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3巻~友との繋がり~ 1章
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しおりを挟む「聞きたいことはこれくらいかな。……いやぁ~久しぶりに楽しかった」
長時間にわたる商談も終わり、東条もようやく解放された口で絆された緊張を吐き出す。
大方持っている情報は売り尽くした。今日だけで金持ちの仲間入りを果たしたのは間違いない。
「……やっぱ今日泊まってかない?」
藜が唐突に切り出す。そこに初めの様な敵意の色は薄く、信頼に似た温かさが見て取れた。
時刻は既に二十一時を回っている。今から外に出るのも、それはそれで面倒臭い。
「どうするノエル?」
「どっちでもい」
「正直俺も」
向こうが何かを企んでいる様にも見えないし、それなりに信頼も築けたと思う。
それに今回の件で、此方の価値をちゃんと理解させることが出来た。下手に手は出してこないだろう。
「信頼してくれたようで何よりだ。じゃあ諸々用意させるから、風呂でも行こうか?」
「風呂あるんですか?」
「勿論さ。ここは日本の要だぞ?」
「……その理論はよく分からないすけど」
藜は東条の肩に腕を回し、揚々と部屋から連れ出した。
エレベーターに乗り、五人全員で仲良く大浴場へと向かう。
途中遭遇した組員は皆、組のトップと親し気にする二人に目を丸くしていた。
――「ノエル殿?貴女はこっちだろう?」
東条についていこうとするノエルを、紅が引き留める。
「ん?じゃあそっちでいい」
大した疑問も抱かず、彼女は紅と共に『女』の暖簾を潜っていく。
「あとノエルでいい。ノエルも紅って呼ぶ」
「いいだろう。ならば女同士、男の愚痴でも語ろうか」
「ん」
そんな会話を聞きながら、東条は両側から刺さる視線にジト目で返す。
「……なんすか」
「おめぇさん、まさかとは思うが、ノエル嬢に手ェ出してねぇよな?」
老爺から殺気を伴った笑顔が向けられる。
「あれを女として見ろと?それこそキュクロプスを片手で殺すより難しい」
東条の断言に藜が噴き出した。
「はははっ、安心したよ。契約相手がロリコンなんて笑えない」
「ナハハっ、全くだ」
「……俺は年上好きっすよ」
和気藹々と雑談を交わしながら、彼等も『男』の暖簾を潜った。
服を脱ぐ東条の身体に、またも二人の視線が突き刺さる。
「おいおい、どんな修羅場潜って来たんだよ」
「同職でもここまでの奴は見た事ねぇな。ナハハっ、強ぇわけだ」
男にジロジロ見られる趣味はない。パッ、とタオルで胸を隠した。
「二人の身体もなかなかですけどね……」
刀傷に銃創。モンスターというよりも、対人間を彷彿とさせる傷痕が身体中に張り巡らされている。
そしてヤクザらしいと言えばらしい、背中に刻まれた和彫り。
藜が龍、老爺が玄武だろうか。……あぁ怖い。
ガララっ、と扉を引き、当然のようにいる湯煙ラッコと並び一緒に身体を流す。
タオルを頭の上に乗せ、熱めに設定された湯舟に首まで浸かった。
「「「ふぅ~」」」「「「キュゥ~」」」
やはり、風呂はいい。漏れた声が二人と共鳴する。
「……その顔の取らないのなぁ。見れると思ったのにぃ」
「それが目的ですか?」
「それもある」
藜が天井を見上げ、目を閉じる。
「……ボスはおめぇさんを見極めてぇのさ。これからも良好な関係を続けていく為、友として不十分じゃねぇかってな」
「友達ってもっと気楽に作るもんじゃないんすか?」
「すまないね。どうも俺は捻くれ過ぎているらしい」
藜が東条に向き直る。
「目を見せてくれないかな?」
いきなりさらっと言われたお願いに、疑問が湧く。というか疑問しか湧かない。
「……危なすぎるでしょ」
もし相手の目を見て発動するcellだったら?それこそ終わりだ。
「当たり前だよな~。……誰も武器を所持できない風呂を選んだ。杖も脱衣所に置いてきたから、俺は長距離を移動できない。
信じてはくれないかい?」
上目遣いをしてくるが、すえたおっさんのぶりっ子など見苦しいだけだ。
戦闘向きな力に覚醒した者からすれば、現代兵器など児戯でしかない。多少のハンデなどあってないような物だ。
「嫌っすね。てか何で目なんすか?」
「俺は他人を目で判断する。長い付き合いになりたい相手は尚更な」
濁った瞳が自分をジッと見つめる。
深く底のない汚泥からは、感情の一片も伺い知れない。
「……」
「んん~……そうだ。こうしよう」
藜はそれでも首を縦に振らない東条の手を持ち上げ、あろうことか自分の首に添えた。
「何を」
「もし俺が不審な動きをしたら、即握り潰して構わない」
驚き彼の顏を見るも、冗談を言っている様には見えない。
「君も分かってるだろうけど、俺と君の力は多分ほぼ互角だ。近い場所にいるからこそ、その危険度が身に染みて分かる」
「ならこんなこと」
「それ程に俺は君をかっている。危険と分かるからこそ、仲良くなっておきたいのさ」
飄々と言ってのける藜。
言い分は分かる。
このレベルの能力者と仲良くなっておけば、後々色々助かるかもしれない、ということだろう。
それは自分にも言えることである。
……しかしやはり、cellを見るまでは信用などできない。
「……あぁーもうっ、しょうがないなぁ。なるべく見せたくなかったんだけど」
意思の固い東条にじれったさを感じ、藜は頭を掻く。
そして、手を洗面台へ向けた。
瞬間、桶がその掌目掛けて飛んでくる。
「ほい」
パシッ、とキャッチし、東条に渡した。
「これが俺のcell。物体を自分に引き付けるだけの力。精神干渉系じゃないでしょ?安心した?」
東条は一連の現象に素直に驚いた。まさかこの人が、自分の能力を明かすとは思っていなかった。
……それだけ信頼してくれているという事なのだろうか。
「……俺は教えたりしませんよ?」
「構わないさ。まぁゆっても、君の能力は動画にも上がっている。
明言する気はないんだろうけど、ある程度の予測は立てられるってものだ」
藜は湯煙ラッコを桶に入れ、くるくる回して遊ぶ。
「信頼という言葉を使うなら、俺の力も打ち明けるべきだと思っただけさ」
半身を湯舟から出した藜が、再度東条に手を差し伸べた。
「なぁ、俺達で同盟を組もう。機材や環境、金、必要な物は俺達が全面的にサポートする。
その代わり、利益の五%、手に入れた資源を優先的に回してほしい」
スポンサーではないが、相互利益を見据えた契約の提案。
それを聞いた東条は、漆黒の奥で笑った。
……なるほど、目的はこれか。
商談が苦手な自分をノエルと引き離し、熱で思考力を奪い、仲間意識を植え付け、甘い言葉を並べ、一見メリットの方が多そうな内容を口頭で提示する。
実に巧みで質の悪い戦法だ。
ただ、
(もし有利に事を運びたいんだったら、おっぱいの一つでも用意しておくんだったな)
一番必要な交渉材料を、彼等は用意し忘れた。
「断ります」
「……即答、か」
若干驚く藜が手を下げる。
「その契約は俺の独断で決めるべきものではありませんから、きちんとノエルも交えて話し合いましょう」
当ての外れた彼は、その手で頭を掻いた。
(……彼女は重要な点はこの男に指示を仰いでたし、てっきりまさが全権を持っているのかと思ってたんだけど)
藜含め幹部全員、優秀な彼女を離してしまえば何とかなると思っていたが、そう簡単な話でもなかったらしい。
「ただ俺としても、藜組の皆さんとは仲良くしていきたいですから、目は見せてもいいですよ」
「本当かい!いやぁそれは嬉しいね。やっぱり人は目をみなきゃ」
興奮する藜を前に、片目部分だけ漆黒を解く。
この後の交渉で少しでもノエルが有利になるなら、別に目を見せるくらい大したことない。
藜の濁った眼と、東条の目が交差する。
「…………いいね。とてもいい」
藜が嬉しそうに口角を上げた。
「もういいですか?」
「ああ。有難う。……君という人が分かったよ。信じるに値する」
自分に何もされていないことを確認し、漆黒を戻す。
いやはや、目を見ただけでそんなことまで分かるのだろうか?
やはり人の上に立つ人は、何かを見抜く力が鋭いのかもしれない。
そろそろ上せてきたと立ち上がった所で、藜も立ち上がり、再び手を差し出してきた。
「改めてこれからも宜しく頼むよ。藜 梟躔だ」
「はい。まさです。宜しくお願いします」
「ハハハっ、名前は教えてくれないか」
彼は笑うが、やはりヤクザに本名を教えるのは怖い。
次いで老爺が手を差し伸べる。
「笠羅祇だ」
「宜しくお願いします」
手を取り合った三人は、ラッコ達に見送られ風呂を後にした。
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