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第八章:降り注ぐ光の下で

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 レイ君と別れてからの三ヶ月はあっという間だった。私がドナーとなるための検査や未成年ということもあり誰かに強制されての移植ではないか、ということの確認などがあった。その間、何度も両親からは『やめてもいいんだよ』『無理しなくてもいいんだよ』と言われたけれど私は首を縦に振らなかった。
 お姉ちゃんからは『そんなこと望んでいない』と泣かれてしまったけれど、最終的に私の意志が固いとわかったのか諦めたようだった。


 本当に不安がないか、と言われたら嘘になる。ドナーになるにあたってたくさん受けた説明の中には移植といえど手術は手術。全身麻酔でおこなわれるから万が一のことがないとは言えない、と先生に言われた。
 レイ君と出会う前の私は、死ぬことなんて怖くなかった。早く死んで全てから解放されたいとそう思っていた。
 でも、今の私は違う。今まで流されるままに生きてきたけれど将来についても考えたい。行きたいところもある。大切にしてくれる家族もいる。それから、もう一度会いたい人もいる。だから、死ねない。死にたくない。
 私の顔色が変わったのがわかったのか、先生は優しく微笑んだ。

「移植の予定日までまだ一ヶ月あります。もう少し考えましょうか」
「でも……!」
「移植はね、ドナーとなってくれる人にほんの少しでも不安や迷いがあればしない方がいいんです。今回はレシピエント《臓器移植希望者》がお姉さんということもあってマイナスなことは言いにくいかもしれない。でも、あなたには「したくない」という権利があるの。前日でも手術当日でも、それこそ手術室に行く直前まで、あなたには「やっぱり無理という権利があるのよ」

 先生の言葉は優しくて、私のことを心配してくれているのがわかって、それ以上何も言えなかった。
 お姉ちゃんのところへ行ってから帰るという両親と別れ、私は一人病院の屋上へと向かった。お昼過ぎから話を聞いていたはずなのに、いつの間にか空には月が昇っていた。
 ここからだと、レイ君と一緒に過ごした鉄橋がうっすらと見える。彼はまだあそこにいるのだろうか。もしかしたらあのまま消えてしまったのかもしれない。きっと会いに来てくれると信じているけど、たまに無性に不安になるときがある。

「レイ君、今何をしてるの」

 私はポケットから取り出したレイ君のストラップを握りしめた。預かったままのストラップ。いつか本当に返せる日が来るのだろうか。

「レイ君、遅いよ。早く来てくれないと、私――」

 夜空に輝く青い月に願いを込める。早くレイ君が目覚めますように、と。

「うん、大丈夫」

 私は顔を上げた。いつかレイ君が目覚めたときに、恥じない自分でありたい。そのためにも、自分で決めたことをきちんと終わらせよう。他の誰でもない、これは私が決めたことなんだから。

「待ってるからね」

 そう呟くと、私は屋上を後にした。誰もいなくなった屋上を、青い月が優しく照らしていた。


 先生に移植についての説明を再開してもらい、そしてあっという間に手術の日はやってきた。数日前から入院していた私は、手術着に着替えるとお姉ちゃんの部屋へと向かった。これから私たちは隣り合った部屋で手術を受けるそうだ。

「緊張してる?」
「まあね。お姉ちゃんは?」
「少しだけ。でも、隣の部屋に二葉がいてくれるから」

 これでようやくお姉ちゃんの入院生活が終わるんだ。そう思うと、やっぱり嬉しくて仕方がない。結局、私はお姉ちゃんのことが大好きなんだ。
 私はいつかした質問を、もう一度投げかけた。

「ねえ、お姉ちゃん。退院したら何がしたい?」
「んー、二葉と一緒に出かけたい」
「私と? ってか、お願い事は叶うまで秘密なんじゃなかったの?」
「もういいの。それにこれはお願い事じゃなくて、未来の予定だから」
「未来の予定?」

 思わず聞き返した私に、お姉ちゃんは優しく笑いながら頷いた。
 
「そう。未来の予定。願望なんかじゃなくて、必ず元気になって二葉と出かけるっていう未来の約束」
「約束、か。なら、守らなきゃね」
「うん、約束は必ず守らなきゃ。私ね、二葉にお姉ちゃんらしいことなんにもできなかったから。これから先、二葉が困ったり大変なことがあったりしたとき真っ先に手を差し伸べたい。だって、私はあなたのお姉ちゃんなんだから」

 お姉ちゃんの目に涙が浮かんでいるのが見えて、私はそっと手を伸ばすと涙を拭うと小さく笑った。
 
「お姉ちゃんなのに泣いてるじゃん」
「あ……。ホント、情けないお姉ちゃんだよね」
「でも、そんなお姉ちゃんが大好きだよ」
「私も、二葉のことが大好きよ」

 コンコンというノックの音が聞こえて看護師さんが私たちを呼びに来た。
 ストレッチャーに乗せられて私たちはそれぞれ運ばれていく。

 ねえ、レイ君。あなたに出会えて私の、ううん。私たちの未来は変わった。
 ねえ、レイ君。今、あなたはどこにいますか? まだあの鉄橋で一人、青い月を見つめていますか?
 ねえ、レイ君。私、待ってるから。あなたが会いに来てくれる日を――。
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