76 / 218
2巻 1章~国と魔獣~
6話
しおりを挟む§
ヒリついた空気が充満する部屋の中、重役達が全国から集められた情報に目を通していた。
彼等の胸中に満ちるのは、安心と焦り。
相反する感情の同居に苛まれながら、これからの行動に頭を悩ませる。
曰く、北は北海道、南は沖縄まで、球体は満遍なく全国に現れた。
曰く、他県でもスタンピードや緑化が頻発しているが、大半が小規模。現在はモンスターが現れた際も、民間人の被害を抑え制圧が可能の域。
曰く、外から見た山手線内は、正に伏魔殿である。
「……日本は無事みたいですね」
「あぁ」
「一応安心、でいいのですかね」
「どれも『ここよりは』という枕詞が付くがな」
総理は顎に手を添え熟考する。
『ここよりは』被害が軽微。
『ここよりは』緑に呑まれた場所が少ない。
『ここよりは』多少安全。
そんな場所が全国を埋め尽くしているのだ。
大規模すぎる損害に感覚が麻痺しかけているが、安心していいことなど何もないのが事実。
そして何より、改めて理解した自分達が置かれている場所のヤバさ。
今最も考えなければならないのは、ここからの脱出に他ならない。
「……岩国、もう一度先の調査報告を頼む」
全員の表情が沈痛さに歪んだ。
彼等は全国の状況を確認する前に、ある報告を耳に入れていた。
対策が何も浮かばなかった彼等は、一度そこから眼を逸らし、頭を冷やしたのだ。
「はい。……皇居北方を調査していたΔ隊の全班が壊滅。総勢七十五人中、五十人の死亡が報告されました」
それあまりに悲惨で、恐ろしい結果であった。
命からがら帰還した彼等が、口を揃えて言った。
『あれは魔法だ』
一人の隊員が持ち帰った動画。
そこには、森を焼き、水を繰り、雷光を閃かせ、大地を隆起させる、今までとは一線を隔す化物共が映っていた。
初めは誰もが目を疑った。しかし、避難民や自衛隊の中から似た力を発現する者が現れたのを見て、信じざるを得なくなった。
そして最も彼等を絶望させた情報。
『特別な力を使うモンスターは、総じて現代兵器の効果が薄い』
現段階で銃が使えないとなると、対抗策がほぼ皆無となる。
得体の知れない魔法とやらに頼るのもリスクが大きすぎる。
そもそも民間人を戦場に出すなど言語道断。
「時間が経つにつれ、強力なモンスターの出現報告が増加しています。……猶予はないかと」
「……あぁ」
車両での移動は不可能。
かと言って徒歩では全滅は免れない
空を飛ぶ物は怪鳥の群れに撃墜される。
銃は効かない。
時間経過と共に、球体から出てくる個体は強くなる。
……詰み。
その二文字が全員の脳裏を過ったのは、無理のないことである。
しかし、諦めるわけにはいかない。
今守れる者だけでも、守らなくては。
我道は決意を秘めた目で仲間達を見回した。
「只今を以て近辺の救出活動を打ち切る。全隊員を呼び戻せ。
被害の少ない地域から、出来る限りの大型輸送ヘリと戦闘ヘリを集結させろ。
脱出は東京駅方面の空路を使用する。こちら側のモンスターが一番弱いとの結論からだ。
今作戦名をミユキ作戦と命名する。
作戦決行時刻は……今だ」
「「「――ッはっ!!」」」
一気に熱を帯び慌ただしくなる室内で、総理は俯き己の不甲斐なさに唇を噛む。
作戦の決行とは即ち、首都を捨てるということだ。
場所や施設は問題ではない。自分と時間さえあれば、そんなものいくらでもすげ替えがきく。
……問題は、今も何処かで隠れ助けを待っている人を、切り捨てることになるという事だ。
一国の長として、最も恥ずべき行為。
しかし長である自分にしか背負えない、許されざる大業。
生涯身に纏う自責を受け入れ、彼は準備を始めた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる