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4章
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しおりを挟む――教室を出た後、一番大きな魔力を目印に進んで行くと、そこにはノエルと毒島と、もう一人の人物が席についていた。
「よ、もう始めてんのか」
「まさ遅い」
「おうカオナシ!座れ座れ。こいつだ、お前に紹介したかったの」
自分用に空けられた席に座り、机を挟んで正面にいる女性と会釈を交わす。
年齢は十八程か。デカい黒縁眼鏡。前髪でほぼ隠れている目。ぼさぼさで伸び放題の髪が、適当に二つに結われている。
上下ジャージの上にベンチコートを羽織る、見るからに根暗そうな女性。
その様は正に、女子力という三文字を踏みつけ膝で叩き折っている。
「――ぁ――ぉ(ボソッ)」
「え?なんて?」
彼女の方から声がしたと思ったが、余りにか細くて聞き逃してしまった。耳を近づけ集中する。
「あ、私、有栖 ライムと申します。誕生日は一月十五日。獅子座です(ボソッ)」
「ああ、私はまさと言います。よろしくお願いします」
差し出した手が、ビクビクと握られる。
そんな彼女の姿に見かねたのか、ノエルがジト目で一喝した。
「すらいむ、声ちっちゃい。聞こえない」
「だ、だってノエルちゃんっ、この人怖すぎるって!(ボソボソッ)」
「動画で見て分かってたこと」
「生で見たら余計怖いんだって!(ボソッ)」
「あのー、聞こえてるんですけど……」
軽い言い合いを見るに、ノエルとはそれなりに仲良くなっているようだ。依然声は小さいが、まあ慣れてきた。
「すらいむ、ってのは?」
「ありすらいむ。略してすらいむ」
「なるほど」
「……もっと他にもあったでしょ(ボソッ)」
なかなか良いあだ名だ。この世界によく似合っている。
「それですらいむさん」
「まささんまで(ボソッ)」
「ノエルとはどれくらい話したんですか?」
「あ、契約内容や今後の方針、外部漏洩のセキュリティ対策に、公開情報の制限など、大体の話し合いはしました。あ、あとお金の話も(ボソッ)」
「え!?」
予想以上に、というかほぼ終わっている内容にビックリし、ノエルを見る。今まで親睦を深める為の雑談をしていたわけじゃなかったのか。
「まさ、すらいむは逸材。ノエル達の為に生まれてきた。今すぐ契約すべき」
「そ、そこまで」
「そんなに褒められると照れます(ボソッ)」
ノエルがここまで押すということは、相当優秀か、自分達の理想に合致する人材なのだろう。
しかしこのキラキラした目、操られているのか疑う程だぞ。
「すらいむは凄い奴。レンタルサーバーの会社を高校生で設立したはいいものの、陰キャ極めすぎて友達はおろか社員すら雇えず、今まで細々と一人で食い繋いできた、生粋のコンピューターオタク!」
「それ褒めてます!?ねえノエルちゃん!ねえ!(ボソボソッ)」
「じゃま」
「ぴえんっ(ボソッ)」
詰め寄った顔を押し返される、クマが染みついた有栖の涙目がちらりと見えた。
「えっとその、レンタルサーバーというのは?」
「あ、簡単に言えば、サーバーの管理を業者に頼る事です(ボソ)」
「……?」
「あ、えっと、本格的に自分でサイトを作る際には、サーバーを構築したり運営したりしなくちゃいけないんですけど、そうすると、その為のコンピューターを購入したり、設置場所を用意しなくちゃいけないんです。
サーバーは一日中稼働させておかなきゃいけないですし、そういうのを纏めて引き受けるのが、私の仕事なんです!(ボソッ!)」
「ふむ。(なるほど分からん)」
ただ、重すぎるデータを外部委託してどうこうしてもらうというのは理解できた。
「そのレンタルサーバー、モンスターが出てきて壊れたりしてないんですか?」
「元々機材は郊外にありますので、全部無事です。遠隔で操作と監視が出来るようにしたんですけど、見ます?(ボソッ)」
「ふむふむ」
渡された画面の奥には、重厚感のある機械がズラリと並んでいる。なるほど嘘はついていない。
東条は考える。
外部に頼るという事は、自分達のデータを他人に任せるということだ。コンピューターに深く精通していて、尚且つ社員なら、データを途中で盗み見る事も可能だろう。
確かに自分達の動画に触れる人間は、少なければ少ないほどいい。その点で有栖はこれ以上ない程に適任だ。
何せ社員はおろか、友達すらいないのだから!
「まさ」
「……ああ。ノエルの考えてる事が分かって来たぜ」
恐らくノエルは、有栖が経営する会社と独占契約を交わそうとしている。
全ての機材を自分達の為に稼働させ、他人が介入する余地さえ無くし、会社の全てをかけて一つのチャンネルを守らせる。
ノエルなら真顔で要求しそうな事だし、もし可能なら願ってもない好条件だ。
しかし有栖にも、他の契約者がいるだろう。流石に、
「あ、言い忘れていましたけど、私はノエルさんとまささんの提示する条件を全て呑むつもりです(ボソッ)」
「……え?」
「というか、呑まざるを得ないんですよ(ボソッ)。
私の数少ない契約者さん達、皆首都圏在住の方々だったんですよ(ボソッ)、連絡つかないんですよ、死んでるんですよっ、お金入ってこないんですよ!」
「お、おう」
「せっかくパパに無理言って高性能機材揃えたのに、人来ないし離れてくしっ、挙句の果てにむしゃむしゃ食われちゃうしっ、もう何でもいいから縋りたいんですよぉ!助けて下さいよぉビぇぇぇぇええッ報酬金も充分ですしぇへへへへへ」
「気持ちわるっ!?」
爆泣きしながら笑いだす薄気味悪い生物。しがみ付いてくる顔を押しのけながら、東条は確信する。
「ノエル」
「ん」
これ程の人材、今後絶対に見つからない。
「契約成立だ。そんでこいつを今すぐ何とかしてくれ。鼻水がつく」
「ん。落ち着け」
「ビえんっ」
ノエルの平手打ちを食らい、彼女は満足気に宙を舞うのだった。
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