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第一章《闇夜の灯火に触れる》
神の咆哮
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「おい、どういうことだよ。お前が殺人犯だって? 何かの冗談か?」
工房に隠れた私は、エアリーに鋭く睨まれていた。
同行者が殺人の疑いがあると言われたら当然だろう。その黒い目に突き刺されたようだった。
違うと言いたい。私は何もやってない。
でも、その答えを話すことが出来なかった。
この剣の呪いは……私に深く根付いてしまっている。
「…………っ」
私は背負った剣の重みを感じる。
今もなお、じわりじわりと重みを増している魔剣、シェダーハーツ。
騎士団からは《罪結晶の魔剣》と呼ばれているらしい。
全く、その通りだ。
この魔剣は罪の剣。所有者にあらゆる罪を着せ、その罪の重さに応じて魔力を生産し、結晶化していく自動魔石製造機だ。
こんなものさっさと手放したいけど、私の魔力で作ったこれは手放したところで罪を収集し続ける。
どれだけ逃げても、罪は消えない。
呪いを誰かに伝えることが出来たら……。
私は無実だと、知ってもらえたら……。
この魔剣の力を、見てもらわないと。
「ごめん、エアリー……もう少し待ってくれないかな」
「……あたしだってな、信じたい気持ちはあるんだ。フィアは恩人だし、信じたい」
純粋な黒い瞳が向けられる。エアリーは意を決したように息を吐き、真剣に私と向き合った。
「どれだけ待てばいい」
「あの魔法使い……ストックさんと戦う。それを見て、私が罪人かどうか見極めて欲しい」
「戦うって……あの魔法使い、只者じゃないぞ」
「分かってる。だからこそあの人にも見てもらわないといけないんだ」
「……分かっちゃいたけど、訳ありだな。でも、もし本当に罪人なら……あたしは魔法使いに付くぞ」
「うん、それでいい。ありがとうエアリー」
何せ、証人が必要だ。魔法の小細工を見破れる目を持つ者。魔法に詳しい人間や、魔力と共にある妖精は証人としてこの上ない。
私達が工房から出ると、そこには既に騎士が何人か待ち伏せていた。
クガルの大通りが封鎖され、逃げ場がない。
そして、商売人やお客さんが行方を見守っていた。
「隊長の未来視通りだな。結晶背負いが来たぞ!」
やはり、調査部隊の隊長は噂にたがわぬ天才だ。
一人の騎士が叫ぶと、後ろから見覚えのある三角帽子がちらりと見える。
「こんにちは店主さん。さっきぶりね。かくれんぼは終わりかしら?」
「……さすが二つの魔眼を持つ天才ですね。工房の出口まで当てるとは」
「天才だなんてやめてよ。秀才と呼んでくれるかしら」
「それは……失礼しました」
「あなた、結構喋れるじゃない」
「まさか。緊張で早口になってるだけですよ。今もほら、凄く震えてますし……」
「事件のことは話してくれないのかしら」
「…………」
「沈黙が答えって訳ね。理解したわ」
すると、魔法使い――ストック・パストゥルートは分厚い本をどこからともなく召喚した。
この露店街でもまず見ることは無い繊細な装飾を施された表紙は、不思議な力を感じる。
まさか、と息を呑む。だってあれは、魔法大戦末期に全て焼かれたはずの魔導書――
「グリモワール!?」
「ご名答。騎士ってね、私のようなリーダークラスになると魔剣を支給されるのよ。でも私、もう魔剣は持ってたのよね~。だから王様に無理言ってお城に保管されてたグリモワールを貰ったの」
「そ、そんなものをお目にかかれるとは思いませんでした……でも、どうして魔導禁書が残ってるんですか?」
「魔導禁書じゃないわ。これは王家に伝わる特別な魔導書」
「よく貰えましたね……」
「今の王家にこの文字を読んで扱うだけの魔力は無いのよね~。だったら使える人間が王を守るために使うべきでしょう? 何せ私は秀才なので」
得意げに鼻を高くするストックさんは、無造作にぺらりとその本を開いた。
「え、ちょ」
そう声を漏らしたのは私ではなくて、周りに待機していた騎士だった。
「【神の咆哮】」
開かれた魔導書の文字を指でなぞると、瞬く間に魔力が本へ流れ込んでいくのが見えた。
あれほど大量の魔力を操っているのに、魔力が見えない? あの精度を維持するのに一体何年の努力を積み重ねればいいんだ。
魔法使いの頭の上に、魔法陣が現れる。
それを見るや否や、騎士達は一目散に逃げ出した。
「確かに、秀才ですね……」
つい見惚れてしまう。
白い稲妻が根を伸ばしたかと思った次の瞬間、閃光で辺りが暗くなり、青みを帯びた雷が通りのレンガを打ち砕いた。
王家に伝わる魔導書ともなれば、その威力は折り紙つき。
大戦後に燃やされなかったのが不思議なほど、絶大な威力だった。
「――あらら、防がれちゃった。弱ったわねぇ、今ので決めるつもりだったのよ?」
「っ、あぐっ……!」
防いだなんて、とんでもない。
咄嗟に黒布を取っ払って、シェダーハーツを盾にして直撃を避け、それでも容赦なく流れ込む電流を魔力操作で極力弱めただけだ。
弱めたと言っても、落雷よりも早く魔力操作することなんて出来ないからほんの一瞬、ちょっぴり弱体化出来た程度。体には痺れが残っている。
「そのポンチョ、顔が分からなくなる認識阻害系の魔法と魔法耐性ね? 私の魔眼なら認識阻害は意味無いけど、せっかくの綺麗な顔を隠すなんてとんでもないわ。グリモワールの魔法を耐えているし、相当の強度ね。それともゴム製なのかしら? 【神の咆哮】」
「……はッ!?」
連発は聞いてない!
「フィア!!」
青い雷の呑まれた瞬間、エアリーの声が微かに届いた。
光に呑まれる直前、騎士がエアリーを連れて行こうとするのが見えた気がする。
そっか、妖精だし……要保護対象だよね。騎士なら当然だ。
「決めるつもりだった」?そりゃ、あんなの嘘だよね。
そんなに簡単なら、初めに会った時点で私に魔法を撃ってる。
一撃目のフルモバートは周りの騎士を遠ざけるんじゃなくて、私からエアリーを離すためだったんだ。
「さて……結晶背負い、フィア・マギアグリフ。罪滅ぼしの時間よ」
「こ……光栄です。あなたのような人に出会えるなんて」
「計画通り、でしょ」
「えぇ、まぁ……おかげさまで」
私は罪結晶の魔剣を構え直す。
そう、これは待ちに待った罪滅ぼし……これで、私の潔白を証明するんだ。
工房に隠れた私は、エアリーに鋭く睨まれていた。
同行者が殺人の疑いがあると言われたら当然だろう。その黒い目に突き刺されたようだった。
違うと言いたい。私は何もやってない。
でも、その答えを話すことが出来なかった。
この剣の呪いは……私に深く根付いてしまっている。
「…………っ」
私は背負った剣の重みを感じる。
今もなお、じわりじわりと重みを増している魔剣、シェダーハーツ。
騎士団からは《罪結晶の魔剣》と呼ばれているらしい。
全く、その通りだ。
この魔剣は罪の剣。所有者にあらゆる罪を着せ、その罪の重さに応じて魔力を生産し、結晶化していく自動魔石製造機だ。
こんなものさっさと手放したいけど、私の魔力で作ったこれは手放したところで罪を収集し続ける。
どれだけ逃げても、罪は消えない。
呪いを誰かに伝えることが出来たら……。
私は無実だと、知ってもらえたら……。
この魔剣の力を、見てもらわないと。
「ごめん、エアリー……もう少し待ってくれないかな」
「……あたしだってな、信じたい気持ちはあるんだ。フィアは恩人だし、信じたい」
純粋な黒い瞳が向けられる。エアリーは意を決したように息を吐き、真剣に私と向き合った。
「どれだけ待てばいい」
「あの魔法使い……ストックさんと戦う。それを見て、私が罪人かどうか見極めて欲しい」
「戦うって……あの魔法使い、只者じゃないぞ」
「分かってる。だからこそあの人にも見てもらわないといけないんだ」
「……分かっちゃいたけど、訳ありだな。でも、もし本当に罪人なら……あたしは魔法使いに付くぞ」
「うん、それでいい。ありがとうエアリー」
何せ、証人が必要だ。魔法の小細工を見破れる目を持つ者。魔法に詳しい人間や、魔力と共にある妖精は証人としてこの上ない。
私達が工房から出ると、そこには既に騎士が何人か待ち伏せていた。
クガルの大通りが封鎖され、逃げ場がない。
そして、商売人やお客さんが行方を見守っていた。
「隊長の未来視通りだな。結晶背負いが来たぞ!」
やはり、調査部隊の隊長は噂にたがわぬ天才だ。
一人の騎士が叫ぶと、後ろから見覚えのある三角帽子がちらりと見える。
「こんにちは店主さん。さっきぶりね。かくれんぼは終わりかしら?」
「……さすが二つの魔眼を持つ天才ですね。工房の出口まで当てるとは」
「天才だなんてやめてよ。秀才と呼んでくれるかしら」
「それは……失礼しました」
「あなた、結構喋れるじゃない」
「まさか。緊張で早口になってるだけですよ。今もほら、凄く震えてますし……」
「事件のことは話してくれないのかしら」
「…………」
「沈黙が答えって訳ね。理解したわ」
すると、魔法使い――ストック・パストゥルートは分厚い本をどこからともなく召喚した。
この露店街でもまず見ることは無い繊細な装飾を施された表紙は、不思議な力を感じる。
まさか、と息を呑む。だってあれは、魔法大戦末期に全て焼かれたはずの魔導書――
「グリモワール!?」
「ご名答。騎士ってね、私のようなリーダークラスになると魔剣を支給されるのよ。でも私、もう魔剣は持ってたのよね~。だから王様に無理言ってお城に保管されてたグリモワールを貰ったの」
「そ、そんなものをお目にかかれるとは思いませんでした……でも、どうして魔導禁書が残ってるんですか?」
「魔導禁書じゃないわ。これは王家に伝わる特別な魔導書」
「よく貰えましたね……」
「今の王家にこの文字を読んで扱うだけの魔力は無いのよね~。だったら使える人間が王を守るために使うべきでしょう? 何せ私は秀才なので」
得意げに鼻を高くするストックさんは、無造作にぺらりとその本を開いた。
「え、ちょ」
そう声を漏らしたのは私ではなくて、周りに待機していた騎士だった。
「【神の咆哮】」
開かれた魔導書の文字を指でなぞると、瞬く間に魔力が本へ流れ込んでいくのが見えた。
あれほど大量の魔力を操っているのに、魔力が見えない? あの精度を維持するのに一体何年の努力を積み重ねればいいんだ。
魔法使いの頭の上に、魔法陣が現れる。
それを見るや否や、騎士達は一目散に逃げ出した。
「確かに、秀才ですね……」
つい見惚れてしまう。
白い稲妻が根を伸ばしたかと思った次の瞬間、閃光で辺りが暗くなり、青みを帯びた雷が通りのレンガを打ち砕いた。
王家に伝わる魔導書ともなれば、その威力は折り紙つき。
大戦後に燃やされなかったのが不思議なほど、絶大な威力だった。
「――あらら、防がれちゃった。弱ったわねぇ、今ので決めるつもりだったのよ?」
「っ、あぐっ……!」
防いだなんて、とんでもない。
咄嗟に黒布を取っ払って、シェダーハーツを盾にして直撃を避け、それでも容赦なく流れ込む電流を魔力操作で極力弱めただけだ。
弱めたと言っても、落雷よりも早く魔力操作することなんて出来ないからほんの一瞬、ちょっぴり弱体化出来た程度。体には痺れが残っている。
「そのポンチョ、顔が分からなくなる認識阻害系の魔法と魔法耐性ね? 私の魔眼なら認識阻害は意味無いけど、せっかくの綺麗な顔を隠すなんてとんでもないわ。グリモワールの魔法を耐えているし、相当の強度ね。それともゴム製なのかしら? 【神の咆哮】」
「……はッ!?」
連発は聞いてない!
「フィア!!」
青い雷の呑まれた瞬間、エアリーの声が微かに届いた。
光に呑まれる直前、騎士がエアリーを連れて行こうとするのが見えた気がする。
そっか、妖精だし……要保護対象だよね。騎士なら当然だ。
「決めるつもりだった」?そりゃ、あんなの嘘だよね。
そんなに簡単なら、初めに会った時点で私に魔法を撃ってる。
一撃目のフルモバートは周りの騎士を遠ざけるんじゃなくて、私からエアリーを離すためだったんだ。
「さて……結晶背負い、フィア・マギアグリフ。罪滅ぼしの時間よ」
「こ……光栄です。あなたのような人に出会えるなんて」
「計画通り、でしょ」
「えぇ、まぁ……おかげさまで」
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そう、これは待ちに待った罪滅ぼし……これで、私の潔白を証明するんだ。
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