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2章

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 暗さを増す橙色の空の下、大体育館の中から外にかけて長蛇の列が伸びる。
 食事を受け取った人達は、思い思いの場所で夕食を口にしている。

 土壁の上に座り、外を眺める東条の手にも、今しがた賄われたレトルトのカレーと白米がある。

「けっこー豪華だな」

「ん」

 彼女のシュパシュパと動くスプーンの先には、既に無くなりかけている今日の夕食。ノエルは最後の一口を飲み込むと、物欲しそうに東条のカレーを見つめた。

「……あげねーよ?」

「けち」

 いつ作ったのか、即席の釣り竿で釣りをするノエルの横で、彼が足をぶらつかせながら静かにカレーを食んでいると、

「どうやって上ったんだ?」

 後ろから、新が胡桃と共に歩いてきた。

「気合」

「流石まさだ」

 胡桃が壁に階段を作り、ノエルの横に座る。その横に新も座った。

「釣りですか?」

「ん」

「何か釣れましたか?」

「全然。胡桃餌になって」

「嫌ですよ!?」

 驚きつつも生餌になることを拒否した胡桃の顔は、乾いた笑みを浮かべ段々と曇っていく。

「……やはり足りませんか?」

「ん。足りない」

 ノエルの素直な意見に、彼女の表情に更に影が差す。

 助けられた者達の殆どは、まだ感謝が不安や理不尽さ、無力感に勝っている。
 しかしそれが当たり前になった最近、安心と安全の隙間から人の欲が漏れだすことが多くなっていた。

 その中で最も顕著に表れているのが、言わずもがな、食欲。

 自分がもっと頑張れば……。自分に力が足りないから……。

 優しすぎるが故に、彼女は避けられない切先問題を自らに向ける。


 新も隣で寂し気な笑みを浮かべているから、どうせ同じようなことを考えているのだろう。まったく、揃いもそろってこのカップルは。

 東条は溜息を吐いた。

「辛気臭い顔上げて、飯食ってる奴等見てみな。お前等って、この為に頑張ってるんじゃねぇの?」

 東条にその感情は分からないが、彼は、佐藤は、確かにその為だけに生きていた。


 顔を上げ後ろを向く二人の目に、明かりに照らされる笑顔が、談笑が、暗闇を抜けて飛び込んでくる。

 冷たい血溜まりの中で、強く輝き温かく燃える場所。そんな自分達の目指した光景が、眼前に広がっていた。

 遠くから手を振る少女に、二人は慌てて手を振り返す。

「お前等凄ぇぜ?こんなに沢山の命、守り抜いてきたんだからよ。

 ……人間誰だって見返りを求める、そういう風にできてんだ。お前等だって例外じゃねぇ。
 勝手にあいつ等助けんなら、勝手に対価貰っちまいな。

 お前等が求める報酬は、随分安いみたいだからな」

 二人の脳裏に、先の少女の笑顔が浮かぶ。新が苦笑し、胡桃が涙を拭った。

「為せなかった事ではなく、成したことに目を向けろ、か。……いいな」

 星を見上げる彼はとても絵になる。
 そんな彼に東条は唾を吐き、湧いてくる自分が並べた言葉の恥ずかしさにむず痒くなっていた。

「……(じー)」

「……なんだよ」

 ニヤニヤと此方を見てくるノエルを睨みつける。

「カッコイーなーって」

「はっ、知ってるわ」

 恥ずかしがるのも癪だ、とわざと強がって見せるも、その声音は若干上ずっている。

 ガラにもない事はするべきじゃないな、と胸中で反省した。

 しかし、

「はい。カッコよかったです」

「ああ。カッコよかったな」

 二人がノエルに続き、東条の羞恥心を抉る。

「やめれやめれ」

「いえ!本当に!」

「恥ずかしいんじゃぁ」

 東条の頭を漆黒が包んでいく。

「……私、感動したんです。人の為に言葉を紡ぐのって、こんなにも美しいんだって。
 私もまささんみたいに、もっと皆を笑顔にできるよう頑張ります。励ましてくれて、ありがとうございます!」

 ……何故だろう。

 何故イケメンや美女がカッコイイ恥ずかしい言葉を言うと、ちゃんとカッコよくなるのだろうか。

「俺も感謝するよまさ。有難う」

「へいへい」

 この世の不条理さに、天を仰いだ。
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