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第二章《抜剣・発火・夜光》
イグ=ナイト
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――ギルド近くの騎士宿舎。こじんまりとしたその一室で、工房への扉が生成される。
騎士になり、自分の部屋を与えられた私は――――今日も今日とてハンマーを振るっていた。
「ようやく、貯まった、な……へへ、へへへ……」
「う、うん……エアリー、大丈夫?」
「こんくらい、平気だ。妖精だぞ? 魔力が枯渇した程度で死ねるかよ――――カハッッ」
妖精の命と言えば魔力なんですが……。
「あたしのことはいいから、始めてくれ」
口から垂れる血を拭ったエアリーは、自身の魔力が貯えられた魔石を手渡す。
というのも、エアリーの魔剣作成に向け、使用者本人の魔力一ヶ月分が必要だった。
一ヶ月以上、肩身離さず常に魔力を流し込んだ魔石は心魔鉄と呼ばれ、その辺で売られている魔石と比べ物にならないほどの高ランク素材へと変貌する。
これで、彼女専用の剣を作ることが出来るのだ。
「それじゃあ、エアリー。この中から好きな魔石を一つ選んでくれる……?」
「これは?」
「各属性の魔石。無属性の魔剣でもいいけど……エアリーはたくさん魔力を使えるから、それを活かすなら……ね」
「へぇ、結構考えてくれてたのか……」
「じ、実はこういうオーダーメイドのお客さん、初めてで……」
「そうか。なら、良い剣になりそうだな」
初めてだと言ったのに、エアリーは曇りのない笑顔を向け、選び取った炎の魔石を投げ渡す。
「うん、絶対に満足のいく剣にしてみせるよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
火を入れた炉は、いつものように熱くなる。
熱せられた空気を吸い込む度、アイツの顔を思い出す……けど。
でも、今は――――。
赫灼した妖精の心魔鉄を打ち付ける。
鋭い音が響き渡って、火花と一緒に心魔鉄は内側から光を放った。こうして不純物を取り除き、高純度の魔力を満遍なく行き渡らせていく。
これだけでも魔剣には出来るけど、 ここへさらに炎の魔石を掛け合わせるのだ。
「直感で選んだけどさ、その魔石……いいヤツだよな」
「あ、うん。竜の巣で発掘された魔石なんだ」
妖精ほどではないが、ドラゴンの魔力を貯えた魔石も貴重だ。
特徴は、なんと言ってもその硬度。ドラゴンの鱗にも負けない魔石を、贅沢に心魔鉄の皮として使う。
これは東の『ヤマト』と呼ばれる国の技術を応用したもので、二種類以上の鋼を合わせることで切れやすく折れにくい剣を実現させている。
そうして、心魔鉄を守るように竜の魔石を纏わせて延ばしていくと、大剣のような鉄塊になった。
あとは再び炉で熱して剣へ整形し、研磨する。
「もう少し…………」
集中力を切らさず、魔剣と向き合う。
研いだ魔剣は徐々に漆黒へと染まっていき、その身に一種の魔法が刻まれる。
刻まれる魔法は鍛冶師の魔力に左右するから、ここで私がミスをすれば全て台無し……。
いつもと同じ作業なのに、いつもは感じないこの気持ち。
アクセサリーを作るのとは訳が違う。命を守る剣を、その本人の前で作ることは私にとって過去最大のプレッシャーが掛かっている。
――だからこそ、と。
そのプレッシャーごと、良い魔剣を作るための糧にする。
私はもう、アイツの言いなりにはならないのだから。
思いを全てぶつけるくらい、強く魔力を流し込むと、魔剣は呼応し閃光する。
「――――でき、た……?」
光が落ち着き、まぶたを開けると手にあったのは夜のように暗い魔剣。
エアリーの髪を束ねて剣に仕立てたようなその魔剣の名は――
「白夜の魔剣……イグ=ナイト……!」
細身だが、罪結晶の魔剣と同じくらい重みを感じる。
私は出来上がったばかりの魔剣をエアリーに差し出した。
エアリーが白夜の魔剣を手にすると、周囲の空気が一変するほどの魔力の風が吹き荒れる。
置いてあった他の剣がたちまち吹き飛び散らかる最中、私はエアリーの姿にしか目が向かなかった。
「……ど、どう?」
「あ、ああ……そうだな……いや、なんて言うか、言葉が出ない。これほどのモンが出てくるとは、思わなかった」
「わ、私も結構上手く出来たと思ってる」
「……ありがとうフィア。これならあたしも……騎士になれる」
「ふへ、へへ……どういたしまし――え?」
いま、騎士になりたい……って言った?
「え、エアリーが騎士!?」
「なんだよ、そんなにおかしいか?」
「い、いや……! おかしいっていうか! どうして……?」
理由は多分、分かっていたのかもしれない。
その時、エアリーは私と同じ目をしている気がした。
それを決して許してはならない。敵を睨む目。
「十年前……あたしの故郷を滅ぼした奴がいるんだ」
十年前と言えば……妖精が絶滅の危機に瀕するキッカケとなった『妖精殺し』のことだ。
あの事件以来、妖精狩りが各地で多発して今や妖精は希少価値が高すぎる生物になっている。
「あたしがわざわざ王都まで来たのはさ、ギルドとか騎士とか……姉ちゃんにいろいろ聞いてたからなんだよ。ここの奴らなら、犯人を取っ捕まえてくれるだろうって……この前のフィアとストックの戦いを見て確信した」
「そっか……だからあの森で。でも、剣を扱ったことはあるの?」
「いや、ない」
つ、つまり私は未経験者に魔剣を作ってしまったのか……。
「でも、だったら覚えればいい。言ってたろ? 初めはみんな素人だってな」
「あ、あぁ、ユースト団長の……ってまさかエアリー!」
白夜の魔剣を軽く振り払い、エアリーは外――方向からしてギルド、もっと正確に言えば、今も騎士団長として仕事をしているであろうユースト・バルアーが居るところへ、刃を突き出した。
「あたしは剣技を磨く。ユーストに弟子入りしてやるんだ」
――その宣言通り、翌朝。
エアリーはユースト団長の元へ直談判しに向かった。
騎士になり、自分の部屋を与えられた私は――――今日も今日とてハンマーを振るっていた。
「ようやく、貯まった、な……へへ、へへへ……」
「う、うん……エアリー、大丈夫?」
「こんくらい、平気だ。妖精だぞ? 魔力が枯渇した程度で死ねるかよ――――カハッッ」
妖精の命と言えば魔力なんですが……。
「あたしのことはいいから、始めてくれ」
口から垂れる血を拭ったエアリーは、自身の魔力が貯えられた魔石を手渡す。
というのも、エアリーの魔剣作成に向け、使用者本人の魔力一ヶ月分が必要だった。
一ヶ月以上、肩身離さず常に魔力を流し込んだ魔石は心魔鉄と呼ばれ、その辺で売られている魔石と比べ物にならないほどの高ランク素材へと変貌する。
これで、彼女専用の剣を作ることが出来るのだ。
「それじゃあ、エアリー。この中から好きな魔石を一つ選んでくれる……?」
「これは?」
「各属性の魔石。無属性の魔剣でもいいけど……エアリーはたくさん魔力を使えるから、それを活かすなら……ね」
「へぇ、結構考えてくれてたのか……」
「じ、実はこういうオーダーメイドのお客さん、初めてで……」
「そうか。なら、良い剣になりそうだな」
初めてだと言ったのに、エアリーは曇りのない笑顔を向け、選び取った炎の魔石を投げ渡す。
「うん、絶対に満足のいく剣にしてみせるよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
火を入れた炉は、いつものように熱くなる。
熱せられた空気を吸い込む度、アイツの顔を思い出す……けど。
でも、今は――――。
赫灼した妖精の心魔鉄を打ち付ける。
鋭い音が響き渡って、火花と一緒に心魔鉄は内側から光を放った。こうして不純物を取り除き、高純度の魔力を満遍なく行き渡らせていく。
これだけでも魔剣には出来るけど、 ここへさらに炎の魔石を掛け合わせるのだ。
「直感で選んだけどさ、その魔石……いいヤツだよな」
「あ、うん。竜の巣で発掘された魔石なんだ」
妖精ほどではないが、ドラゴンの魔力を貯えた魔石も貴重だ。
特徴は、なんと言ってもその硬度。ドラゴンの鱗にも負けない魔石を、贅沢に心魔鉄の皮として使う。
これは東の『ヤマト』と呼ばれる国の技術を応用したもので、二種類以上の鋼を合わせることで切れやすく折れにくい剣を実現させている。
そうして、心魔鉄を守るように竜の魔石を纏わせて延ばしていくと、大剣のような鉄塊になった。
あとは再び炉で熱して剣へ整形し、研磨する。
「もう少し…………」
集中力を切らさず、魔剣と向き合う。
研いだ魔剣は徐々に漆黒へと染まっていき、その身に一種の魔法が刻まれる。
刻まれる魔法は鍛冶師の魔力に左右するから、ここで私がミスをすれば全て台無し……。
いつもと同じ作業なのに、いつもは感じないこの気持ち。
アクセサリーを作るのとは訳が違う。命を守る剣を、その本人の前で作ることは私にとって過去最大のプレッシャーが掛かっている。
――だからこそ、と。
そのプレッシャーごと、良い魔剣を作るための糧にする。
私はもう、アイツの言いなりにはならないのだから。
思いを全てぶつけるくらい、強く魔力を流し込むと、魔剣は呼応し閃光する。
「――――でき、た……?」
光が落ち着き、まぶたを開けると手にあったのは夜のように暗い魔剣。
エアリーの髪を束ねて剣に仕立てたようなその魔剣の名は――
「白夜の魔剣……イグ=ナイト……!」
細身だが、罪結晶の魔剣と同じくらい重みを感じる。
私は出来上がったばかりの魔剣をエアリーに差し出した。
エアリーが白夜の魔剣を手にすると、周囲の空気が一変するほどの魔力の風が吹き荒れる。
置いてあった他の剣がたちまち吹き飛び散らかる最中、私はエアリーの姿にしか目が向かなかった。
「……ど、どう?」
「あ、ああ……そうだな……いや、なんて言うか、言葉が出ない。これほどのモンが出てくるとは、思わなかった」
「わ、私も結構上手く出来たと思ってる」
「……ありがとうフィア。これならあたしも……騎士になれる」
「ふへ、へへ……どういたしまし――え?」
いま、騎士になりたい……って言った?
「え、エアリーが騎士!?」
「なんだよ、そんなにおかしいか?」
「い、いや……! おかしいっていうか! どうして……?」
理由は多分、分かっていたのかもしれない。
その時、エアリーは私と同じ目をしている気がした。
それを決して許してはならない。敵を睨む目。
「十年前……あたしの故郷を滅ぼした奴がいるんだ」
十年前と言えば……妖精が絶滅の危機に瀕するキッカケとなった『妖精殺し』のことだ。
あの事件以来、妖精狩りが各地で多発して今や妖精は希少価値が高すぎる生物になっている。
「あたしがわざわざ王都まで来たのはさ、ギルドとか騎士とか……姉ちゃんにいろいろ聞いてたからなんだよ。ここの奴らなら、犯人を取っ捕まえてくれるだろうって……この前のフィアとストックの戦いを見て確信した」
「そっか……だからあの森で。でも、剣を扱ったことはあるの?」
「いや、ない」
つ、つまり私は未経験者に魔剣を作ってしまったのか……。
「でも、だったら覚えればいい。言ってたろ? 初めはみんな素人だってな」
「あ、あぁ、ユースト団長の……ってまさかエアリー!」
白夜の魔剣を軽く振り払い、エアリーは外――方向からしてギルド、もっと正確に言えば、今も騎士団長として仕事をしているであろうユースト・バルアーが居るところへ、刃を突き出した。
「あたしは剣技を磨く。ユーストに弟子入りしてやるんだ」
――その宣言通り、翌朝。
エアリーはユースト団長の元へ直談判しに向かった。
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