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第五章:暗闇の中を照らす月

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 数日後、その日は土曜日で、けれど学校に用事があったので昼過ぎに鉄橋へと向かった私は、鉄橋に誰かがいることに気づいた。

「あれ、あの人……」

 この間、鉄橋から川を見下ろしていた妊婦さんだった。あんなことを言っていたけれど、やっぱり……。

「あれ? あなたこの間もここにいた子だよね? こんにちは」
「……こんにちは。今日も病院ですか?」
「そうなの。土曜日だから混んじゃって。8時から行ったのに今やっと終わったとこなの。あなたは学校? 土曜日なのに?」
「私立なので……」

 私の答えに、目の前の女性は「そっか、そっか」と笑っている。自殺をするようには見えない。もしかしたらこの間言っていたとおり、ただ通りかかっただけなんだろうか。でも、あのときのレイ君の表情がなんとなく気にかかる。

「あの、えっと」

 でも、なんて言っていいのかわからない。そんな私に、目の前の女性が困ったように笑った。

「あ、もしかして私が自殺しに来たってそう思ってるんでしょ? そういえば、この前もそんなこと言ってたよね」
「えっと、その……はい。ここに来る人って、みんなそういう目的の人ばかりなので」
「――あなたもそうなの?」

 返された質問に、私は言葉に詰まる。そりゃそうだ。さっきの私の言い方じゃあそう言っているようなもんだもん。
 でも、私の返事よりも早く、その人は口を開いた。

「なんてね、意地悪な質問だったよね。……私ね、この間ここであなたに会ったとき。あの日が初めてじゃなかったの。ここに来たの」

 知ってます、とは言えない。だから私は少しだけ驚いたように見えるように、軽く目を見開いた。

「ビックリした? ……そのときはね、本当にここから飛び降りようかって思ってたの」
「……どうしてか、聞いてもいいですか?」
「お腹の子に、病気が見つかったの」
「え……? 病気……?」

 優しい表情でお腹に手を当てるその人の言葉の意味が一瞬わからなかった。
 お腹にいる赤ちゃんの病気がわかるのだろうか。いや、わかるからそう言われたんだろうけど、でも……。

「周りからは堕ろせって言われるし……。これから先、生まれてきたこの子がずっと大変な目に遭って生きるぐらいなら最初から生まれてこない方がいいんじゃないか。でも、この子一人で逝かすなんてこと私にはできない。それならいっそ一緒に死んじゃった方がいいんじゃないかって。その方がみんな幸せになれるんじゃないかって。……バカよね」
「そこまで思ってて、どうして死ぬのをやめたんですか……?」
「家で待ってる夫と、それから娘の顔が思い浮かんで」
「娘さん……」
「頭が回ってなかったの。残された娘がどんな思いするかなんて考えることもできてなかった。情けないわよね、お母さんなのに。母親失格よ」

 病気が見つかった子のために、今いる娘さんを置いてお腹の子と死んでしまおうとする。それが、娘さんへのどれほどの裏切りかこの人はわからなかったのか。大切なお母さんが、まだ生まれていない妹か弟のせいで死んでしまった。そんな思いをさせることになるなんて……!

「最低ですね」

 口に出してから、ハッとした。目の前で悲しそうに微笑む姿があったから。
 でも出てしまった言葉が戻ることはない。気まずくなって私はその人から目をそらした。
 そんな私に、その人は話し続ける。

「そう、最低なの。ホントに……」
「どうして、死ななかったんですか?」

 まるで死んでほしかったとでも言うような言い方になってしまった。でも、実際この人からはレイ君のことを見えないのなら誰も止める人はいなかったはずだ。なのに、どうして。
 そんな私の問いかけに、その人はお腹に手を当てて優しく微笑んだ。

「お母さんだから、かな」
「お母さん、だから?」
「うん、この子の、それから娘の。どちらも大切で愛しくて……この子たちを守れるのは私しかいないんだってそう思ったの」
「……本当に?」
「え?」

 思わず聞き返してしまった私に、その人は顔を上げた。私は今、どんな顔をしているのだろう。でも、目の前の勝手な女性が許せなかった。

「あなたはそれでいいかもしれない。でも、今もうすでにいる娘さんがどう思うか考えたことある?」
「ど、どうしたの?」
「私は……! 私のお姉ちゃんは、小さな頃から腎臓が悪くて、今もあの病院に入院してる。子どもの頃からお母さんとお父さんの一番はいつだってお姉ちゃんだった。お誕生日会も運動会も劇で主役をしたときも、必ず見に行くからって言っといてお姉ちゃんの具合が悪くなったらそっちを優先して私の方になんて来てくれなかった。こんな思いを、娘さんにさせないって本当に言える!? 私みたいに親から愛されてない子にしないって!」

 ああ、こんなのただの八つ当たりだ。自分の両親への不満をこの人にぶつけているだけだ。頭ではそうわかっているのに、止めることができない。辛くて苦しくてずっと蓋をしてきた感情が一気に溢れだしてきた。
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