こえ始めた。

「え、なんで蒼くんが女の子と?」
「やだ、手繋いでるんだけど」
「あの子誰? まさか付き合ってるの?」

 付き合ってる――。
 まさか、昨日のあれで付き合うようになったから迎えに来てくれたとか? だって、蒼くんの家と私の家じゃ全然方角が違うのに。

「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「……別に。付き合ってんだからそれぐらい当然だろ」

 私の方を見ることなく蒼君は言う。付き合ってる。私たち本当に付き合ってるんだ。
 でも、私が好きなのは――。
 一卵性双生児だから顔は一緒。でも口調や態度が全然違う。蒼くんの姿に樹くんを重ねてしまう。
 こんなのやっぱりダメだよ。ちゃんと言わなきゃ。私が好きなのは樹くんで、間違えて蒼くんに告白しちゃったんだって。

「あ――」
「あれ? 蒼、何やってんの? 女子なんか連れて珍しい」
「あ?」

 蒼くんを呼び止めようとしたタイミングで、学ランを着た男子が蒼くんに声をかけた。見たことがある気がするから、多分違うクラスの同級生だと思う。

「なんだよ、邪魔すんなよ」
「邪魔ってなんだよ。まさか」
「俺ら付き合ってんだよ。わかったらあっち行け」

 その瞬間、私たちの周りにいた女子たちの悲鳴が聞こえた。



「じゃあ、帰りも迎えに来るから」
「……うん、ありがとう」

 ドアの前で蒼くんと別れて私は二年一組の教室へと入った。あちこちから突き刺さるような視線が痛い。
 なるべく俯いて誰とも目を合わさないように自分の席に着くと、ため息を吐いた。

「はぁ……」
「すっごいため息。どうしたの」
「どうしたって……」

 どう説明したものか、頭を悩ませていると結月はニヤッと笑った。

「まあここから見てたから知ってるんだけど。クラスの女の子たち、さっきまで窓に貼り付いてたよ」
「うそぉ……」

 どうりで教室に入った瞬間、みんなが私を見ていたはずだ。

「で、なんで弟の方? 凜が好きなのは兄のほうじゃなかった?」
「色々事情はあるんだけど……簡単に言うと間違えた」
「は? 間違えた? 好きな人を?」
「好きな人を、というか告白する相手を……」

 昨日の出来事を周りの子には聞こえない声の音量で喋ろうとする。でも、みんな聞き耳を立てているのか、私が喋り出した途端に教室の中がシンとしてしまった。

「……ここじゃ話せないよ」
「昼休み、お弁当外で食べる?」
「うん……。そのときまでに私も頭の中整理しておく……」

 はぁ、ともう一度ため息を吐くとタイミングよく坂井先生が教室に入ってきた。
 ようやく女子からの視線が私から逸れる。そのことにホッとしながら、私は放課後のことを思って憂鬱な気持ちになった。



 教室の中は三つのグループに分かれているようだった。
 私と蒼くんが付き合っていることを信じたくないグループ、特に興味がないグループ、それから私に対して苛立っているグループ、だ。
 あからさまに教室内で陰口を言われてしまうとさすがに辛い。

「大丈夫?」
「あんまり……」

 四時間目の体育の時間、ペアを組むようにと言われいつものように結月と組もうとした私に、浅田さんたち私に対して苛立っているグループが横槍を入れてきた。
「いつも二人で組んでるなんて他に友達いないの? さびしー」と。
 別に組みたくて組んでるんだから放っておいてくれたらいいのに、近くに陣取るとクスクス笑いながらこちらに視線を向けて何かを言っているのが何度も見えた。
 そのたびに、胃の奥がジクジクと痛んだ。

「お昼食べられる?」
「うん……」

 私はカバンからお弁当を取り出すと、結月と一緒に教室を出た。クスクスと笑う浅田さんたちの声を背中に聞きながら。
 春、私が落としたプリントを樹くんが拾ってくれた中庭。そこに設置されているベンチに私たちは座る。
 少し離れたところから私たちを見ている人がいるのには気づいてた。でも、ベンチの間隔が広く、おかげで話を聞かれる範囲に誰かがいるということはなかった。
 膝の上に置いたお弁当の蓋を開けるけれど、どうしても食欲が湧かない。

「ホント大丈夫? というか、何があったの?」
「……間違えちゃったの」
「間違えた? 何を?」
「樹くんと、蒼くん」

 私の言葉に結月は手に持ったパンを落としそうになり、慌てて空中でキャッチした。

「え、嘘でしょ」
「ホント……。昨日の放課後、教室に樹くんがいて。二人っきりだったからつい告白しちゃったんだけど……でもそれ、本当は樹くんのことを待ってた蒼くんだったの」
「タイミング悪い……」
「どうすればいいと思う……?」

 泣きついた私に結月は困ったように頭を掻く。

「や、どうすればって……それは間違えましたって言うしかないんじゃ」
「言おうと思ったら、みんなの前で付き合ってるって言われちゃったんだもん」
「それは、言えないね」
「だよね……」

 あの状況でどうやったら間違いでした、と言えるのか。そんな勇気があるなら昨日の時点で間違いだったと伝えられた。

「でもさ、凜が告白して付き合ったってことになってるんだよね」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、樹くんの中で凜の好きな人は蒼くんだって誤解されたことになるね」
「え……」

 そんなこと考えもしなかった。でもたしかに、私が蒼くんに告白してるんだから私の好きな人は蒼くんってことになる。
 樹くんにまでそんなふうに思われているなんて。

「そんなの、やだよ」
「じゃあタイミングを見計らってまずは蒼くんに正直に言って謝るしかないんじゃない? それから樹くんの誤解を解いて、ついでに告白をし直す」

 決めポーズのようにビシッと指先を私の鼻の頭に差すと、結月は「ね?」と笑った。
 うん、そうだ。結月の言うとおりだ。
 とにかく今は蒼くんに誤解だっていうことを伝えなくちゃ。

「まあでも、なんで蒼くんは告白をオッケーしたんだろうね」
「え?」
「ううん、なんでもない」

 結月の言葉の意味がいまいち理解できず訪ね返す私に、首を振ると持ったままになっていたパンに被りついた。
 私も少しだけ気が楽になったのでお弁当箱を開ける。いつもと変わらないお弁当が、なぜかとってもホッとした。

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