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第四章:真昼に昇る月
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しおりを挟むそれでもまだ信じられなかったのだろう。二度、三度とレイ君を掴もうとする。けれどどれだけ触れようとしても触れることはできなかった。
「わかってくれた?」
「本当に幽霊なの? なんで幽霊になったの?」
「君がしようとしたことを、僕もした。その結果、あの世に行くともできず、ここにとどまり続けてるんだ」
「……そうなんだ」
巴ちゃんは何か考え込んでいるようだった。私はそんな巴ちゃんの隣に並んで座った。ぺたっと座った鉄橋は思った以上に冷たくて、触れたところから体温が奪われていく。十月なのにまだ気温が高い今日はその冷たさがどこか心地よかった。
「ねえ、巴ちゃんは――あ、巴ちゃんって呼んでもいい?」
「別にいいけど」
「じゃあ、巴ちゃん。お腹空かない?」
「へ?」
怪訝そうに私に視線を向ける巴ちゃんに、袋から取り出したパンを見せた。買ったときはまあ温かかったパンが冷めてしまった。冷めても美味しいけれど、できるなら温かいあいだに食べたかった。とはいえ、仕方ない。
「私もうお腹ぺっこぺこ。クリームパンとメロンパンならどっちが好き?」
「それって、駅前のセボンのパン?」
「あ、知ってる? 私、あそこのパン好きでよく買うんだよね。パンもいいんだけど、ご夫婦でやっててどちらも感じがよくって」
「知ってる。だってあそこ、私の家だもん」
巴ちゃんの言葉に、持っていたパンを落としそうになって慌ててキャッチする。パンの無事を確かめて、私はホッと息を吐き出した。
「危なかった。で、え、ホントに? 巴ちゃんのおうちなの?」
「ホントだよ。ね、メロンパンもらっていい?」
「あ、うん。はい、どうぞ」
差し出したメロンパンを巴ちゃんは頬張る。その隣で私はクリームパンにかぶりついた。セボンのクリームパンはカスタードクリームが甘さ控えめでクドくなりすぎず、いくつでも食べられちゃうと女の子に大人気だ。ちなみにメロンパンの中に入っているクリームも絶品で、外はビスケットのサクサク感、中はしっとりクリームのコンボで別々に食べてから一緒に食べると、二度どころか三度美味しい仕様となっている。
……学校からの帰り道、お姉ちゃんの病院に行くときによく買っていたことは忘れてしまいたい。
それにしても、巴ちゃんがセボンの娘さんだったなんて。でも言われてみると、確かにセボンの奥さんと雰囲気が似ている気がした。
「なに?」
「な、なんでもない。やっぱり美味しいね、セボンのパン」
「当たり前でしょ。パパとママが朝早くから頑張って焼いてるんだから」
「そっか。素敵なご両親だね」
「……うん」
小さく頷くと、巴ちゃんはメロンパンをジッと見つめた。その目が潤んでいるように見えて、私はさっきの自分の発言が間違いだったことに気づく。
この子はご両親のことが大好きで、心配かけたくないんだ。だから一人で抱え込んで、そして選んだのがこの橋から飛び降りることだったなんて――。
「ねえ、どうして橋から飛び降りようとしたのか教えてくれない?」
お互いに無言で食べていたパンが空っぽになったころ、私は巴ちゃんに話しかけた。でも、私の問いかけに、巴ちゃんは何も言わない。
そりゃそうだ。今日初めて会ったような人間に、自殺しようとした理由を話すわけがない。レイ君の言っていたいじめが原因だったら余計にだ。
なんでこんなに必死になるのか……。それはきっと、私のせいじゃないとレイ君は言うけれど、あのおじさんのように上辺だけの耳障りのいい言葉を並べて、相手の心に全く届かなかった結果、この橋から飛び降りるような、そんなことにはなってほしくないから。
自分でもおせっかいだなと思う。でも、こんな小さい子が自殺なんて絶対に駄目だと思うから、なんとかして引き留めたかった。
ただ引き留める方法が思いつかなくて歯がゆい。
結局、私には何もできない――。
「……お姉さん、いつもここにいるの?」
「うん、いるよ!」
だから、巴ちゃんからそう話しかけてくれたことが凄く嬉しくて、私は食い気味に返事をする。そんな私に巴ちゃんは驚いたような表情を浮かべながらも「ふーん」とだけ呟いた。
「いつでもいるから、よければまたここで一緒にパン食べようよ」
でも、巴ちゃんは返事をすることなく立ち上がると、ランドセルを背負うと私に背中を向けて歩き出した。
私の声は、巴ちゃんには届かなかった……。小さくなっていく背中を見つめることしかできない私は自分の力のなさにうなだれる。そんな私の耳に、巴ちゃんの声が聞こえた。
「クルミパンの方がおいしいよ」
「……! じゃあ、今度はクルミパン買っておくね!」
それ以上、巴ちゃんが何か言うことはなかった。でも、きっとまた来てくれると思うとそれだけで嬉しかった。
「クルミパン、買ってこなくちゃ」
「まあ、根本的な解決にはなってないけどね」
レイ君はさっきまで巴ちゃんが座っていたところに立つとそう言った。
そんなの私にだってわかってる。死にたいと思うほど追い詰められた巴ちゃんの心はきっとこれぐらいじゃあ助けることはできない。
「でもまあ、居場所ができたのはいいことじゃないかな」
「……うん、私もそう思う」
自分の居場所がないことがどれほど辛いか、私は身をもってそれを知っている。そしてきっと、ここからどこにも行けないレイ君も。
立ち上がると、私はレイ君の隣に並んで沈み始めた夕日を見つめた。
「明日も来るかな」
「来るんじゃない?」
「来てくれるといいな」
「お人好しだね」
レイ君の言葉に笑ってしまう。だってきっと私が巴ちゃんを止めなければ、レイ君が声をかけていたと思うから。
「何笑ってんの」
「なんでもない」
ふふっと笑いながら空を見上げる。いつの間にかうっすらと空に浮かび始めた月が、私たちを見下ろしていた。
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