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終章 適応と成長

14話

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 それから一週間、彼等は互いに手を取り合い、力を合わせ、たまに殴り合い、怒り、笑い、しかし涙を流すことはなかった。

 明日には東条と紗命がこの場所を去る。
 今日は二人の送別会である。

 時刻は昼の十二時。
 生憎の曇りではあるが、豪勢な食事が並び、ぼろ切れに書かれた手製の横断幕が掲げられている。


 佐藤がマイクを持ち、前に出た。

「えー、代表として話させていただきます。佐藤 優です。あ、有難うございます」

 花の拍手を皮切りに、大勢の拍手が佐藤を迎える。

「……そうですね。世界が変わってしまってから、色々なことがありました。

 死にかけて、生き延びて、目の前で沢山の人が亡くなって、それでも生き延びて、私達は今ここに立っています。

 ……私達も、足掻き、藻掻き、努力し、手繰り寄せた。
 しかし、そこに彼等の力が無ければ、疾うに私達は木の養分でしょう」

 全員の視線が二人に向き、照れ臭そうな表情に歓声を送る。

「紗命さんは、どうしていいか分からない私達四人を纏め上げました。
 水の魔法で、沢山の命を守り切りました。
 そして、自慢の笑顔で、数々の男を虜にしてきました」

「もぅ」

 男衆の口笛が響き、因幡達三人が誉め言葉を並び立てる。

「対して東条さんを初めて見た時は、新手のモンスターかと疑ったほどでした」

「まったくじゃ、危うく刺しそうになった」

 頷く若葉に笑いが起きる。

「しかし彼は強かった。
 途轍もないほどに強かった。
 モンスターを蹴散らし、屠る彼の勇姿に、憧れを抱いた者も少なくないはずです。
 斯く言う私もそのその一人ですから。

 ……そして、その勢いのまま紗命さんを手に入れた」

 先とは裏腹に、大ブーイングと三人からの罵詈雑言が乱れ飛ぶ。

「そんな二人が、明日この拠点を去ります。
 まだ見ぬ地を踏む為に、まだ見ぬ空を仰ぐ為に。
 いいじゃないですか!

 男なら誰しも憧れる、冒険に彼等は行くのです!」

 今日一番の歓声が、彼等の祝福を称える。

「確かに、寂しいし、戦力も大幅に落ちます。
 しかし、いつまでも彼等に頼っていては前に進めない。
 いつかこの地を脱出する為にも、私達は更に強くならなければなりません。

 なに、心配しなくても私達は強いですし、彼等ともう会えなくなるわけでもありません。
 スマホも通じる。その時は気兼ねなく二人を呼び、助けてもらいましょう。

 では長くなりましたが、東条さんと紗命さんの出発を祝って、ここにパーティの開催を宣言します」

 拍手を背に、佐藤は安堵の息を吐いた。



 §



 東条は一度輪から外れ、少し離れた位置に立ち携帯を耳に当てた。

「……よぉ」

『まったく、二日に一回は電話寄こせって言ったでしょ』

「メールしてんだからいいだろ」

『そーゆーことじゃないってのに』

 相手は母親。
 彼は永遠の反抗期ではあるが、親の心配も分かる。二日に一度はメールを送るようにしていた。

 そんな彼が、今日わざわざ電話した理由。

『何か周り騒がしいね』

「あぁ、仲間」

『仲間できたの?何でそんな大事なこと言わないのよ?』

「別に」

『はぁ。で、どうしたの?あんたから電話なんて珍しい』

「……旅に出るわ」

『……は?』

 別に伝えなくても良かったのだが、一応、報告はしておこうと思ったから。

 ……ただ、

『どういうこと?』

「そのままの意味だよ」

『あんた自分のいる場所分かってんの?そもそも何で』

「冒険」

『……ふざけてんの?』

「……」

『あんたがファンタジー好きなのは知ってるけど、ゲームと現実の区別ついてないんじゃないの?』

「……」

『もうすぐ助けも来るはずだから、自衛隊も頑張ってるらしいからさ、あと少し―――――

 通話終了のボタンを押し、着信拒否をする。

 こうなることは分かっていた。

「……チッ」

 理解されない事も、分かっていた。






 ――切り替え、笑顔を張り付けた東条は、葵獅と佐藤が座る席へと歩いていく。

「良いスピーチでしたよ」

「有難うございます。かなり緊張しました」

「結構ノリノリだったけどな」

 ジュースを傾ける葵獅が笑う。

「……目的地はあるのか?」

「あぁ、とりあえず山手線圏内を回ってみようと思う」

 紗命と一緒に考えた冒険経路。
 それは、誰もが知る特別危険区域である。

「まさか、冒険と称した人助けか!?」

「だと思うか?」

「な訳ないな!ハハハっ」

 元から分かっていたのだろう、さして気にした風もない。

 ただ、

「まぁ、間接的には助けることもあると思う」

 その言葉に佐藤が反応する。

「と、言うと?」

「この区域圏内の情報を発信していこうと思うんだ。
 モンスターの種類然り、戦闘方法然り。
 調べてみればこれをしてる、いや、できる奴はまだいない。

 この情報は必ず安全圏の、延いては国の目に付く。そうすれば自ずと被災者の手助けを求める声も多くなる。

 俺は各地を回ることを一番に置くから、どいつもこいつもの言葉に従う気はないが、少なからずは応えていこうと思ってる」

 予想もしていなかった計画性に、葵獅と佐藤は唾を飲む。

「……何でそのようなことを?」


「決まってる。売名の為さ」


 将来を語る東条の顔は、純粋無垢の様であり、同時に魔王の様でもあった。

「俺の夢は、この変わっちまった日本全国を、世界を、自由に冒険することだ。
 誰にも邪魔されず、好きなものを貪り、好きなように振る舞う。

 その為に必要なのが、圧倒的な武力ともう一つ。分かりますか?」

「……金、ですね?」

「そうです。経済は崩壊の危機でしょうけど、依然世界を動かしているのは金です。
 自由を手に入れるには金がいる。

 俺が今欲しいのはスポンサーです。情報、素材、将来性を高く買ってくれるスポンサー。
 今回の冒険は、その足掛かりでしかない」

 彼の語る壮大な夢に感化され、二人の身体を鳥肌が走った。

「いやはや、貴方は本当に凄い人だ」

「あぁ、ここまでエネルギッシュな奴は見たことが無い」

「まぁ、俺バカだから交渉とかは紗命に任るつもりだよ」

「それが良いと私も思いますよ」

「違いない」

 笑い合う三人はグラスを打ち合わせ、

「東条の未来に」

「東条さんの夢に」

「俺の野望に」


「「「乾杯」」」


 夢ある未来を仲間と共に称えた。



 ――「さやおねぇちゃん、これあげる」

「あら、可愛い。おおきになぁ」

 花壇の花で作った冠を、幼女自ら頭にのせる。
 続いて凜が紗命の前に立つ。

「あたしからあげられるのはこれくらいだよ」

「わっ」

 強く抱きしめるその手には、悲しみ、勇気、尊敬、様々な感情が混じっていた。

「……ちゃんと生きるのよ、紗命」

「……はい」

 自然と流れる涙は、とても美しく、そして温かかった。


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