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3章
15
しおりを挟むバッグから鍋とフライパン、その他諸々を取り出した後、二人してキッチンに並ぶ。
巨大なワニ足にスパイスを練り込む朧が、中華鍋にドポドポと油を注ぐ東条を横目に見る。
(……何やってんだ、俺)
強さを求めて遠出してきたのに、いつの間にやら弱みを握られ、今は少女の為に飯を作っている。
本当に何をやっているのか。
彼は無心でスパイスを掴み、肉をペチペチした。
そんな時、
「朧はさ、何で身体強化とか、魔法の使い方仲間に教えないん?」
沸騰を待つ東条が、椅子に座って彼を見た。
「……別に深い理由はないですね。教えたらあいつは迷わず広めるだろうし、そうしたら治安も崩れる。俺も好き勝手出来なくなる。
そもそもあそこで過剰な戦力はいらないでしょ」
「死んでほしくない、とかないの?」
「……別にないですね。好きでも嫌いでもないし、そろそろ出ていくつもりだったんで」
「ふーん」
朧がフライパンにオリーブオイルを垂らす。
「最初からあそこにいたの?」
「自衛隊に拾ってもらおうと渋谷から来ました。でも近づけないわ間に合わないわで、一人で生き延びてた時見つけましたね」
「じゃあ結構恩あんじゃねーの?」
「まぁ確かに強くなる為の拠点が手に入ったのはデカかったです。だから面倒臭い纏め役も引き受けたんですよ」
朧がワニ肉をサイコロ状にカットしていく。
「モンスター狩に行った後、安全な家で休めるように利用してるってわけだ」
「そういうことですね」
「冷てー」
「あんたも似たような性格でしょ」
朧は再度肉を揉む。
「毒島がお前のこと、血も涙もない、人間の命になんてカス程の興味もない人間だって言ってたよ」
「……あいつ」
彼の額に青筋が浮かぶ。
「俺だって目の前に襲われてる人いたら助けますよ」
「ホントかよ」
「ホントだよ」
「勝てるか分からない相手だったら?」
「見捨てます」
「ほらー」
ワニ肉がフライパンに落とされ良い音を立てる。
「……まさから見て、俺は強いですか?」
「強いね」
「池袋でも生きていけるくらい?」
「んだな」
「……」
「何だよ、予想通りってか?」
「はい」
「可愛くねーな」
朧は蒸す為フライパンの蓋を閉じた。
静かな空間に、パチパチという小さな音だけが響く。
「……まさは俺の友達なんですよね」
「そーだな」
「じゃあ戦い方教えてください」
「やだめんどくさい」
「クソが(ボソッ)」
朧は悔しそうに手を洗う。
「何でそんなに強くなりてぇんだよ」
「……俺の指標だからです。
モンスターが現れて、強制的に一人になって、俺は恐怖よりも開放感を感じました。
だからまずは、強くなって一人で生き抜けるようになりたい」
「……肝が据わってらっしゃる」
朧が蓋を開け、ひっくり返して再度蓋を閉じた。
「背中合わせられる仲間作ろうとか思わないの?」
「中途半端な仲間は足枷にしかならない。少なくともあの中に命を預けようと思える人間はいないですよ。
まさとかノエルみたいなパートナーは希でしょ」
「……一人が一番、と」
「そうですね」
東条は遠くを見る様な目で、朧を見つめる。
心の内がモヤモヤする。何だろうこのモヤモヤは。恋だろうか。
そんな事を考えていると、
「こっちはもうできますけど?」
朧が沸騰しまくる油を顎で指す。
完全に忘れていた、と東条は立ち上がり、エビの殻付き肉片を水でゆすぐ。
そして、
「問題ない。これで完成するからな!」
「っ……」
全部纏めて油にぶち込んだ。
バチバチバチッと途轍もない音の後、プカプカと赤くなった身が浮いてくる。
「うし、」
「……素揚げは粉まぶすんですよ」
「……そんなん素揚げじゃねぇ。これが本物の素揚げだ」
「はあ」
互いに皿に盛り、完成。
なかなか良い感じだ。ワニのステーキなど、店で出してもいいくらいの香りを漂わせている。
美しい盛り付けに、朧の性格が窺える。
「ノエルは食えりゃ何でも喜ぶからな」
「安い舌ですね」
「何言ってんだ、幸せな舌だよ」
出来上がった料理を持ち、二人は腹ペコ少女の元へ向かうのだった。
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