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2章
7
しおりを挟む表参道ヒルズにて一夜を明かした彼等は、池袋の物とは比較にならない美しさのクリスマスツリーの前で、カップ焼きそばをズゾズゾと食す。
「ブティックばっか」
「まぁ、そーゆーの集めた場所だからな」
口を尖らせるノエルに、しょうがないと言い聞かせる。
レストランはレストランで、良い食材を使っているいいレストランが多い為、冷凍を求める自分達からすると渋いというもの。
「勿体ねぇよな~。原宿のスイーツ巡りは俺の楽しみだったのに」
甘味好きの自分からしても、この場所が無くなったのには悲しいものがある。
ついこの前までJKやJDで溢れかえっていたこの聖地も、今では閑散とした魔境だ。
そんな昔の思い出に浸っていると、前方から怨嗟の混じった視線を感じた。
「……うらやま」
頬を膨らますノエルに吹き出す。
「そうむくれるなって。日本も案外無事みたいだし、ここ出たら食い放題だぜ?」
「……ん。金も入った」
「金も入ったしな!」
「グラララララ!」「ゼハハハハハ!」
彼等の高笑いの理由は一つ。先日遂に、国から口座の用意ができたという知らせが届き、加えて藜によって即日金が振り込まれたからだ。
故に今の彼等は、貯金残高二十億を超える金持ちなのだ。
――「せっかく来たんだし、何かやってこうぜ」
「んー」
ヒルズを歩きながら頭を捻るノエルだが、そんな彼女の目に一つの店舗が映った。
「……ファッションショー」
大人びた服を着る、子供のマネキン。
「……いいね」
笑い合った彼等は、悠々とお洒落な扉を潜った。
――試着室の前、東条がソファにどっかりと腰掛ける。
「準備はいいか?」
「ん」
山手線内はクリスマスで時間が止まっている。
今回はそれに合わせて、テーマをクリスマスコーデとした。
準備完了の合図を受け、カメラを構える。
さて、お手並み拝見といこうではないか。
「題!!」
「童貞殺し」
瞬間、バッ、とカーテンが開き、着替えたノエルが短いランウェイを歩いてくる。
シンプルな黒のニットに、ブラウンのチェック柄のフレアスカート。
シックでおとなしめな雰囲気に、甘い栗色のレザーバッグが良い味を出している。
優しい温かみを感じさせる、大人可愛らしいコーデだ。
確かに、童貞ならば一撃で殺されていただろう。
ノエルは自分の前でポージングを取った後、再び試着室に戻りカーテンを閉じた。
そこからは只々、彼女のセンスの良さに脱帽させられ続けた。
「題!」
「パリジェンヌ」
クリーム色のワッフルニットに、フランス産の赤ワインを彷彿とさせる、ボルドーカラーのセンタープレスワイドパンツ。
黒のベレーと黒のショルダーバッグ、黒のバレーシューズを合わせれば、それは最早プァリのジュェエンヌに他ならない。
「題!!」
「大人のクリスマス」
淡いベージュのツイストニットワンピースに合わせ、タイツを類似色で、パンプスを同色で揃える。
シンプルながらも漏れ出す余裕と上品さは、男ならば誰しもが振り返ってしまうに違いない。
「だぁい!!」
「クラシカル」
白のブラウスに黒のサロペットを合わせた、シックなモノトーンコーデ。
エナメルブラックのハイヒールに、ストライプ柄のスカーフで、気分は異国のレトロ嬢だ。
目の前でサングラスをくいッ、と上げられた時は、不覚にもドキリとしてしまった。
やはり白黒は不動の組み合わせだ。
「んダァイっ!!」
そして最後。
「ノエル」
カーテンを開き現れたのは、真赤なモックネックワンピースに身を包んだ、この世ならざる美を持つ少女。
その姿はまさに、物語から出てきたお姫様の様であった。
遠慮なくボディラインを魅せるセクシーさから反転、ウエストからふわりと切り替わるフレアスカートは、少女の可憐さを最大限に引き出している。
「……」
凝視しすぎていたのか、ノエルがもじもじと頬を赤く染める。
「……どう?」
そんなの、決まっているじゃないか。
「……あぁ、とても綺麗だ」
「ん。……うれし」
彼女は心底恥ずかしそうに、満面の笑みを浮かべた。
(……)
東条はあの日あの時の、遠いようで近い過去を思い出していた。
いつだったか、嘗て紗命とも似たようなことをしたものだ。
彼女を連れて店内を巡り、お互いに着替えては見せ合った。
似合っていると褒め称え、何だそれはと爆笑し、彼女の美しさに魅せられた。
ノエルの純情で真っ白な鮮麗さは、その思い出を引き摺り出す程、自分の心を震わせたのだ。
東条はそんな自分を可笑気に笑い、思い出の感謝と、幾許かの罪悪感を彼女に捧げた。
「まさ?」
「あぁ、わりぃわりぃ。お前に見惚れてた」
不思議そうに覗き込むノエルの頭を、ワシャワシャと撫でる。
「ん~。それは知ってる。まさのも用意したから着て」
「俺の?」
いったい何を?言われるがまま試着室に入り、……そこにあった衣装を半眼で見つめた。
――「着替えたー?」
ノエルが待ち切れないとばかりに足をぶらつかせる。
「……一応聞いとくけど、間違ってないか?」
「ノエルは間違えない」
東条の弱弱しい声に、彼女は絶対の自信を持って答える。
そこにあるのが答えだ、と。
さっさと見せろ、と。
「……はぁ。えぇいッ、刮目せよ!!」
諦めた東条は吹っ切れ、カーテンを力いっぱい引き千切った。
「あハハハハハッ、ダメっ、ツボっ、ふふふっ」
ノエルが真赤なドレスを振り乱して転げまわる。
彼女の視線の先に堂々と直立するのは……
白いボンボンが付いた赤い帽子、グルグル鼻眼鏡、顔を覆い尽くす程の真っ白な髭、赤を基調としたふわふわな上下。
そして左手に大きな袋、右手にはトナカイの押し車。
正に、サンタクロースその人であった。
しかし一つだけ、子供の味方皆大好きサンタクロースとは程遠い点がある。
「ぶふっ、似合ってる」
ここは言っても子供服売り場だ。大人用のサイズがあるはずがない。
故にサンタの見た目は、バチバチにはち切れそうな子供服を着た、変質者以外の何者でもなかった。
「……せめて大人用持って来いよ」
サンタが溜息を吐く。髭がふぁさっと揺れた。
「ほら、ポージング」
言われた通り彼は歩き出し、その度にトナカイがカラカラチリンと楽し気な音を出す。
「ふんっ」
ノエルの前でマッスルポーズをとった瞬間、筋肉に押し上げられ、限界だった服の至る所が引き千切れた。
「ニャハハハハハッ」
「だいぶ楽になったな。……笑いすぎだろ」
涙を流して腹を抱える彼女。彼の額に青筋が浮かんだ。
「おらっ」
「よっ」
サンタは右手の袋を開き被せようとするも、背凭れに手をつきバク転したノエルに躱されてしまう。
「わるぃごはいねがぁってなァ」
「あははっ、鬼さんこーちら」
互いにニヤリと笑った後、地面を蹴り抜き、お姫様と変質者の鬼ごっこが始まった。
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