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終章 大切なトラウマ
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しおりを挟む教室に取り残された三人は、遠目からその光景を見ていた。
胡桃は恐怖と焦りにパニックになりながら。
馬場はどうすれば良いのか分からず頭を回転させながら。
そしてノエルは、感情を曝け出した東条を嬉しく思いながら。
ノエルは机に座って足を揺らしながら、新が蹂躙される姿を満足気に眺める。
彼女は単純に、東条があの場で怒らなかった事に不満を抱いていた。
彼の大切なモノは自分の大切なモノ。その為に怒るのは自分も嬉しいし、何より、その引き金が自分自身ということに、むず痒い喜びを感じていた。
(ふーん♪ふーん♪……むふふ)
故に今のノエルは、かなり上機嫌なのである。
「ノエル!今すぐまさを止めてくれ!」
馬場が叫ぶ。彼女は分かっているのだ。あの状態の東条を止められるのは、ノエルしかいないということを。
「何で?」
「新が死んじまうからだよ!!」
「じゃあ断る」
「――っ」
目も向けずあっけらかんと言ってのけるノエルに、馬場は戦慄する。
「ノエルちゃん!お願いします!私がちゃんと謝りますっ、新君にも謝らせますっ、何でもしますからッ、だから、お願い!ひぐっ、うぅ」
涙を流し懇願する胡桃に、流石にノエルも視線を向ける。
「……ノエルは胡桃も大事。仲良くしたいと思ってる」
「はぃ……」
「でもまさの気持ちの方がもっと大事。ノエルはまさの為なら人も生かすし、殺す」
「そんな……」
胡桃の表情が絶望に染まる。
――とそんな所に、一人の男がドアを潜って現れた。
「ノエル、あれ流石にマズくないか?」
「朧もノエルに頼みに来た?」
「そうだけど……、この状況を見るに無理そうだな」
「理解が速くて助かる」
彼は絶望する胡桃と、それをあやす馬場を見て察する。
「あのままじゃ本当に死ぬぞ?あんた等も大勢の前で殺人を犯すデメリットくらい分かるだろ。下手したら今の生活も出来なくなるぞ」
「今ノエル達は理性じゃなくて感情で動いてる。たまにはこういうのもいい」
「たまにはって……、あんた等いつも欲望のまま動いてんだろ」
「……確かに」
朧がこんな時でも呑気なノエルに溜息を吐く。しかし次の言葉に、彼は戦慄した。
「……それにそんなの、バレなきゃいい」
「……お前、」
その言葉の真意は、この場ではきっと彼にしか分からなかっただろう。直に彼女の冷たい部分に触れた、彼にしか。
加えて朧は、先日東条とノエルが壊滅させた半グレの拠点にこっそり行っていた。
奴等が自爆でモンスターを呼び寄せたというのが、どうにも信じられなかったのだ。朧はよく奴等から食料を盗んでいた。その際そんな能力の人間は見た事が無かった。
そして案の定、拠点跡には不可解な点が幾つも見られた。
異常に高い頑強な土壁。充満する異臭。一ヵ所だけ開いた入口。中はモンスターで溢れ、軽い魔窟となっていた。
恐らく、全てがノエルの仕業。
彼女は彼女自身の手で、半グレ共を皆殺しにしたのだ。
このままいくと、このコロニー自体が無くなる。彼女なら本気でやる。朧には確信があった。
「あぁクソっ」
一切動く気の無さそうなノエルに、朧は頭をグシャグシャと掻く。
「どこ行くの?」
「止めに行くんだよ。邪魔しないよな?」
「え?」
「朧、本気かい?」
胡桃が顔を上げ、馬場が驚く。ノエルは一瞬考え、頷いた。
「ん。別に止めない。まさに任せる」
「ほんとラブラブだなあんた等」
瓦礫を飛び越える朧を、胡桃が呼び止める。
「新君を、お願いしますっ」
「……俺を拾ってくれた恩もある。今回だけだ。ただ期待はするな」
「はい!」
「……チっ」
胡桃の期待の眼差しから目を逸らす朧は、グラウンド横の建物に人型の何かが着弾するのを見て、急いで駆けて行った。
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