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第五章:押し寄せる高波と感情と

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 伊織さんと辰雄さんが午後からの仕事に出たあと、私は家庭菜園に水やりをするために裏庭へと向かった。野菜に水をやりながら考える。辰雄さんに、相談してみようか――と。
 この時代に来てから今まで、伊織さん以外にまともに話をしたことがあるのは辰雄さんだけだ。他の人に相談、という選択肢がなかったのもあるけれど、辰雄さんなら……もしかしたら力になってくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまうほど、辰雄さんは私に対してもよくしてくれていた。
 とはいえ、いつ相談しよう。伊織さんがいるときにはそんな話、絶対にできないし……。

「うーーん」

 私は水やりをしながら、どうすれば相談することができるかを、ああでもないこうでもないと一人考え続けた。


 いろいろな計画を考えたものの、結局私は翌日のお昼の時に、小さなメモを辰雄さんに渡すことにした。
 相談したいことがあるから時間を作ってもらえないか、そう書いたメモを。
 とはいえ、辰雄さんは伊織さんと同じ職場で働いているし、相談できたとしても少し先のことになるだろう。そう思っていたのに……。

「おはよう、菫ちゃん」
「た、辰雄さん? どうして……」
「どうしてって、菫ちゃんが俺に手紙をくれたんだろう? で? 相談したいことって?」

 朝、伊織さんがオリーブ園に行くために家を出たあと、入れ替わるようにして辰雄さんが現れた。突然のことに驚く私に、辰雄さんはひょうひょうとした表情でそう言うとこっちにおいでと手招きをした。

「あの……?」

 いつものように中に入るのかと思いきや、辰雄さんは私に家の中から出てくるように言ったのだ。不思議に思いながらも、私は靴を履いて家の外へと出た。

「中に入らないんですか?」
「今日は伊織がいないからね。俺一人で菫ちゃんしかいない家に入ったりなんかしたら俺伊織に何されるかわかんないよ」
「そ、そんなこと……」
「まあ、それは冗談にしても、よその奥さんしかいない家に男が上がり込むっていうのは周りから見てあんまりいいもんじゃないからね。だから俺はここで話を聞くから、菫ちゃんはその辺の掃除でもするふりをしといてよ」

 辰雄さんに言われて、初めてそのことに気付いた。たしかに、この島の人は私のことを伊織さんの奥さんだと思っているわけだから、その伊織さんのいない時間に辰雄さんを中に引き入れているなんて――周りの人から見たら浮気とか不倫だって思われても仕方がない。そしてそれは私じゃなくて、伊織さんや辰雄さんの評判を下げてしまうことになるのだ。

「わ、私……ごめんなさい。なんにも考えてなくて……」
「ああ、いいのいいの。気にしないで。それで? 突然、相談したいことがあるってどうしたの? 伊織とまたなんかあった?」
「……あの、もしもの話ですよ? もしもの……。その……えっと……」
「ん?」
「もしも……この島で女の人が一人で暮らすとして……お仕事とか住む場所とかって……ありますか? あるとしたら、どうやったらそれを得ることができますか?」

 私の言葉に、辰雄さんの表情が変わるのがわかった。そりゃそうだろう。同僚の嫁だと思っている私からこんな話をされてるんだもん。
 もしも、なんて言っているけれど、こんなの伊織さんの家から出る相談をしているんだってことは、きっと辰雄さんだって気付いているに違いない。

「っ……」
「んー、そうだなあ」

 でも辰雄さんは、そんな私の問い掛けに、真剣に答えてくれた。

「例えばうちのオリーブ園でも事務仕事なんかは女の人もいるし縫製関連とか、あとは海で海女仕事とか、まあ探せばあると思うよ。住むところは空き家があるから頼めば格安で貸してくれるんじゃないかな」
「そう、ですか」
「……菫ちゃん、この家出るつもりなの?」
「それは……」

 思わず黙り込んでしまう私に、辰雄さんは困ったように頭をかく。そりゃあそうだろう。こんな相談……。

「まあ、深くは聞かないけどさ、一度ちゃんと伊織に相談した方がいいと思うよ」
「……はい」
「んじゃ、そろそろ行かないとまずいから。また何かあったら声かけてよ。じゃあね」
「あ、ありがとうございました」

 辰雄さんに頭を下げると、手をひらひらと振りながらオリーブ園へと向かって歩いて行った。一人残された私は、これから先のことを伊織さんに相談することの気の重さに小さくため息をついた。
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