上 下
12 / 16
第二章《抜剣・発火・夜光》

オークを食ったスライム

しおりを挟む
 エアリーが疲れ果てて部屋に帰ってくることが多くなってきた。
 帰るとすぐにベッドへ倒れ、ものの数秒で寝息を立て始めるから、ユースト団長に剣の使い方を教わっている……ということしか聞いていない。
 でも、手にはマメができている。相当やり込んでいるようだった。

「……白夜の魔剣イグ=ナイトは団長に通用しなかった」

 思うに、エアリーの体に馴染んでいない。魔剣の力が反発している。
 エアリーの魔力で作ったはずなのに反発しているということは……原因は私だ。私の魔力が邪魔をしているんだ。
 改良する必要がある。

 翌朝、エアリーがユースト団長の元へ向かうのを見送り私は調査隊の研究所へ向かう。

「――ああ、ストック隊長なら仕事で留守にしていますよ。アレクくんもね」

 白衣姿のソフィアさんがストックさんの椅子に座りながら言った。

「そう、ですか……聞きたかったことがあったんですけど……」
「ふむ。あなたの悩みなど正直どうでもいいのですが、隊長の手を煩わせるわけにはいきませんね。わたしが聞きましょう」

 そう言うと……というか、ソフィアさんが言うことを分かっていたかのように、キッチンからシャーロットがティーカップを二つ持ってきてくれた。

「わたしは白湯で結構」
「フィア、なに飲む」
「あ……シャーロットのオススメがいいな」
「わかった」

 すると、シャーロットがティーカップの前でパチンと指を鳴らす。
 ちゃぽん……と、気付けばソフィアさんのティーカップにお湯が注がれていた。

「す、すごい……!」
「シャーロットは家事関係に使えそうな魔法をあらかた習得していますからね」
「いちばん得意なの、熱魔法。たくさんあっためる」
「そっか、お風呂のお湯も沸かしてくれてるもんね」
「えっへん。シャーロットを撫でてもいいぞ」
「あっ、よ、よしよし……シャーロットはすごいね~」

 こうして、シャーロットはなにかと理由をつけて撫でられたがる。
 自分自身にも熱魔法を使っているのか、それとも喜んでいるからなのか、撫でている手がとてもあたたかかった。

「お茶入った。飲め」
「ありがとうシャーロット! ……ん、おいしい……!」
「えっへん。撫でても」
「あーはいはいシャーロット。話が進まないからそのくらいに。それでフィアさん、何をお悩みですか?」

 ソフィアさんはシャーロットに睨まれながら話を続ける。スゴく、睨まれている。

「え、えっと……エアリーの魔剣を作ったんですが、どうも合っていないみたいで。どうにか改良したいんですけど……」
「なるほど。であれば、まずは問題点を洗い出すところから始めるべきでしょう。使用者との相談も必要です」
「そうですね……エアリーと話してみます。もしかしたら使ってて感じたこと、あるかもしれないですし」
「ええ。それにもうそろそろクエストを受けても問題ないレベルにはなってきているでしょう? 試すにはいい機会です」

 クエスト……ギルドに集まってくる様々な依頼。中には一人では危険な魔物の討伐依頼も含まれている。
 そういうものは騎士団が率先して討伐に向かう。私も今は騎士だ。クエスト受注は可能だろう。
 エアリーも、実戦経験を詰んだ方がいい頃合いかもしれない。

「それで、実は行ってきてほしいクエストがあるのです」

 依頼書がテーブルに広げられる。
 すると、それまでソフィアさんを睨んでいたシャーロットの目が依頼書に向いた。

「『オークを食ったスライム』……?」

 しかし依頼書にはスライムではなくオークが描かれている。

「ミミクリー・スライム。消化した獲物の姿を真似る魔物です。特に今回の討伐対象は危険度が高い」
「なぜですか?」
「……奴は捕食したものの知性を自身のものにする。言い換えれば姿だけでなく能力もコピーしてしまうんですよ。オークはゴブリン同様、個体数が多い。他種族を何人も殺す害獣です。巣には未だ行方不明の冒険者が転がっているでしょう」
「……まさか、擬態して巣に忍び込んだら……」
「行方不明者を捕食し、その者と成り代わって生活に紛れます。というか、既にそうなっているんです」

 テーブルが軋む音が響く。シャーロットが凄い力で握り潰していた。

「シャッツ……!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 不定形種、ミミクリー・スライム。
 個体名《シャッツ》は、既に王都に潜伏しているという。
 ギルドはシャッツを特別危険視しているらしく、調査隊第二班がその行動を追っている。

 ソフィアさんに過去の記録を見させてもらった。
 オークを食った、と言われた頃には既に行方不明の冒険者を三人捕食していると、その後の調査で判明している。
 その冒険者の一人に、猫の獣人が居た。

「エイデンハイト――彼は優れた冒険者でした。正義感が強く、率先して騎士団の作戦に加わってくれていたので王都の騎士はみんな顔見知り……エイデンハイトの友人なんです」

 銀髪の彼は、写真からでも分かるほど優しいオーラを漂わせていた。
 短剣を二本携え、鎧はなく軽装。自身の身体能力を理解し、身軽さを重視した獣人らしい格好だ。

「今回、多くの者を食らったミミクリー・スライムが討伐対象ということで、調査隊が適任だと団長が判断しました。しかし、スライムというのはなかなか厄介でしてね。シャッツは特に警戒心が強いので、三名までしか参加出来ません」

 たったの三人……いや、街中での戦闘になるなら、大勢だと住民が怖がってしまう。

「ソフィア、シャーロットが行く。行かせろ! エイデンハイトの姿のまま、悪行なんてさせない!」
「でしょうね。既に団長へ話は通してあります。本クエストには調査隊よりシャーロット、フィアを。そして部隊未所属のエアリーを参加させます。リーダーはシャーロット、お願いしますね」
「任せろ」

 鋭い目付きのまま、シャーロットはそう言った。

「くれぐれも油断のないように。民を護る騎士に油断も怠慢もあってなりませんからね」

 ソフィアさんの忠言を受け止め、私達はエアリーと合流して王都の南へ向かった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...