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第七章:明けない夜はない

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 翌日、私は学校が終わってからレイ君のところへと向かった。レイ君は青白い顔で鉄橋にいた。以前よりもずっとずっと薄くなった身体は、もう時間がないと叫んでいるかのようだった。

「レイ君」
「二葉」
「レイ君、大丈夫?」
「わからない。でも、さすがの俺にもわかる。自分の身体が消えかけてることが」

 レイ君は空に手をかざす。その手にもうほとんど色は残っていなかった。
 このままじゃダメだ。このままレイ君が消えるなんて嫌だ!

「ねえ、レイ君。私はレイ君に生きていてほしい」
「またその話。二葉は勝手だ。自分にできないことを俺にさせようとする。今更生き返って何になるっていうんだ。優一は自殺じゃないって言ったかもしれない。でも、俺はあのときたしかにこのままここから飛び降りたら楽になるってそう思ったんだ。いじめからも受験からもそれからいい奴でいることからも逃げてしまいたいってそう思ったんだ!」

 それはレイ君の悲痛な叫びだった。こんなに戻りたくないと言っているレイ君に生きてほしいと言うのは私のエゴじゃないだろうか。自分さえよければそれでいい? そんなことない。そんなことない、けど。

「でも、私はレイ君に生きてほしい。レイ君言ってくれたよね。私が自分の意志で選んでいいんだって。だから私はレイ君に望むよ。生きてくれることを」
「だけど……!」
「私ね、昨日両親と話をしたんだ」
「え……?」

 私の言葉にレイ君は驚いたような表情を浮かべた。まさかそんなことを言われると思わなかったのだろう。思わず「ふふっ」と笑ってしまった。

「話って……」
「これからのこと、それからこれまでのこと。ねえ、レイ君。私、お姉ちゃんに腎臓をあげる。そう決めた」
「それで、二葉はいいの?」
「うん。……正直なことを言うと、今までも私のことを愛してたって言う両親の言葉に都合がいいなって思うこともある。蔑ろにしてお姉ちゃんを優先してたことに変わりはないから。でも、私に甘えてしまってたって謝る両親に、仕方ないなって思っちゃった。それにね、ここでたくさんの人と出会って、生きていくことの苦しさや、それでもたくさんの人が立ち向かっていることを知った。だから私は生きるよ。死ぬことをやめる。でも、そのときは隣にレイ君にいてほしい。こうやって」

 私は鉄橋の手すりに置かれたほとんど消えかかったレイ君の手のひらに、自分の手のひらを重ねた。ぬくもりなんて感じない。伝わってくるのは手すりの冷たさだけ。

「レイ君の手に触れたい。レイ君と一緒に、生きたい」
「二葉……」
「ねえ、レイ君。私は勇気を出すことに決めたよ。でも、この選択ができたのはレイ君。あなたと出会えたからだよ。あなたが私を変えた。あなたがいたから、私は強くなれた」
「俺はなんにもしていないよ。強くなれたというのなら、二葉はもともと強かったんだ。ただ、それを表すすべを知らなかっただけで」

 レイ君は震える手で私の頬に触れる。触れようとする。けれど、どうやっても触れられない手は、私の頬まであと数ミリのところで止まった。

「俺なんかよりも、二葉はよっぽど強いよ。俺は、その選択をすることが、まだ怖い」
「レイ君……」
「でも、俺も強くなれるかな」
「なれるよ。一緒に二人で強くなろう」

 私の言葉に、レイ君は小さく頷いた。消えかけた瞳から、ひとしずくの涙がこぼれ落ちるのが見えた。
 そんなレイ君に、私は私なりの決意を告げた。

「私、もうここには来ない」
「うん」
「移植の準備も始まるしね。これから検査とかして、忙しくなると思うから。だから、次はレイ君が私に会いに来て。そのときまでこれ、預かっておくから」

 私はポケットから取り出したあのストラップをレイ君に見せる。一瞬、驚いたような表情を浮かべて、そのあと困ったように笑った。

「それ、持ってたんだ」
「持ってた。本当は返しに行こうと思ってたけど、やめた。人質ならぬ物質ね。返してほしかったら必ず会いに来ること。わかった?」
「わかった」
「来なかったら、返さないんだから」
「ああ」
 
 泣かない。泣くもんか。
 きっと、きっとレイ君は会いに来てくれるって信じてるから。
 でも、どうしても溢れそうになる涙に、私はレイ君に背中を向ける。そんな私の身体を、レイ君は消えかけた腕で包み込むように、後ろからそっと抱きしめた。

「約束する。必ず会いに行く」
「絶対だよ」
「ああ、絶対にだ」
「約束は必ず守らなきゃなんだからね」
「わかってる。言っただろ? 二葉とした約束は絶対に守るって」

 レイ君は泣きそうな顔で笑うと、小指を差し出した。
 絡まることのない指切りをして――そうして、私たちは別れた。
 出会った頃と同じ青く輝く月明かりの下で。
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