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第四章:真昼に昇る月
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しおりを挟む翌日、テスト終わりに担任から呼ばれ、いつもよりも遅く鉄橋へとたどり着いた。そこにはもう巴ちゃんの姿があって、レイ君と何か言い合いをしている姿が見えた。
「二人とも、どうしたの?」
「二葉ちゃん! ほら、来てくれたじゃない」
「別に来ないとは言ってないだろ」
「どういうこと?」
ばつが悪そうに視線をそらすレイ君の代わりに、頬を膨らせた巴ちゃんが口を開いた。
「二葉ちゃんが遅いから心配してたら、レイ君が『二葉が来るとは限らないだろ』っていじわる言うんだもん」
「そっか……。心配かけてごめんね」
たった数日で私に対して信頼を置いてくれている巴ちゃんに嬉しく思うと同時に、昨日のレイ君の言葉がよみがえる。このままで言い訳がない、私だって来週は試験休みとはいえ、再来週からは通常授業が始まる。そうしたら今みたいにお昼からここに来ることなんてできなくなる。
そういえば、そもそも巴ちゃんは学校はどうしてるんだろう。小学生といってもこんなに早く学校って終わるものなのだろうか。
浮かび上がった疑問に、どうして今まで気づかなかったのかと自分自身が嫌になる。
「ね、ねえ巴ちゃん」
「なあに?」
鉄橋のコンクリートに座り、手渡したセボンのクルミパンを頬張りながら巴ちゃんは返事をする。そこにはもう、初めて会ったときの、トゲトゲした表情はなかった。
「聞いてもいい……? 私は今、テスト期間中で学校が終わるの早いんだけど、巴ちゃんは……?」
もしかしたら学校に行ってないのかもしれない。だとしたら、どうしたらいいんだろう。どうしてあげたら、いいんだろう。
でも、そんな私に巴ちゃんは口の中のクルミパンを飲み込むと首をかしげて言った。
「先生の勉強会で今週はずっと午前授業なの」
「な、なーんだ。そっかぁ」
「あ、もしかしてサボって来てると思った? そんなことしたらすぐに家に連絡行くからするわけないじゃん」
「や、そうだよね。あーよかった」
ホッとした私の隣で巴ちゃんは呆れたような視線を向ける。でも、そんな巴ちゃんをなぜかレイ君は目を細めてジッと見ていた。
「レイ君?」
「ああ、いや。なんでもない。先生の勉強会ってことは、それが終わったら普通に昼からも学校があるんじゃないの?」
「……そうだよ。あーあ、そうしたらどうしようかな」
「ねえ、いじめのこと誰か相談できる人とか、いないの……?」
私の言葉に、巴ちゃんは一瞬、泣きそうな表情を浮かべた。
「ち、違うの。ごめんね? 別に大人の人とか先生とかそういう人に言えってことじゃなくて、ほらお友達とかで相談できる子とかいたらって……」
「っ……いない」
「巴ちゃん……?」
「友達なんて、いない!」
「あっ……!」
立ち上がろうとする巴ちゃんの手を慌てて掴む。巴ちゃんは目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。ハンカチをそっと手渡そうとするけれど、巴ちゃんは受け取らず私が掴んでいるのとは逆の手で涙を拭った。
そんな巴ちゃんの反応に不安になり、恐る恐る問いかけた。
「友達と、なにかあったの……?」
「…………」
「もしかして、巴ちゃんをいじめてるのが友達、とか……?」
「違う! 茉優はそんなことしない! ただあいつらに脅されて……それで……!」
「巴ちゃん……」
なんと声をかけていいのかわからない。でも、肩をふるわせる巴ちゃんが傷ついているのはわかった。
落ち着くまでしばらく待って、隣に座り直した巴ちゃんはぽつりぽつりと話し出した。
「きっかけは今でもよくわかんないの。私が風邪で休んでて、三日ぶりに学校に行ったらクラスの空気が変わってた。でも、そんなこと気にしないで茉優に話しかけに行ったら周りの子から茉優に近寄らない方がいいよって言われて」
思い出すだけで辛そうな表情を浮かべる巴ちゃんの手をギュッと握りしめる。レイ君も何も言わないけれど心配そうな表情で巴ちゃんを見つめていた。
「けどそんなこと言われても意味わかんないし。私は茉優と一緒にいたいからって言ったんだけどそれが茉優を仲間はずれにした子たちの気にさわったみたいで、私まで無視されるようになったの。でも、茉優が一緒にいてくれたし、別に普段からそこまで仲良くない子たちに無視されたって気にもならなかった。……あの日までは」
「何があったの?」
繋いだ私の手に伝わってくる巴ちゃんの手のひらの温度は、泣きたいぐらいに冷たかった。
「……朝、学校に行ったら私の机が教室になかった。くだらないことするなって思って探しに行こうとしたら、自分の席に座っている茉優と目が合ったの。茉優は私から目をそらすと……この前まで茉優と私を仲間はずれにしてた子たちの方に行った。それからは地獄だった。物を隠されたり、階段から押されたり、教科書を破られたり……」
「酷い……」
「別に物は探せばいいし、階段は手すりを持って降りるようにした。教科書はテープでつなぎ合わせたらなんとかなった。でも……それを茉優がやってるところを見ちゃったの。あの子たちと一緒に、笑いながら、楽しそうに……。その瞬間、涙が止まらなくなって……それで……」
ポタポタと涙を流しながら巴ちゃんは言う。どんなに傷つけられるよりも、友達だと思っていた茉優ちゃんに裏切られることの方が辛かった、と。
それでも茉優ちゃんのことを悪く言わない巴ちゃんは、本当に茉優ちゃんのことを信じていたのだろう。
でも……。
「それで、自殺しようとしたの……?」
「『どうしてこんなことするの』ってみんなに聞いた。そしたら『あんたが嫌いだから』って。それから……笑いながら『巴なんて死んじゃえばいいのに』って……」
「そんな……!」
「あの子たちに言われたってどうってことなかった。でも、茉優も……」
「もういい!」
私は巴ちゃんの身体を抱きしめた。この小さな身体に、どれだけの悲しみを、辛さを抱えていたのか私には想像できない。でも、今もなお巴ちゃんの心の傷口から血が流れ続けていることだけはわかった。
こんないい子に死んじゃえばいいって言うなんて……。
巴ちゃんは私の腕の中で、泣きじゃくりながら言った。
「ねえ、二葉ちゃん。私なんて生きていたって仕方ないのかな。死んじゃえって言われるぐらい、私が周りの子に嫌な思いをさせたのなら、私なんて死んじゃった方がいいんじゃないかな。生きてることで誰かに迷惑をかけるのなら、あの子たちの言うとおり本当に死んじゃった方が……」
「そんなことない! 少なくとも、私にとって巴ちゃんはとっても大好きで大切な友達だよ! 私は巴ちゃんが死んじゃったら悲しい。こうやってここでお喋りして一緒にパンを食べて流行りのアイドルを教えてもらって、そうやって巴ちゃんと過ごす時間はとっても大切な時間だよ!」
「っ……ふっ……う……あああぁぁ!!
巴ちゃんは私の腕の中で叫ぶように泣き続けた。私はその身体をギュッと抱きしめた。
ドクンドクンと鳴り響く巴ちゃんの心臓の音が伝わってくる。今ここに、巴ちゃんが生きているっていう証しが。
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