37 / 38
第八章:降り注ぐ光の下で
8-1
しおりを挟む
レイ君と別れてからの三ヶ月はあっという間だった。私がドナーとなるための検査や未成年ということもあり誰かに強制されての移植ではないか、ということの確認などがあった。その間、何度も両親からは『やめてもいいんだよ』『無理しなくてもいいんだよ』と言われたけれど私は首を縦に振らなかった。
お姉ちゃんからは『そんなこと望んでいない』と泣かれてしまったけれど、最終的に私の意志が固いとわかったのか諦めたようだった。
本当に不安がないか、と言われたら嘘になる。ドナーになるにあたってたくさん受けた説明の中には移植といえど手術は手術。全身麻酔でおこなわれるから万が一のことがないとは言えない、と先生に言われた。
レイ君と出会う前の私は、死ぬことなんて怖くなかった。早く死んで全てから解放されたいとそう思っていた。
でも、今の私は違う。今まで流されるままに生きてきたけれど将来についても考えたい。行きたいところもある。大切にしてくれる家族もいる。それから、もう一度会いたい人もいる。だから、死ねない。死にたくない。
私の顔色が変わったのがわかったのか、先生は優しく微笑んだ。
「移植の予定日までまだ一ヶ月あります。もう少し考えましょうか」
「でも……!」
「移植はね、ドナーとなってくれる人にほんの少しでも不安や迷いがあればしない方がいいんです。今回はレシピエント《臓器移植希望者》がお姉さんということもあってマイナスなことは言いにくいかもしれない。でも、あなたには「したくない」という権利があるの。前日でも手術当日でも、それこそ手術室に行く直前まで、あなたには「やっぱり無理という権利があるのよ」
先生の言葉は優しくて、私のことを心配してくれているのがわかって、それ以上何も言えなかった。
お姉ちゃんのところへ行ってから帰るという両親と別れ、私は一人病院の屋上へと向かった。お昼過ぎから話を聞いていたはずなのに、いつの間にか空には月が昇っていた。
ここからだと、レイ君と一緒に過ごした鉄橋がうっすらと見える。彼はまだあそこにいるのだろうか。もしかしたらあのまま消えてしまったのかもしれない。きっと会いに来てくれると信じているけど、たまに無性に不安になるときがある。
「レイ君、今何をしてるの」
私はポケットから取り出したレイ君のストラップを握りしめた。預かったままのストラップ。いつか本当に返せる日が来るのだろうか。
「レイ君、遅いよ。早く来てくれないと、私――」
夜空に輝く青い月に願いを込める。早くレイ君が目覚めますように、と。
「うん、大丈夫」
私は顔を上げた。いつかレイ君が目覚めたときに、恥じない自分でありたい。そのためにも、自分で決めたことをきちんと終わらせよう。他の誰でもない、これは私が決めたことなんだから。
「待ってるからね」
そう呟くと、私は屋上を後にした。誰もいなくなった屋上を、青い月が優しく照らしていた。
先生に移植についての説明を再開してもらい、そしてあっという間に手術の日はやってきた。数日前から入院していた私は、手術着に着替えるとお姉ちゃんの部屋へと向かった。これから私たちは隣り合った部屋で手術を受けるそうだ。
「緊張してる?」
「まあね。お姉ちゃんは?」
「少しだけ。でも、隣の部屋に二葉がいてくれるから」
これでようやくお姉ちゃんの入院生活が終わるんだ。そう思うと、やっぱり嬉しくて仕方がない。結局、私はお姉ちゃんのことが大好きなんだ。
私はいつかした質問を、もう一度投げかけた。
「ねえ、お姉ちゃん。退院したら何がしたい?」
「んー、二葉と一緒に出かけたい」
「私と? ってか、お願い事は叶うまで秘密なんじゃなかったの?」
「もういいの。それにこれはお願い事じゃなくて、未来の予定だから」
「未来の予定?」
思わず聞き返した私に、お姉ちゃんは優しく笑いながら頷いた。
「そう。未来の予定。願望なんかじゃなくて、必ず元気になって二葉と出かけるっていう未来の約束」
「約束、か。なら、守らなきゃね」
「うん、約束は必ず守らなきゃ。私ね、二葉にお姉ちゃんらしいことなんにもできなかったから。これから先、二葉が困ったり大変なことがあったりしたとき真っ先に手を差し伸べたい。だって、私はあなたのお姉ちゃんなんだから」
お姉ちゃんの目に涙が浮かんでいるのが見えて、私はそっと手を伸ばすと涙を拭うと小さく笑った。
「お姉ちゃんなのに泣いてるじゃん」
「あ……。ホント、情けないお姉ちゃんだよね」
「でも、そんなお姉ちゃんが大好きだよ」
「私も、二葉のことが大好きよ」
コンコンというノックの音が聞こえて看護師さんが私たちを呼びに来た。
ストレッチャーに乗せられて私たちはそれぞれ運ばれていく。
ねえ、レイ君。あなたに出会えて私の、ううん。私たちの未来は変わった。
ねえ、レイ君。今、あなたはどこにいますか? まだあの鉄橋で一人、青い月を見つめていますか?
ねえ、レイ君。私、待ってるから。あなたが会いに来てくれる日を――。
お姉ちゃんからは『そんなこと望んでいない』と泣かれてしまったけれど、最終的に私の意志が固いとわかったのか諦めたようだった。
本当に不安がないか、と言われたら嘘になる。ドナーになるにあたってたくさん受けた説明の中には移植といえど手術は手術。全身麻酔でおこなわれるから万が一のことがないとは言えない、と先生に言われた。
レイ君と出会う前の私は、死ぬことなんて怖くなかった。早く死んで全てから解放されたいとそう思っていた。
でも、今の私は違う。今まで流されるままに生きてきたけれど将来についても考えたい。行きたいところもある。大切にしてくれる家族もいる。それから、もう一度会いたい人もいる。だから、死ねない。死にたくない。
私の顔色が変わったのがわかったのか、先生は優しく微笑んだ。
「移植の予定日までまだ一ヶ月あります。もう少し考えましょうか」
「でも……!」
「移植はね、ドナーとなってくれる人にほんの少しでも不安や迷いがあればしない方がいいんです。今回はレシピエント《臓器移植希望者》がお姉さんということもあってマイナスなことは言いにくいかもしれない。でも、あなたには「したくない」という権利があるの。前日でも手術当日でも、それこそ手術室に行く直前まで、あなたには「やっぱり無理という権利があるのよ」
先生の言葉は優しくて、私のことを心配してくれているのがわかって、それ以上何も言えなかった。
お姉ちゃんのところへ行ってから帰るという両親と別れ、私は一人病院の屋上へと向かった。お昼過ぎから話を聞いていたはずなのに、いつの間にか空には月が昇っていた。
ここからだと、レイ君と一緒に過ごした鉄橋がうっすらと見える。彼はまだあそこにいるのだろうか。もしかしたらあのまま消えてしまったのかもしれない。きっと会いに来てくれると信じているけど、たまに無性に不安になるときがある。
「レイ君、今何をしてるの」
私はポケットから取り出したレイ君のストラップを握りしめた。預かったままのストラップ。いつか本当に返せる日が来るのだろうか。
「レイ君、遅いよ。早く来てくれないと、私――」
夜空に輝く青い月に願いを込める。早くレイ君が目覚めますように、と。
「うん、大丈夫」
私は顔を上げた。いつかレイ君が目覚めたときに、恥じない自分でありたい。そのためにも、自分で決めたことをきちんと終わらせよう。他の誰でもない、これは私が決めたことなんだから。
「待ってるからね」
そう呟くと、私は屋上を後にした。誰もいなくなった屋上を、青い月が優しく照らしていた。
先生に移植についての説明を再開してもらい、そしてあっという間に手術の日はやってきた。数日前から入院していた私は、手術着に着替えるとお姉ちゃんの部屋へと向かった。これから私たちは隣り合った部屋で手術を受けるそうだ。
「緊張してる?」
「まあね。お姉ちゃんは?」
「少しだけ。でも、隣の部屋に二葉がいてくれるから」
これでようやくお姉ちゃんの入院生活が終わるんだ。そう思うと、やっぱり嬉しくて仕方がない。結局、私はお姉ちゃんのことが大好きなんだ。
私はいつかした質問を、もう一度投げかけた。
「ねえ、お姉ちゃん。退院したら何がしたい?」
「んー、二葉と一緒に出かけたい」
「私と? ってか、お願い事は叶うまで秘密なんじゃなかったの?」
「もういいの。それにこれはお願い事じゃなくて、未来の予定だから」
「未来の予定?」
思わず聞き返した私に、お姉ちゃんは優しく笑いながら頷いた。
「そう。未来の予定。願望なんかじゃなくて、必ず元気になって二葉と出かけるっていう未来の約束」
「約束、か。なら、守らなきゃね」
「うん、約束は必ず守らなきゃ。私ね、二葉にお姉ちゃんらしいことなんにもできなかったから。これから先、二葉が困ったり大変なことがあったりしたとき真っ先に手を差し伸べたい。だって、私はあなたのお姉ちゃんなんだから」
お姉ちゃんの目に涙が浮かんでいるのが見えて、私はそっと手を伸ばすと涙を拭うと小さく笑った。
「お姉ちゃんなのに泣いてるじゃん」
「あ……。ホント、情けないお姉ちゃんだよね」
「でも、そんなお姉ちゃんが大好きだよ」
「私も、二葉のことが大好きよ」
コンコンというノックの音が聞こえて看護師さんが私たちを呼びに来た。
ストレッチャーに乗せられて私たちはそれぞれ運ばれていく。
ねえ、レイ君。あなたに出会えて私の、ううん。私たちの未来は変わった。
ねえ、レイ君。今、あなたはどこにいますか? まだあの鉄橋で一人、青い月を見つめていますか?
ねえ、レイ君。私、待ってるから。あなたが会いに来てくれる日を――。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨
悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。
会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。
(霊など、ファンタジー要素を含みます)
安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き
相沢 悠斗 心春の幼馴染
上宮 伊織 神社の息子
テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。
最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*)
FAMILY MATTER 家族の問題 : 改題『さよなら、ララバイ』
設樂理沙
ライト文芸
初回連載2021年10月14日~2022年6月27日……
2024年8月31日より各電子書店より
『さよなら、ララバイ』と改題し電子書籍として配信中
――――――――
深く考えもせず浮気をした夫 許してやり直す道を考えていた妻だったが果たして
……
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
漫画のつくりかた
右左山桃
ライト文芸
サトちゃんの隣に居座るためなら何にだってなれる。
隣の家の幼なじみでも、妹みたいな女の子でも、漫画家のプロアシスタントにだって!
高校生の日菜子は、幼馴染で6つ年上の悟史のことが大大大好き。
全然相手にされていないけど、物心つく頃からずっと切ない片思い。
駆け出しの漫画家の悟史を支えたくて、プロアシスタントの道を志す。
恋人としてそばにいられなくても、技術者として手放せない存在になればいいんじゃない!?
打算的で一途過ぎる、日菜子の恋は実るのか。
漫画馬鹿と猪突猛進娘の汗と涙と恋のお話。
番外編は短編集です。
おすすめ順になってますが、本編後どれから読んでも大丈夫です。
番外編のサトピヨは恋人で、ほのぼのラブラブしています。
最後の番外編だけR15です。
小説家になろうにも載せています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
帝国海軍の猫大佐
鏡野ゆう
キャラ文芸
護衛艦みむろに乗艦している教育訓練中の波多野海士長。立派な護衛艦航海士となるべく邁進する彼のもとに、なにやら不思議な神様(?)がやってきたようです。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
※第5回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる