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3章

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 ――「捕まえた?」

「たぶん」

 依然生命反応が何も感じ取れない為、そこにいるかどうかも分からないのだ。

「死んでないよな?」

「……たぶん」

 組まれた手の上に移動した二人は、大きな指に耳をつけ中の音を聞こうとする。

 静まり返った内部に、幾許かの心配が湧き上がる。

「お、俺知らないからな」

「不可抗力」

「過剰暴力だよ」

 二人でワタワタと罪の擦り付け合いをしている、そんな時、突然足元が少し揺れた。

 よく聞けば、連続する重音が小さく響いている。

「……殴ってる」

「殴ってるな」

 自力で抜け出そうとしているのか、それなりの力でぶん殴っているのがよく分かる。

 どのような状況であれ、生存は確認できた。一安心だ。怪我してたら自己責任ということで。

 ノエルは小さな穴を空け、中を覗き込む。

「お前は包囲されている。姿を見せろ」

 するとすぐに一人の男が虚空から現れ、観念したように手を上げた。

「大人しくする、出してくれ」

 抵抗する気もない、と朧はひらひらと白旗を振った。



 二人はとりあえず通気性が良くなってしまった部屋を変え、床に転がるそれを見下ろす。

 何を隠そう、頑丈な蔦で簀巻きにされた朧である。

「初めまして、ではないか。まさです。動画投稿者をしています」

「ノエル。好きな食べ物はラーメン」

「……朧 正宗です。好きな食べ物は麻婆豆腐、です」

 突如始まった自己紹介。
 状況も相まって、朧の頭に疑問符が浮かぶ。
 まずは謝罪、次に命を要求されると思っていたのだが。

 兎にも角にも、と朧は簀巻きのまま正座になり、頭を下げた。

「勝手について来たりして、申し訳ありません」

「認めたぞ。ストーカーだ」

「警察警察」

「ちょ、待ってくれ、下さい!」

 クールな顔に汗を垂らし必死になる彼を、二人が冷めた目で見つめる。





 …………『はい、こちら警察。どうしました?』





「繋がってる!?」

「ストーカーにあってる」

『相手が誰か分かりますか?』

「ちょっと!!お願いします!許してください!!」

「まさ」

「何で!?」

 騒ぎ散らす男二人に呆れ、ノエルは電話をぶっちする。

「はぁ、取り乱しすぎ」

「何で!?ねぇ何で!?」

「はぁ、はぁ、助かった」

 詰め寄ってくる東条を無視し、彼女は朧を再び転がし踏みつけた。

「何で追ってきた?正直に言え」

 自分を見下す冷眼に、彼はびくりと固まる。

「と、飛んでいくお二人が見えたので、興味本位で後を追いました。戦い方を生で見たくて」

「何で姿を消した?」

「自分の力が、お二方に通用するか確かめたくて……」

 結果こうなってしまっているが、と朧は自嘲気味に床を見つめた。

 そんな彼を東条が笑う。

「まぁ、事実俺は全く気付かなかったしな」

「……正直、何でバレたのかが知りたいです。教えていただけませんか?」

 彼はノエルを見上げるが、ノエルはその頬をぐりぐりとスリッパで踏みつけた。

「立場を弁えろ。質問するのはノエル」

「ふ、ふぁい」

「……でも答えてあげる。
 その能力、頻繁に息継ぎが必要。だと思う。
 ノエル達と同じ道を通った上で、出たり消えたりしてたら、流石に気付く」

 朧は彼女の感知範囲の広さと、何より自分の能力の弱点まで当てられたことに瞠目した。

「百mも空いていたのにか……」

「ノエル達が、どんな場所で生活してたと思ってる。それくらい余裕」

 彼女の言葉に呆気にとられる朧は、東条に目を移す。お前もそうなのか、と。

「ん?俺?無理に決まってんだろ。こいつがヤベェだけだ」

 笑って否定する東条に、彼は一安心した。

 そして改めて理解する。自分が如何に能力に頼っていたかを。彼等との間に、どれだけの差があるのかを。

「……俺もまだまだだな」

 朧は澄んだ瞳に窓の外の青い空を映し、再び一から努力しようと決めた

 しかし、

「浸ってるとこ悪いけど、ノエルはお前を消すべきか悩んでる」

「っ……そこを何とか」

「お前の能力、危険すぎる。本気で隠れられたら、ノエルにも何もできない。闇討ち、暗殺、懸念が増える」

「そんなことしませんよ」

「お前がするかどうかじゃない。ノエルが気にするかどうかが問題」

「っ……」

 しごく冷めたその瞳が、雄弁に物語る。

 脅しや揺さぶりではない。彼女は本気で迷っているのだ。

 彼女は、人の死に躊躇いがない。

「ん。やっぱり殺そう」

「ま、待ってくれ、何か」

「ノエルの警戒のリソースを人間に裂きたくない。面倒臭い」

 面倒臭い、ただそれだけ。それだけで命を奪うには余りある。

 締め付けが強くなる蔦に、いよいよまずいと朧の額に玉の汗が浮かぶ。

 そんな時、

「落ち着けって」

 静観していた東条が立ち上がった。

「前も言ったろ。そう簡単に人を殺すもんじゃねぇって」

「でも」

「でもじゃありません」

「……むぅ」

 東条はノエルの脇に手を入れ、持ち上げてベッドに座らせる。

 次いで転がっている朧を椅子に座らせた。

「あ、ありがとうございます」

 冷静に努めようと息を吐く彼の肩を叩き、正面に座る。

(イケメンだしクールだし、何か虐めたくなるな……)

「実害無さそうだし、俺としては別にこのままバイバイでもいいんだけどさ。実際にこうして俺達をストーキングしてるだろ?

 動画投稿者としてはネタの横取り的な面でも怖いし、何より俺達は、プライベートを他人に侵害されるのが好かない。な?」

「はい……」

 自分の黒い顔を指さし、プライベートに気を使っている事を示す。

 なんたって相棒が大蛇なのだ。そんなこと絶対に知られてはならない。


「てことで仲裁案なんだが、お友達にならないか?」

 彼は黒い顔の下で、ニッコリと微笑んだ。
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