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3章 合流
48話
しおりを挟む「――っ無事か!!」
額から血を流す葵獅が階段から顔を出す。
敵がいないのを確認してから、隣合って座る二人に駆け寄った。
「葵獅はん」
「紗命、無事で良かった。……お前は、大丈夫なのか?」
包帯をグルグル巻きにされ、左腕に添木をされた東条に視線を移す。
「だいじょばない」
「だろうな」
全身からだいじょばないオーラを出す彼を、葵獅はひょい、とお姫様抱っこした。
「すまないが急ぐぞ。下もマズいことになってる、紗命は動けるか?」
「えぇ」
「着いたら水でバリアを張ってくれ」
「分かった」
走る二人に後は任せ、東条は上目遣いで懇願する。
「優しくしてね?」
「黙ってろ気色悪い」
葵獅は腕の中の大きな赤子を睨みつけつつも、その運搬には最善の注意と敬意を払う。
彼がいなければ、間違いなく紗命は死んでいたのだから。
「……ありがとうな」
「……自分のためだよ」
きっと本音なのだろう言葉を、葵獅は正直な奴だと笑って流した。
――「佐藤殿っ、マズい、右が抜かれる!」
「――ッ」
若葉が焦りフォローを頼む。
ゴブリンの残数は二十程度、しかし此方も戦える人数は半分まで減ってしまっていた。
壁を背に戦ってはいるが、疲労に傷に、一人また一人と倒れていく。
(崩れるっ)
若葉が諦めかけたその時、
大量の水がゴブリンを吊るし上げ、火炎放射が視界を燃やした。
水壁が人とゴブリンを分断する。
「――ッ葵獅殿っ!!紗命嬢も、無事で良かった!」
「遅くなった」
「後ろは任せて下さい」
攻撃が途切れ、張り詰めていた空気が解ける。
佐藤を筆頭に、限界だった多くの者がその場にへたり込んだ。
「彼を頼む。休ませてやってくれ」
瀬良に東条を引き渡した葵獅は、若葉と共に前線へ並んだ。
「彼は無事なのか?」
「生きてはいます」
「……頭が上がらんな」
「全くです」
若葉が槍を握り直し、葵獅が腕に炎を纏う。
「二人で行かはるん?」
「あぁ、皆よくやってくれた。後は任せてくれ」
「ほっほっ、少し暴れんと気が済まんわい」
「ほな、いってらっしゃい」
前が開けたと同時に、二人が駆ける。
後ろを気にしなくて良くなった今、彼等を止められる者はもういない。
「好き勝手しおってからに、冥途で詫びな」
槍の一振りで三体のゴブリンの首がへし折れ、次の一瞬で二体の心臓が穿たれた。
若葉は四人と違い属性魔法は使えないが、その槍術込みの戦闘力はなんら引けを取らない。
寧ろ技量だけで言えば群を抜いている。
モンスターを日々狩って成長した肉体は、彼を全盛期の頃へと近づけていた。
「……まだまだあの頃には届かんな」
血の気配を纏う歴戦の老兵は、昔の自分を手繰り寄せる様に、無造作に命を刈り取り続ける。
――最後の一匹を撲殺した葵獅の鼻を、濃厚な血と灰の臭いが抜けていく。
終戦を告げる静寂に、安堵と疲労から深い息を吐いた。
「もう来ねぇだろうな」
血濡れた槍を肩に担ぐ若葉が、破壊された入口を睨む。
流石にこれ以上は勘弁願いたい。
「……その気配はないですね」
「だな。お疲れさん」
「えぇ。翁も流石でした」
「ほっほっ、ちとはしゃぎ過ぎた。老骨には響くわい」
互いの勇姿を労い、一時の勝利を噛み締める。
本格的に怪我人の治療を始める輪の中に、彼等も帰還を果たした。
§
勝利を掴んだとはいえ、出た犠牲も軽いものではなかった。
勇敢に戦った内の五人が息を引き取り、半数が重軽傷。
まともに戦える者は、それこそ片手で足りる程度となってしまった。
後処理としてゴブリンの死体は入口付近に放り投げ、山積みにしてておく。
後に移動するだろう木に、壊れた防火扉の代わりをしてもらう為だ。
今回無事だった八階からの直通の入口の前にも、数十匹転がしておいた。
五人の遺体は、まだ人間しか食ってない木を探し、その根元に寝かせられた。
気休めでしかないのだろうが、生き残った者全員が、彼等がゴブリンと同じ場所に逝くことを嫌ったからだ。
治療班にとってはここからが戦である。
小まめな包帯の交換や消毒、生活の補助など、付きっ切りの看病が必要とされる。
しかし誰一人として苦しい顔をする者はいなかった。
それが自分の仕事であり、彼等のおかげで今の命があることを重々分かっているからだ。
怪我人の中でも特に重症だったのが、無論東条であった。
左腕骨折、半身大火傷、一部内臓損傷、発熱、etc――。
一刻も早く集中治療室にぶち込まれる程の重体だが、残念な事にここにそんな設備はない。
応急処置程度の治療の先は、彼の自己治癒力に期待するしかなかった。
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