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第七章:明けない夜はない

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 家に帰ると電気が消えていて、両親がまだ帰っていないことがわかった。土曜日だしきっとお姉ちゃんのところに行っているんだろう。
 制服を着替えて手紙を書く。口じゃ上手く伝えられないと思うから。
 何度も書いては消してを繰り返しているうちに、車が止まる音が聞こえた。両親が帰ってきたようだ。

「おかえり」

 階段を下りた私を見て、玄関にいたお母さんが少し驚いたような表情を浮かべた。

「ただいま。……帰ってたのね」
「うん。お姉ちゃんのところに行ってたの?」
「ええ。昨日、二葉が来てくれたって喜んでたわよ」
「そっか」

 できる限り普通に、そう思いながら喋っているけれど、私の心臓はいつもの倍ぐらいの速さで鼓動を鳴らす。ポケットに入れたレイ君のストラップをギュッと握りしめると、私は後ろ手に隠していた手紙を差し出した。

「これ」
「え?」
「今日の夜、私が寝てから読んで」
「今じゃダメなの?」
「ダメ」

 かたくなな私の態度に、お母さんは諦めたように「わかった」と言って手紙を受け取った。
 そして翌日の朝。制服に着替えてリビングへと向かった私にお母さんは言った。

「手紙、読んだわ。……明日の夜でいい?」
「大丈夫なの?」
「ええ。お父さんにも言ってあるから。7時には二人とも帰るわ」
「わかった。ありがとう」

 これでもう、後戻りはできない。
 もしかしたらこの選択を後悔する日が来るかもしれない。でも、それでも今の私はこの選択が最善だと思ってて、違う選択をしたらきっとそれはそれで後悔すると思うから。それなら、今の自分が思う方を選びたい。


 翌日、私はレイ君の元に向かうことなく学校が終わるとまっすぐに自宅へと帰った。誰もいないリビングで両親の帰りを待つ。あと1時間。あと30分。両親が帰ってくる時間が迫ってくると、心臓が痛いぐらいに鳴り響く。
 まず、なんて言おうか。今の私が、ううん。今までの私が思っていたことを伝えて、両親はいったいどう思うんだろうか。どう思われたってかまわない、なんてかっこつけたことは言えない。否定されたらきっと私は今まで以上に傷つく。でも、それでも伝えないわけにはいかないから。
 リビングには時計の針の音が鳴り響く。車の音も玄関が開く音もしない。時計の針は――7時20分を指していた。

「あは……これは、想定外だったな……。まさか、すっぽかされるなんて」

 手紙を書いた時点で、話がしたいという私の要求が断られることは想定していた。でも、こんなふうに期待させて突き落とすような、そんなことは想像していなかった。

「っ……くっ……」

 思ったよりも、私は期待していたみたいだ。両親と今までとこれからの話をすることを。話をして、もしかしたら歩み寄れるんじゃないかという未来を。そんな未来、あるはずなかったのに。
 私の頬を伝った涙が食卓に小さな水たまりを作っていく。涙が、止まらない――。

「ごめん、遅くなっちゃった!」

 玄関のドアが開く音と同時に、慌てたように言うお母さんの声が聞こえて、私は慌てて机の上にこぼれ落ちた、そして頬を流れる涙を拭いた。
 バタバタと部屋に入ってきたお母さんは、食卓に座る私を見つけて申し訳なさそうに両手を合わせた。

「ごめんね。駅の近くで事故があったみたいで、凄く混んでて遅くなっちゃった。お父さんももうすぐ着くと思うから」
「そう、だったんだ」
「そうよー。スマホにメッセージ送ったんだけど既読にならなかったから焦っちゃった」

 その言葉に、そういえばスマホを二階に置いてきていたことに気づく。そっか、すっぽかされたわけじゃなかったんだ。

「先にご飯にする? それとも」
「先に、話を聞いてほしい」
「わかった。あ、お父さんも帰ってきたみたいね」

 車の音が聞こえ、しばらくするとお父さんがリビングへと入ってきた。私の向かいにお父さんとお母さんが座り、私は息を吸い込むと、手の中のストラップをギュッと握りしめる。そんな私にお母さんは優しく微笑んだ。
 
「今日はちゃんと最後まで二葉の話を聞くから」
「おねえ、ちゃんは大丈夫なの?」
「ええ。今日は行けないってちゃんと伝えたから」
「どうして……」
「どうしてってことはないでしょ。二葉、あなたも私の大事な娘だからよ。あなたが話したいことがあるなんてよほどのことでしょう? ちゃんと最後まで話を聞かせて」

 綺麗事を言わないで、と叫びそうになるのを必死に堪える。押し殺したように必死で声を絞り出した。

「私が大事なのは、お姉ちゃんのスペアだからでしょ」
「なに、言ってるの? そんなことあるわけないじゃない!」
「隠さなくてもいいよ。私、知ってるから。私が18歳になったらお姉ちゃんに腎臓をあげてほしいって思ってるんでしょ? 私はお姉ちゃんのスペアとして、お姉ちゃんを助けるために作られた。そうなんでしょ」
「誰がそんなこと……」

 お母さんの声が、震えていた。
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