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第五章:暗闇の中を照らす月
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椿さんが鉄橋を去り、私はレイ君の元に向かう。少し離れたところから私たちの様子を見ていたレイ君は歩いてきた私に微笑んだ。
「やっときた」
「待ちくたびれた?」
「まあね」
優しく笑うレイ君に心臓がどくんと跳ね上がるのを感じる。正直なところ、この感情の名前を知らないわけじゃない。でも、今は気づきたくなかった。いつかレイ君が言っていたとおりこのままだとレイ君が私の未練になる。だから気づきたくない。この世界に未練を残させないで。
そう思っているのに、気づけば足はこの場所へと向かってしまう。行く場所がないから、家にいたくないから。そんなの多田の言い訳だって知っている。私はただレイ君に会いたいんだ。でも、それを認めたくなくて、今日も私はいつも通りの言い訳をレイ君に告げた。
「家にいても気まずいだけだから来ちゃった」
「そっか。お昼ご飯はもう食べたの?」
「来る途中にセボンで買ってきた」
私は手に持った袋をレイ君に見せると、中からクルミパンとクリームパンを取り出した。久しぶりに行ったセボンはたくさんのお客さんがいて、ずいぶんとお腹が大きくなってきた巴ちゃんのお母さんとお父さん――それに巴ちゃんが忙しそうに働いていた。
最近じゃあ学校が終わるとお店のお手伝いをしているらしい。
「そっか。元気そうだった?」
「うん。まだいじめについては学校といじめた子たちとの間で話し合いをしている最中らしいけど、クラスに話せる子ができたって喜んでたよ」
「そっか、ならよかった」
結局、いじめっ子たちの仲間になった親友とは仲違いしたままらしいけれど。「でも、いいの」と言った巴ちゃんの顔が明るかったから、きっともう大丈夫なんだと思う。
「うん、やっぱりセボンのパンは美味しい」
買ってきたクルミパンにかぶりつくと、私は明るく言った。
そういえば、最初は食べることのできないレイ君の隣でこうやって私が食事をするのはどうなんだろう、なんて思ったこともあったけれど、特にレイ君が気にしている様子もなかったので考えるのをやめた。
私はこっそりとレイ君の横顔を見つめた。あの日、幽霊に顔色があるなんてわからないとそう思ったけれど、今はもうそれが間違いだったと、そうはっきりとわかるぐらいにレイ君は青白い顔をしていた。日に日に顔色が悪くなっていくレイ君に私は背筋が寒くなるのを感じた。
「二葉? どうかした?」
「あ、えっと」
あまりにもジッと見つめている私の視線に気づいたのか、レイ君が不思議そうに私を見る。私は慌てて適当にごまかした。
「そ、そういえば、あれからどうなのかなって」
「どうって?」
「だから、生きていたときのことって何か思い出したりした?」
「ああ、そのこと。いや、あれからは全く。でも別にいいさ。生きていたときのことを思い出したってなんにもならないから。しょせん僕は幽霊なんだ。過去も未来も、今すらもない、虚ろな存在なんだ」
その言葉が、なぜか無性に私を苛立たせた。まるで私と過ごしている今すらも否定されているかのようで。レイ君と過ごす今に――救われているのはまるで私だけのようで。
「帰る」
「二葉?」
「……レイ君にとって、私はしょせんその程度の存在みたいだから」
「どういう……」
まだ何か言いたそうだったレイ君を振り切って私は鉄橋を駆け抜けた。追いかけてきてくれるわけなんかない。そもそも鉄橋を渡りきったら追いかけられるわけないんだ。
「っ……くっ……」
どうして、私は今、泣いているんだろう。
何がこんなにも辛くて苦しいんだろう。レイ君に否定されただけで、どうして……。
「いつの間に、こんなにも好きになってたんだろう」
もう気づかないふりなんてできなかった。こんなにも、こんなにも心が叫んでいるのに、自分自身をだまし続けることなんてできなかった。
私は、レイ君が好きなんだ。レイ君が好きで好きで仕方がないんだ。
「どう、しよ……これじゃあ、本当にレイ君が未練になっちゃう……」
一瞬、それもいいかもしれないと思った。そうしたら死んでからもずっとレイ君と一緒にいられるかもしれないのだ。
でもきっと、私がそんなことになったら彼は自分自身を責めるだろう。レイ君はそういう人だ。じゃあ私はどうしたらいいんだろう。
答えの出ない問いの答えを、私はひたすらに考え続けた。
「やっときた」
「待ちくたびれた?」
「まあね」
優しく笑うレイ君に心臓がどくんと跳ね上がるのを感じる。正直なところ、この感情の名前を知らないわけじゃない。でも、今は気づきたくなかった。いつかレイ君が言っていたとおりこのままだとレイ君が私の未練になる。だから気づきたくない。この世界に未練を残させないで。
そう思っているのに、気づけば足はこの場所へと向かってしまう。行く場所がないから、家にいたくないから。そんなの多田の言い訳だって知っている。私はただレイ君に会いたいんだ。でも、それを認めたくなくて、今日も私はいつも通りの言い訳をレイ君に告げた。
「家にいても気まずいだけだから来ちゃった」
「そっか。お昼ご飯はもう食べたの?」
「来る途中にセボンで買ってきた」
私は手に持った袋をレイ君に見せると、中からクルミパンとクリームパンを取り出した。久しぶりに行ったセボンはたくさんのお客さんがいて、ずいぶんとお腹が大きくなってきた巴ちゃんのお母さんとお父さん――それに巴ちゃんが忙しそうに働いていた。
最近じゃあ学校が終わるとお店のお手伝いをしているらしい。
「そっか。元気そうだった?」
「うん。まだいじめについては学校といじめた子たちとの間で話し合いをしている最中らしいけど、クラスに話せる子ができたって喜んでたよ」
「そっか、ならよかった」
結局、いじめっ子たちの仲間になった親友とは仲違いしたままらしいけれど。「でも、いいの」と言った巴ちゃんの顔が明るかったから、きっともう大丈夫なんだと思う。
「うん、やっぱりセボンのパンは美味しい」
買ってきたクルミパンにかぶりつくと、私は明るく言った。
そういえば、最初は食べることのできないレイ君の隣でこうやって私が食事をするのはどうなんだろう、なんて思ったこともあったけれど、特にレイ君が気にしている様子もなかったので考えるのをやめた。
私はこっそりとレイ君の横顔を見つめた。あの日、幽霊に顔色があるなんてわからないとそう思ったけれど、今はもうそれが間違いだったと、そうはっきりとわかるぐらいにレイ君は青白い顔をしていた。日に日に顔色が悪くなっていくレイ君に私は背筋が寒くなるのを感じた。
「二葉? どうかした?」
「あ、えっと」
あまりにもジッと見つめている私の視線に気づいたのか、レイ君が不思議そうに私を見る。私は慌てて適当にごまかした。
「そ、そういえば、あれからどうなのかなって」
「どうって?」
「だから、生きていたときのことって何か思い出したりした?」
「ああ、そのこと。いや、あれからは全く。でも別にいいさ。生きていたときのことを思い出したってなんにもならないから。しょせん僕は幽霊なんだ。過去も未来も、今すらもない、虚ろな存在なんだ」
その言葉が、なぜか無性に私を苛立たせた。まるで私と過ごしている今すらも否定されているかのようで。レイ君と過ごす今に――救われているのはまるで私だけのようで。
「帰る」
「二葉?」
「……レイ君にとって、私はしょせんその程度の存在みたいだから」
「どういう……」
まだ何か言いたそうだったレイ君を振り切って私は鉄橋を駆け抜けた。追いかけてきてくれるわけなんかない。そもそも鉄橋を渡りきったら追いかけられるわけないんだ。
「っ……くっ……」
どうして、私は今、泣いているんだろう。
何がこんなにも辛くて苦しいんだろう。レイ君に否定されただけで、どうして……。
「いつの間に、こんなにも好きになってたんだろう」
もう気づかないふりなんてできなかった。こんなにも、こんなにも心が叫んでいるのに、自分自身をだまし続けることなんてできなかった。
私は、レイ君が好きなんだ。レイ君が好きで好きで仕方がないんだ。
「どう、しよ……これじゃあ、本当にレイ君が未練になっちゃう……」
一瞬、それもいいかもしれないと思った。そうしたら死んでからもずっとレイ君と一緒にいられるかもしれないのだ。
でもきっと、私がそんなことになったら彼は自分自身を責めるだろう。レイ君はそういう人だ。じゃあ私はどうしたらいいんだろう。
答えの出ない問いの答えを、私はひたすらに考え続けた。
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