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2章 満たす白 空っぽの黒
8話
しおりを挟む――「スマホ欲しい」
「いきなり?」
テレビの中でモンスターを一狩した後、彼女が思い出したように東条を見た。
娘にスマホを強請られる親は、こんな気持ちなのだろうか。
「ねぇ」
「おぅ」
「まさはスマホ持ってる?」
「いや、ぶっ壊れたな」
彼のスマホは、握り潰された時一緒に粉々になってしまっていた。
当然、それっきり誰とも連絡を取っていない。
「じゃあ行こ」
「だけどよ、このデパートの中に売ってるとこないぞ?」
「?出ればいいじゃん」
何の問題があるのか?当然の事を彼女は言う。
しかしその言葉に固まる東条は、納得したような、元から分かっていたような、そんなうら寂し気な空気を纏い、画面の一点を見つめた。
「…………あぁ、そうか。……そうだよな」
「……」
彼女は何故か俯く東条をじっと見つめ、コントローラーを置いて立ち上がる。
「行こ」
「あ、あぁ」
彼の手を取り、ジャンパーを持って下階へと向かった。
――外を染めるのは、何物にも染まらない純潔の色。
東条と彼女はブーツに履き替え、別世界の入り口に立った。
「雪だね」
「……あぁ」
しんしんと降る風花が、街に、破壊の痕跡に、自分好みの化粧を施している。
そういえば今日は雪だったか。
東条は白い息を吐き、晴れ渡る空を仰ぎ見た。
「あ、おい」
銀世界の中に躊躇なく飛び込んでいく、一人の女の子。
その中でも一際輝く白を持つ彼女は、まるで妖精の様であった。
「早くっ」
お前も来い。彼女はそう呼ぶ。
しかし東条は足元の白の境界線を見つめ、一歩を踏み出すのを躊躇する。
彼はあれから一度も、デパートの外に出ようとしなかった。
いや、出れなかった。
屋上は問題ないのだ。ただ、出入り口から外に行くことが出来なかった。
一歩でも外に出てしまうと、何か、大切なものが消えてしまいそうで、それが怖くて、いつも引き返してしまう。
……本当は分かっている。
ここには何もないことも。
ここに留まっていても仕方ないことも。
……彼等はもう、何処にもいないということも。
そんなこと分かっている。
ただ、どうしても動かないのだ。足が、身体が……どうしても!
前に進むことを、全力で拒否する。
……どうすれば良いのか、もう自分には分からない。
……どうすれば良かったのか、もう自分には分からない。
……もう、何も分からないのだ。
彼は漆黒を解き、泣きそうな笑顔で微笑んだ。
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