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終章 適応と成長
10話
しおりを挟む――小鳥の囀りに覚醒を促され、緑葉の隙間から差し込む光に目を窄める。
それから、隣に感じる温もりに顔を向けた。
「……おはよ」
「ふふっ、おはよ」
ピッタリと肌を寄せる紗命が、優しい声で朝の訪れを告げた。
――「んじゃ報告に行くか」
「結婚の挨拶みたいやなぁ」
「まぁ似たようなもんだ」
着替え終わり、東条は紗命を抱えて飛び降りる。
準備は終わった。
覚悟も出来た。
別れの時だ。
――「……本気なのか?」
驚きに固まる葵獅が、二人の顔を見つめる。周りで聞いていた他の人等も、概ね同じ反応だ。
「あぁ、俺はその為に強くなったからな」
「……いつだ?」
「明日にでも」
東条の顔に迷いはない。
「紗命はいいの?」
「えぇ、その為に頑張ったんやもの」
「……そう、……決めたのね」
凜は寂しそうな表情を浮かべるも、諦めたように笑った。
「あたしは別にいいと思うわよ」
「寂しいですが、私も止める気はありませんよ。彼等がそう決めたのならば、私は口を挟みません」
佐藤も首を縦に振った。
皆の視線が葵獅に向く。何せ、現最強とリーダーの一人が抜けるのだ。只事では済まされない。
「……はぁ、俺も別に否定はせん。お前なら何を言ってもどうせ出ていくだろうしな」
「よく分かってる」
「しかしだ、唐突過ぎるだろう?事前に教えてくれても良かっただろうに」
冒険に出るなど、いきなりそんなことを言われても焦るだけだ。
「それに、即戦力が抜けるんだ。お前達が抜けた後の陣形も組み直さなきゃいけない。これからの危険も増すんだ、皆の心の準備も必要になる。そこらへんの事もちゃんと考えてくれ」
要としての自覚を持てと、そう問う葵獅。
自分を優先し、自分の決めた目標の為に動いてきた二人。
他を気にせず、我を貫いてきた二人。
一見、全く響かなそうな言葉。
しかし、そんな彼等の中にも、共感と申し訳なさが込み上げていた。
「……すまない。正直、ここの皆とこんなに仲間意識を持つとは俺も思わなかった。
初めは満足出来次第、勝手に出ていこうと思ってたんだ。でも知らず内に、ここに居心地の良さを感じていたみたいだ。
……うん、……確かに少し考え足らずだった、謝る」
自分でも気づかぬ内に、大切な者が増えていたらしい。
それは紗命一人ではなく、この場所で手に入れた繋がりそのものだ。
頭を下げる東条に続き、紗命も頭を下げる。そんな二人を見て、葵獅は溜息を吐いた。
「その気持ちは俺達も嬉しい。さっきも言ったが、俺もお前達を止める気はない。
だが明日と言わず、あと一週間くらいはいろ。その間に準備は終わらせるし、お前達の送別会も開いてやる」
笑いかける葵獅に感謝し、東条も快く受け入れた。
――二人が去った後、葵獅、佐藤、若葉、凜の四人が、神妙な顔を浮かべ卓を囲んでいた。
「そろそろ、私達も考える頃ですかね」
「あぁ」
「でも、自衛隊が諦めるくらいの奴らが外にはうじゃうじゃいるんでしょ?」
議題は池袋からの脱出。彼等が予てから目指していた最終目標だ。
初めは遠かった目標も、今では随分と現実味を帯びてきたように思える。
「でも、ここに出たのも相当だと思いますよ。ホブとか」
「銃如きじゃと、あのレベルには勝ち目などないじゃろうな。かといって、儂らに特殊部隊並みの統率力と戦闘力があるとは到底思えん」
「先ずは俺達一人一人が、あのレベルのモンスターを殺せるようにならないとだな。
それに、大勢の非戦闘員を守りながらの移動になる。
最終的にはホブ数体を同時に相手どれるくらいにはならないと、外へ出るのは自殺行為に思える」
「……やはり、先は長いのぉ」
「大丈夫ですよ。今まで通り、死に物狂いで生きればいいんです」
「ここでの生活も、悪いことばかりじゃないしね?」
「ほっほっ、儂らも逞しくなったもんじゃ」
「違いないな」
笑い合う四人は、悲観すべき戦力の低下を活力に変え、未来を語り合った。
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