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3章 合流
42話
しおりを挟む倒壊した商品棚を殴り飛ばす筋肉ゴブリンを、二人は遠目に見る。
「……あれはゴブリンなんですか?」
「多分ホブゴブリンて言われるやつです。上位種ですね」
「作戦は?」
「取り合えず不足分を溜めます。ヤバそうな時は止めて下さい」
「了解」
三者が同時に地を蹴った。
「グルゥァッ!!」
振り抜かれた六角棒を漆黒で受け止め、通り抜けざまに包丁で脇腹を切り付ける。
薄皮が切れる程度の感触に苦い顔をし、すぐさま飛び退いた。
「グッ、ガ!?」
振り返ったホブは強制的に止められた身体に驚愕し、次いで風の刃を顔面に叩きつけられる。
巨鳥に傷を付けたその攻撃はしかし、血を滲ませはすれダメージにはならない。
……後手に回る自分。……飛び回る蠅。ホブの中に苛立ちが募る。
「……グルㇽㇽㇽッ」
怒りで目を充血させたホブの身体に魔力が流れ始める。
素の身体能力で五分の相手。
二人の間に緊張が走った。
「グラァッ!!」「――ッ」
――速い!!。
一足飛びで東条に接近したホブは、辺り構わず狂った様に暴力を浴びせ掛ける。
床が抉れ、天井が崩落し、棚、柱、木、触れた物全てが吹き飛ぶ。
詰めが速すぎて距離を取れない東条は、霞む攻撃を必死に目で追い隙を探る。
グングンと嘗てないほどに溜まっていくエネルギーを、ぶつける機会を血眼で探る。
しかし直接的な攻撃は防げているものの、その身体には飛び散った無数の石片が刺さり血が垂れていた。
早急にけりをつけなければ、
焦る気持ちの中、攻撃を受けた直後、
パァンッ――――漆黒が弾けた。
「なっ!?」「――ッ!!」
佐藤が咄嗟にホブの動きを停止させ、六角棒を東条の寸前で止める。が、
「グルァァァアッ!!」「グふぅッ」
一秒も待たずして拘束を解き、東条をガードの上から蹴り飛ばした。
「東じょっ――ッ!!」
商品棚を突き抜ける東条から、猛進してくるホブに注意を移す。
相対して分かる強大なプレッシャー。正面からでは勝ち目はない。
全力で逃げ回りながらも座標をセットし、発動、発動、発動ッ――。
ストップモーションの様な動きをするホブだが、その距離はあっという間に縮まる。
目前に凶器が迫り、近づいて、近づいて、
――間一髪、漆黒が割って入った。
「グぶガっ!?」
同力で跳ね返った六角棒が顔面にぶち当たり、ホブが仰け反って倒れる。
「東条さん!!――ッその腕っ」
その場を離脱し、少し離れた場所で荒い息を吐く東条に近寄る。
急いで助けに来てくれたのであろう彼の姿は、正真正銘ボロボロだった。
「――ハァっんぐ……えぇ、折れましたわ」
力なく垂れ下がる左腕が痛々しい。
佐藤は自分の力不足に歯を噛み、後悔をするのは今ではないと目を逸らした。
「さっきのは?」
「キャパオーバーです。集中しすぎて限界を見過ごしました。すいません」
東条とて初めての経験。
貯蓄する能力なら限界はあると思っていたが、今までそんな素振りは一切見ることが出来なかった。
愚痴の一つも言いたくなるが、それだけホブの攻撃力が頭抜けているということ。
「もう分かったんで問題ないです。あのストップモーションみたいなのもう一度できますか?」
「……はい。やって見せます」
「頼もしい。合図を待ってください」
頭を振り、目を回していたホブが立ち上がった。
「グルァアッ!!」
東条が激痛を圧して駆ける。
限界値が分かればさほど難しくはない。
佐藤次第だが、彼は出来ると豪語した。
(この勝負、勝ったッ)
再び激戦の中へ身を投じた。
佐藤は湧き上がる倦怠感を抑え、垂れてくる鼻血を袖で拭う。
先程の能力の連続使用、彼自身に影響がないはずがないのだ。
轟音を立て満身創痍で攻撃を受ける中、尚も笑っている東条を見る。
あの夜、自分と彼でも似たところがあるのかもしれない、と葵獅に言ったが、訂正しよう。
間違いなく、彼と自分は根本から違う。
危機的状況であんな風に笑う事など自分にはできない。
佐藤は腕を前に出し、座標を構えた。
……ただ、
一緒に戦って、一緒に死にかけて、何となく思ったのだ。
そんなに難しく考える必要はない。
理解できなくても、受け入れられなくても、一緒にいて楽しいなら、
それもいいじゃないか、と。
受け止めた感触に、東条がピクリと反応した。
「っやれッ!!」「――ッ」
途端、ホブの動きがコマ送りになる。
力づくで振り切ろうとするホブを、その上から制止で抑え続ける。
佐藤の目は充血し、ボタボタと鼻血が溢れるが、断じて止めない。
震える手で、風の大太刀を放った。
「ナイスッ」
風刃がホブの足首に直撃し、体勢が崩れる。
その顔面に狙いを定め、渾身の力で殴りつけた。
「ボゲぇッ!?」
歯を砕き、漆黒を纏った拳で喉奥を地面に叩きつける。
ホブは口の中の異物感に耐え切れず腕を噛み千切ろうとするが、その歯が無い。
目を見開くホブに、東条は宣告する。
「弾けろ」
溜めに溜めた衝撃が、ホブの頭蓋を内側から爆散させた。
――「お疲れ様です」
「……ははっ、もう一歩も動きたくないっすわ」
返り血を盛大に浴びた東条が、近くに転がるソファーに凭れ座る。
事あるごとに血塗れになる自分に辟易とするが、今はそれよりも休みたい。
「えぇ、ゆっくり休んで下さい。私は先に戻ってますね」
「……その身体でですか?」
止まらない血をシャツで抑える佐藤は、自分の容態を圧して仲間の手助けに向かおうとする。
「……それが、私ですから」
呆れ果てる東条の目を、彼は笑って躱した。
「……あなたのそんなところが、俺は嫌いっすよ」
「奇遇ですね。私も東条さんのそんなところ、嫌いですよ」
交わることのない二人は、今は只、勝利の余韻に拳を合わせた。
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