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第五章:暗闇の中を照らす月
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しおりを挟むお昼の時間になり、私はレイ君と別れ少し歩いたところにある雑貨屋さんに併設されたカフェに向かった。平日のお昼時、大人たちで混み合う店内でサンドイッチとアイスティを注文し、待っている間に店内を見て回る。特にほしいものがあるわけではなかったけれど、ガラス細工の小物やストラップ、キーホルダーなどいろいろなものが置いてあった。
その中の一つ、空色のビー玉のようなものがついたストラップが目についた。
「可愛い」
「――それ、気に入りました?」
「え?」
いつの間にか隣に立っていた店員さんがニコニコと笑いながら話しかけてきた。人当たりの良さそうな笑みを浮かべた店員さんは、私が見ていたストラップを手に取った。
「これ、僕が作ったんです」
「そうなんですか? 空色が凄く綺麗だなって思って」
「ありがとうございます。仕入れたものもあるんですが、いくつか自分で作ったものも置いてて。だから、そう言って頂けると嬉しいです」
ゆっくりしていってくださいね、そう言い残して店員さんは去って行く。私は、店員さんが置いたストラップに一瞬視線を向ける。けれど、すぐに注文したランチができあがったと言われ、そのまま席へと戻った。
ご飯を食べて、カフェをあとにする。でも、なぜかずっとあのストラップのことが気にかかっていた。どうしてこんなにも気になるのかわからない。でも、お店を出て一歩、また一歩と歩く足取りが重い。
「っ~~! ああ、もう!」
回れ右をして、元来た道を歩くと、私はさっきまでいたカフェに飛び込んだ。少し驚いた表情を浮かべた店員さんに「忘れ物ですか?」と聞かれるのが恥ずかしい。
「あの、さっきの……ストラップ」
「ああ、あれですか」
「買おうと思って……」
「わざわざ戻ってきてくれたんですが? そのために? ……ありがとうございます」
店員さんは嬉しそうな表情を浮かべると、さっき私が見ていたストラップを持ってきてくれた。それを可愛い袋に入れてもらい、私はお金を払って今度こそカフェをあとにした。
鉄橋に戻るために歩きながら、私は袋からストラップを取り出す。太陽にすかすと、本当に青空がそこにあるみたいだ。ううん、青空というより――。
「ああ、そっか。レイ君と見た、月に似てるんだ」
吸い込まれそうな水色のビー玉のようなそれは、いつか見た青い月を思い出させた。
鉄橋に足を踏み入れた私に気づいたのか、レイ君がこちらを向いた。
「ただいま」
「おかえり。もう戻ってこないのかと思ったよ」
「まだこんな時間なのに帰るわけないでしょ」
「そう。あれ? それ、なに?」
「ああ、これ?」
手の中のストラップに気づいたレイ君に、私はさっき買ったストラップを見せる。カフェで買ったんだ、と口を開くよりも早く、レイ君が息をのむのが分かった。
「レイ君?」
「そうだ、ストラップ。ここに、入れておいた……ちぎれて、取れた……」
「レイ君!」
「あ、ああ」
「どうしたの? 大丈夫?」
幽霊に顔色なんてものがあるのかなんてわからない。でも、レイ君は真っ青な顔でポケットに手を入れ何かを探すような仕草をしていた。これは、もしかして……。
「なにか思い出したの……?」
「わからない。でも、そんな感じのストラップを、持っていたような気がする。大事な、ストラップ。誰かと買った……」
「誰かと……?」
その言葉に、一瞬胸の奥がツキンと痛んだ気がした。でも、その痛みについて考えるよりも、目の前で座り込んでしまったレイ君のことが気がかりで私は慌てて隣にしゃがんだ。
「レイ君!? どうしたの!?」
「あ、ああ。いや、なんでもない」
「なんでもないって……」
なんでもない、という顔ではなかった。透き通っているレイ君の姿がいつもよりもさらに透けているように見える。もしかして――消えかかっている?
幽霊に期限があるのかなんてわからないけれど、もしかしたらレイ君がここにいられるのももう少しなのかも知れない。そう思わせるほど、レイ君の姿が薄くなっていた。
「本当に大丈夫なの……?」
「ああ……。それ、もう一度見せて」
「これ?」
私はレイ君の前に先ほどのストラップをかかげた。レイ君は「やっぱり似てる」と小さな声で呟いた。
「何と似ているの……?」
「ポケットに入れてた……ストラップ。あいつと一緒に買って……あいつ、あいつの名前は……わからない、思い出せない!」
「レイ君、落ち着いて! ねえ、レイ君!」
「わからない、思い出せない。でも、それを見ると、冷たくなったこの心臓が熱くなる気がする。胸の奥に熱が宿って、まるで生きていたときのように……。生きてるときのことなんて思い出してもどうにもならないってそう思ってたのに、思い出したら苦しくなるだけだって……。俺は、何を忘れてるんだ……?」
目の前のレイ君が泣き出しそうに見えて、私は初めてレイ君に触れられないことを辛く感じた。もしも触れることができたら、手を繋ぐこともそっと抱きしめることもできるのに。こんなに近くにいるのに、こんなにも遠い。
「ねえ、レイ君。本当は、思い出したいんじゃない?」
「何を?」
「生きていたときのこと」
「……わからない」
そんなことない、とは言わなかった。ただ、不安そうに両足を抱えて首を振るレイ君を、どうしても私は放っておけなかった。
触れることはできないけれど、隣にいることはできる。レイ君が少しでも元気になるまで、私は隣にいるから。
身体をそっとレイ君に寄せると、私の肩とレイ君の肩が重なる。触れた感触はない。でも、どうしてか重なった肩が温かいような、そんな気がした。
「……二葉?」
「ん?」
「え、あれ? 嘘。もう真っ暗だよ。二葉、帰らなきゃ」
ふと気が付いたようにレイ君が顔を上げたのは、太陽がとっくに沈み、月が空高くから暗闇を照らし始めた頃だった。時計を見ていないからわからないけれど、8時か9時すぎだと思う。
昼間に見たときよりも、さらにレイ君の身体の色が薄くなったように見える。
私は不安を吹き飛ばすように、わざと明るい声を出した。
「ホントだ。んー、お尻痛くなっちゃった」
立ち上がって伸びをすると、身体のどこからかバキッという音がする。ずっとコンクリートに座っていたからかお尻が冷たい。
さあ、そろそろ帰らないとさすがにもう両親ともに帰ってきているはずだ。ポケットからスマホを取り出すと、何通もメッセージが届いていて、どれもお母さんからだった。
開くことなくそれを閉じると、私はレイ君の方を向き直った。
「じゃあ、私帰るね」
「……送っていくよ」
「鉄橋の端っこまでだけど?」
「まあね」
ふふっと笑いながら、私はレイ君と一緒に鉄橋を歩く。ゆっくり、ゆっくりと。このままずっと鉄橋が続けばいいのに。そんなことを思って、私はようやく私にとってレイ君という存在が大切なものになっているのだと気づく。
「ここまでだ」
レイ君が鉄橋の端で手を伸ばすと、まるでそこに壁があるかのようにレイ君の手が前に進むのを遮る。同じように伸ばした私の手は、そのまま鉄橋の向こうへと通り抜けるのに。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
レイ君に見送られながら、私は鉄橋をあとにする。
ねえ、レイ君。
もしもあなたが、この世界に存在していたら、そうしたら私も――。
「でも、レイ君は幽霊だからなぁ」
呟いた自分の言葉に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
幽霊じゃなければ、レイ君と出会うこともなかった。でも、幽霊だから一緒に生きることはできない。
それがどうしてこんなにも苦しいのか。
その答えを出すことを、私はまだ躊躇っていた。
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