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第一章《闇夜の灯火に触れる》

魔法使いの目は誤魔化せない

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 王都が誇る騎士団。その中に調査隊と呼ばれる部隊がある。
 魔法による事件や、魔物の生態調査を中心に活動しているという。
 その部隊長の名を、私は聞いたことがあった。

「ストック隊長、結晶背負いはどちらに?」
「……消えてしまったわ。忽然とね。透明化か、それとも転移か……調査隊各位、会話を聞かれている可能性も考慮し、騎士団専用の伝心魔法で報告しなさい」
「はっ!」

 ストック・パストゥルート。
 調査隊の部隊長である彼女は類稀なる観察力と洞察力を持ち、史上最年少の16の時に騎士の称号を得ている。
 それから四年の現在は魔法使いの騎士として隊長をしていると言うのだから、彼女こそ天才と呼ぶに相応しい。
 現に、私の盗み聞きを言い当てていた。

 ――一瞬ヒヤッとした。罪からは逃れられないんじゃないかって。
 私を捕まえに来たんだ。もうダメなんだって。
 
 でも、彼女なら、きっと……


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――その日は、暖かい日差しと涼しげな風が舞い込むお昼寝日和だった。
 調査後の休暇に与えられた最高の気候。神は私を労っているのかしら。

「隊長、俺を椅子にするのやめてくれませんかね」
「アレク? 私ね、今お休み中なの。休日くらい仕事を忘れたいの、分かるわよね? 隊長と呼ばないで」

 私の下敷きになっている大柄な男、筋肉バカのアレクはしぶしぶ椅子を継続した。
 あぁ、それにしても本当に良い天気……とても静かで、眠たくなっちゃうわ。
 ふふ……こんな綺麗な空なのに、嵐の前の静けさを思い出してしまうのはやっぱり調査隊なんかしてるせいかしらね。
 仕事熱心な女はカッコイイわよ、私……。

「……隊長」
「だから隊長と呼ばないでって……何よ、その顔は」
「騎士団長から連絡が」

 あぁ、サイアク。
 魔法陣から「早くしろ」と言ってるようにヂリリとコールが鳴り響いてる。

「はぁぁ……アレク、荷造りお願い。休暇は終わりよ」
「短い休暇でしたね」
「団長からの連絡なんて、仕事or仕事。ほ~ら3コールで切った。いつものよ、仕事確定だわ」

 その仕事が、頭の潰れた死体――その数ざっと50体を全て調べろという吐きそうな仕事量じゃなければ、すぐに終わらせて休暇続行したのに。

 ――勇者が聖剣を手にした地、辺境の村。
 そこにはクラフトと言う鍛冶師が何十人もの弟子を抱えながら剣を作っているそうだ。

「……悲惨、ね」

 村には、血の臭いしかしなかった。

「どうだ。犯人は突き止められそうか」

 死んだ目をしたこの男は易々と私の背後に立って、エラそうに言う。
 彼が王都の騎士団長。つまり私の上司だ。

「そーね。もう少しゆっくり休ませてくれたらすぐに分かったかもしれないわね」
「この現状だ。仕方ないだろう」
「ソーネ」

 この男と話してると私が馬鹿みたいに聞こえる。

「既に魔術師が現場を見たのだが、皆一様に首を傾げるのだ。『分かりそうなのに分からない。まるで迷路のゴールを隠されたようだ』と言っていたな」
「ふーん、それで私の出番ってわけね」
「ああ。君のであれば、魔法で隠していようが関係ないからな」
「はぁ、仕方ないわね」

 一呼吸置いて、右目を瞑る。
 彼の目には、私の左目に小さな魔法陣が浮かんでいるのが見えているはずだ。
 これが私の魔法――《過去視の魔眼》

 この目は星に刻まれた記憶を見ることが出来る。
 言い換えれば、見た場所で起きた過去を知ることが出来ちゃう凄い魔眼。
 だから術者本人がどんな魔法を使って隠蔽しようが、私にはその魔法を施す瞬間すらも見える。
 今回の大量殺人だって、私なら簡単に――――。

「……嘘、こんな若い子が?」

 少女は、まるで結晶の塊みたいな剣を持っていた。
 頭を潰した後だからか、剣は血塗れ。
 でもすぐに血は消える。私には結晶に吸われていったように見えた。
 少女が男と対峙する。辺りに転がってるお弟子さんの師匠……勇者の剣を作ったという鍛冶師のクラフトだ。
 クラフトは逃げ、少女はその場から去っていく。
 
 そんな過去を、私は見た。

「何が見えた」
「お、女の子……女の子が凶器を持って……いや、待って。でもこれは……」

 おかしい。私は殺したという証拠が見たいのに、どれだけ過去を遡っても『少女が殺人を犯した』という過去が見えない。
 まるで、そう……まるで迷路のゴールを隠されたような……。

「……団長。この件、私に任せてくださいますか」
「いつになく真剣だな」
「少し……昔を思い出したの」
「昔? ……あぁ、そうか。確かにこれは……あの時の事件とよく似ている」

 十年前、まだ私が騎士になりたての頃。任務も楽々こなして調子に乗っていた時期に起きた大事件……妖精殺し。
 妖精が住まう地が地獄と化し、ほぼ全ての妖精が消えるという大罪を犯した犯人を、私は捕まえることが出来なかった。
 血溜まりに花が沈んだ村、そして過去視でも犯人を知れなかったあの事件。
 
 過去視が看破されるなんて、この私が許さない。

「必ず、犯人を見つけ出すわ」

 ――幸いにも手がかりはある。凶器を持った少女……フィア・マギアグリフに辿り着けば、何か分かるかもしれない。
 
 その少女の灰色の髪はオススメの美容室に連れて行きたいくらい伸びきっていて、紅い瞳は血を眺めているようだった。
 顔は暗いし、化粧も知らないんだろうな。猫背で、服装も陰湿だ。
 第一印象は最悪。遺灰と血を抱えた女。
 
 結晶も血の色をしていて、仮に《罪結晶ざいけっしょうの魔剣》と呼ぶことにした。

 王都へ戻った私は早速調査を進めたが、犯人は結晶背負いのフィアであるという確信にしか近付けなかった。
 過去視――そして右目の《未来視の魔眼》を持ってしても分からない。

「ダメ……何度調べても、類似事件も全部彼女だわ……」
「それじゃあそいつが犯人なんじゃないですか?」
「違う……違うのよ。鍛冶師クラフトとフィアの間に何かがあったのは確か。でもそれが過去視で見えないのはおかしいの。原因が分からない……」

 爪を噛む私を見て、アレクも顎に手を当てて首を傾げ始める。
 頭の良さそうなポーズをしているけど、こいつはただのゴリマッチョだから頭脳の方は期待してないのだけれど。

「フィアはクラフトの娘……でしたよね。親子喧嘩にしちゃやり過ぎなのは俺にも分かりますけど……」
「そもそも復讐が目的ならわざわざ王都へ逃げ込まずに、クラフトを追って殺してるはずよ。だってそれが目的のはずだもの」
「それでも、クラフトを追わなかった……じゃあ親子喧嘩じゃない? 犯行動機が復讐じゃないとしたら……」

 あの子は何のために殺人という重い罪を犯したのだろうか。
 一週間ほど、過去視と未来視で彼女の行動を見てきた。
 自分の正体が分からないように、そういう認識阻害の魔法を自分に掛けている。
 単に人混みが苦手なんだと、素直にそう思えるくらい臆病な子だった。
 
 ただ、時折……霞んで見えるというか、彼女の印象が塗り変わることがある。
 ――怪しい。何か裏がある。彼女こそ大罪人だ。
 根拠が無いのに、そう思ってしまう自分がいる。

「……アレク、ちょっと買い物頼んでいいかしら。騎士の証は置いていきなさい。あとなるべく威圧的に歩きなさい。そうねぇ……11時46分にクガルの西門から三本目の路地を進んで右に曲がり、交差点を一つ無視して直進、もう一度右に曲がりなさい」
「それは、もしかして未来視ですか」
「そうよ。多分あなたには彼女の姿が認識出来ないでしょうけど、必ずそこに居る。認識出来なくても存在が消えてるわけじゃないから、接触すれば魔法は解ける」

 まるで「自分が犯人です」と主張してるような彼女の皮を一枚ずつ剥がしていく。

『おいガキ、ぼーっと突っ立ってんなよ』

 ――認識阻害、解除。これで騎士団にも動いてもらって、証拠を集める。
 彼女が犯人ではないという証拠を。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その日の夜は美しい月の明かりで私ももっと美しくなってしまう夜だった。
 そんな夜に、ゴブリンの死体が4つ、無造作に転がっている。

「……傷もあの時と全く同じ。頭が潰れてる」
「確定ですね。確かに結晶背負いはゴブリンを殺した。犯人はフィア・マギアグリフです」
「いいえ、違うわ」
「隊長……いい加減認めてください。真犯人なんて居ませんよ。こうして証拠が残ってるじゃないですか!」
「じゃあアレク。あなたがもし罪を犯した時、こんな分かりきった証拠を残して立ち去るのかしら」
「そ、それは……」
「しかもあの子は絶滅種の妖精を助けた。あの場で殺してしまえば利益になるのに、わざわざ助けたのよ。十年前の妖精殺しも彼女じゃない。そもそも十年前なら、彼女はまだ10歳かその辺よ。そんな子供が妖精種を絶滅寸前まで追い込めるはずないじゃない……! そうよ、どうしてそんな簡単なことに気付かなかったのかしら!」

 間違いない……彼女は意図的に証拠を残している。十年前の妖精殺しや弟子殺しは証拠が分からないのに、彼女は手がかりを敢えて残してるのよ。
 ……もしかして、私を誘っているのかしら。

「というか、この証拠を私が過去視で見れるなら、弟子を殺したところも見えて当然なのよ」

 確定だ。弟子殺しとフィアは関係ない。真犯人は別に居る。

「ふふっ……くふふっ。あははっ!」
「す、ストック隊長?」
「この私を使うなんていい度胸じゃない! フィア・マギアグリフ! お望み通り罪を暴いてあげましょう! さぁアレク! これから忙しくなるわよ!」
「だから椅子にしようとしないで……って、あ、ちょっスネ蹴るのはナシですってェ!!?」
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