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2章 満たす白 空っぽの黒
9話
しおりを挟む「……」
初めて見る、彼の表情。
初めて見せてくれた、彼の心の奥。
いつもは大きくて頼りになる彼の身体が、いまはとても小さく、弱弱しく見える。
彼女は突き動かされるように、東条の元へ向かった。
俯き地面を映す視界に、彼女のブーツの先が入り込む。
「まさ」
「……わりぃ」
きっと今自分は、相当情けない顔をしてしまっているだろう。
すまないが一人で行ってくれ。そう口に出そうとした、その時、
「んガっ!?」
頬を両側から挟まれ、勢いよく地面に膝を付かされた。
驚き目を見開く東条。
そしてその瞬間、息を呑んだ。
――眼前に現れる、吸い込まれるような、深い、深い、紫の瞳。
恐ろしく美しい、しかしどこか儚げな。
……それはまるで、彼女に渡したブローチの様で。
それはまるで、彼女自身の様で……。
「まさ」
「……」
――「大丈夫だよ」
優しく、諭すように、白い妖精は言った。
彼女が何を思い、何を伝えたくて、その言葉を口にしたのかは分からない。
深い意味など、そもそもないのかもしれない。
……ただ、傷だらけの彼の心に、ゆっくりと染みていく。
……癒すように……包み込むように。
東条は唖然とその瞳を見つめ、そして、怒気を宿して彼女を睨んだ。
お前に何が分かる?
この痛みが。
この悲しみが。
この喪失感が。
奪う者だったお前に分かるか?
お前に俺の、何が分かる!?
声に出そうと、怒鳴ってやろうと開いた口からはしかし、何も出てこない。
代わりに頬を伝う、温かい雫。
「大丈夫だよ」
やめろ。
「大丈夫」
やめてくれ。
呟かれるごとに、雫の量は増え、やがては一本の線となる。
抑えていた何かが、自分でも分からなかった何かが、止めどなく溢れ、雪を濡らしていく。
東条は泣いた。
声を上げて泣いた。
今だけは、小さな胸の中で、全てを吐き出すように泣いた。
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