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第二章《抜剣・発火・夜光》

騎士シャーロット

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 ……シャーロットがエイデンハイトの姿へ変身したシャッツに歩み寄っていく。
 私達は、黙ってそれを見守るんだ。
 シャーロットの選択を、その覚悟を見届けるんだ。

「優しかったエイデンハイト。みんなを助けるヒーローで、よく子供達と遊んでいた」
「ああ、今度はお前との子供達と遊ぼう。な、シャーロット……」
「みんな、みんな、エイデンハイトが好きだった。エイデンハイトがクエストから帰ってくると、みんな嬉しそうな顔をする。シャーロットもそうだった」

 歩みは止まらず、遂に、エイデンハイトの姿をしたシャッツの傍まで立つ。
 風に揺れるメイド服のフリル。真っ白な髪。胸元。ただひとつ揺れないものは――きっと、彼への愛だろう。

「オレとひとつになろう。シャーロット」

 ほくそ笑むシャッツが、両手を広げてゲルの膜を作り出す。
 あれが捕食体勢……スライムはコアを根っこにしているから、食べたものを消化して栄養にするために捕食時はそのコアを露出させる必要がある。
 ただ、シャッツはコアすら膜に覆っていた。
 シャッツにとって捕食とは食事ではなく、単なる趣味なんだ。
 人を誑かすための、遊びなんだ。

「エイデンハイトはシャーロットのものだ。独り占めにしたかった…………それでも、こんな私でも……エイデンハイト、シャーロットを愛してくれますか」

 涙ぐんだ瞳で、シャーロットは呟いた。
 私達は剣を抜く。

「あぁ……もちろんだ。誰よりも……世界で一番愛している。もう君しか愛さないよ、シャーロット」

 甘い囁きと共に、スライムの膜がシャーロットに覆い被さる。
 その刹那、シャーロットはため息を吐いていた。

「じゃあ、シャーロットはおまえが嫌いだ」
「――なっ!?」

 半透明の膜から透けて見えたのは、シャーロットがスカートをたくしあげる姿。
 その太ももに、メイド服には似合わないガンホルダーを着けていた。

「――――【萌せ弾丸、其を撃ち殺せアグレーサ・オルドーノ】」

 ホルダーから銃を取り出す動きが見えなかった。
 素早く取り出された銀の拳銃から弾丸が射出され、次の瞬間にはシャッツのコアを削り取る。
 防御に全力を注いだシャッツはゲルを撒き散らしながら吹き飛び、変身が崩れ始めた。

 その隙に、私とエアリーが斬りかかる。

「「せやぁぁぁぁッ!!!」」

 スライムに斬撃は効かない。なぜなら存在が不定形で、決まった形がないからこそ斬られても再生するからだ。
 でも、シャッツはその高い擬態能力を保有するが故に、不定形種でありながら『人』という形を覚えてしまっている。
 つまり、切り離された体は二度とシャッツには戻らない。

「ぐああああッ!? なんで、体が戻らない!!」

 これまでまともに戦闘をしてこなかったのだろう。
 傷を負わずに獲物を食べるシャッツは、自身の弱点に気付けなかった。
 その体は捕食対象を完全にコピーするメリットがあるけど、同時に人の弱点もコピーされるデメリットを持っている。
 私のシェダーハーツが罪を集める代わりに高い魔力を保有するように。

「でも死なないぞ。そんな剣じゃあオレは殺せない! 残念だったなぁ!」

 体の一部を曲刀に変え、エアリーに斬りかかる。
 刃を受け止めたエアリーは、鍔迫り合いに持ち込む。

「そーかよッ!」

 エアリーは押し勝った。
 曲刀、もといシャッツの体を斬り飛ばし、その勢いで下半身を断ち斬る。

「うぐぁッ、足が……! 私の足が! 僕の手が! くそ、クソォッ! なんで、どうしてだシャーロット! オレが嫌いだなんて……!」

 涙目で叫び散らかすシャッツに、シャーロットは再び、ため息を吐いた。

「シャッツ、おまえがエイデンハイトをコピーしたのなら分かるはずだ。シャーロットは一度、エイデンハイトに同じ告白をした」

 空薬莢を宙へ放り、シャーロットは熱魔法を発動させる。

「あぁ、見たよ、こいつの記憶を全部な! だから俺は、こうして君の願いを叶えてやろうとしたんじゃないか! ぼくはエイデンハイトに成った! なら、それでいいじゃないか! 最愛の人の胸で死ねるんだ! お前らはそれで幸せを感じるんだろ……!? そういう単純な馬鹿共のはずだ!!」
「おまえはエイデンハイトじゃないし、たとえその記憶をコピーしても、人の感情は分からない。だからおまえは偽物で、所詮魔物だ」

 スライムの体を削がれ、もはや擬態も維持できなくなったシャッツを見下ろし、シャーロットは銃を構えて引き金にそっと指を置く。

「……シャーロットはフラれた。フラれると分かって告白した。エイデンハイトは、たった一人を愛してくれない。みんなが大好きなんだ。そんなエイデンハイトだったから、シャーロットはエイデンハイトが大好き」
「言い訳じゃないか……! そんなの私は認めない!」
「おまえがシャーロットを否定するな。そして肯定もするな。シャーロットの気持ちを決めるのは、シャーロットしか居ない」
「クッ……訳わかんねェこと抜かすなよ、このクソ猫がァァァァッ!!!」

 シャッツの一部が剣となって、シャーロットの首を狙う。
 凄まじい素早さだ。そこはさすが魔物で、人の体ではなし得ないスピードで剣を振るっていた。
 そして、刃が揺らいで見える。
 あれは話に聞いたエイデンハイトの得意魔法。
 熱魔法を用いて蜃気楼を作り出す、幻剣。
 シャーロットが引き金を引こうとする頃には、その首がはねられていただろう。

「――――カハッ……なんで、なんで……引き金を引いていないのに、弾丸が……ッ!」

 幻剣はその首に届かなかった。
 引き金に指を置いたまま、引くこともなく立っていたシャーロットが銃口から立ち昇る煙を吹き消す。

「この銃……カノンはレプリカ。形だけの拳銃。私は弾丸を込めて、魔法で熱を与えて火薬を炸裂させるだけ」
「嘘だろ……そんな高度な魔法、獣人に出来るはずない……!」

 獣人は元々魔力の扱いが得意ではない。その身体能力を活かした物理戦が得意であり、魔法に頼る必要がなかったからだ。

「毎日、料理をしたり風呂を沸かしたりしてるから。熱の調整は慣れてる。残念だったな。メイドは強いんだ」
「ただのメイドがッ……ふざ……け……るなっ! クソッ、クソッ! ここなら簡単に、人を食えるって……聞いたのにッ、話が……違うッ…………あぁっ」

 シャッツは最期、水が蒸発するかのように消えていった。
 ……これで、クエストクリア……なんだ。
 シャッツに捕食されてしまった人達も、これで、解放されたのだろうか。

「エイデンハイト……愛してる」

 カノンに口付けし、太もものガンホルダーに仕舞ったシャーロットは身を翻して帰路に着く。
 夕日の道を一人で――本当なら、その隣には大好きな人が居たかもしれないのに……。

「おい、なにしてる。帰るぞ」

 振り返ったシャーロットが、私達にそう言った。

「……なあ、シャーロット。あれで良かったのか。あんなあっさり……あいつを恨んでたんだろ?」

 帰路の中、エアリーはそんな疑問をぶつける。

「うん、嫌い。もっと煮たり焼いたりしたかった。でも、これはシャーロットだけの復讐じゃないから……シャッツに食べられた人達にも大切な人が居た。そいつらのためにも、シャーロットの都合で裁きを先延ばしには出来ない。今より被害が大きくなる前に対処する」

 そう言ったシャーロットの顔は、満足気だった。

「エイデンハイトなら、きっとそうするから」

 エアリーは驚いたように、何か気付かされたかのように感心していた。
 ソフィアさんがシャーロットをリーダーにしたのは、きっと敵討ちの場を設けるためだけじゃない。

「――それに、シャーロットも騎士だから」

 それは私達に初めて見せた笑顔。
 夕日に照らされた可愛らしい微笑みだった。
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