上 下
13 / 218
1巻~Beginning of the unreal〜第1章 ようこそ現実へ

13話

しおりを挟む
 
「グルアァァアッ!!」
「うるせぇえッ!!」

 両者同時に風を切る。

 東条は牛刀を逆手に持ち、漆黒を盾代わりに真正面から突っ込む。

 突如、ボスの周りの空気が歪んだ。

(くるかッ)

 ゴウッ、と唸りをあげ風の砲弾が正面から飛んでくる。明らかにさっきまでと威力が違う。

(ッ野郎っ)

 ボス狼は音を消す為に威力を抑えていたのだ。
 しかしこちらにあるのは絶対防御(仮)、どこから来るかさえ分かっていれば何も怖くない。

 東条が漆黒を正面に出し威力を消す。が、範囲に収まりきらなかった豪風が、彼の前進を僅かに鈍らせた。

「ガルァッ」

 ボスは歩が緩んだすきに距離を詰め、喉を噛み千切ろうと大口を開ける

 「グギャンッ!?」

 も顎下からの凄まじい衝撃に無理やり閉じられた。牙を折られバク転の形で後ろに飛んでいく。

「……えぐいな」

 片目でストックは全部使ってしまった、今の威力は風の砲弾単体のものだ。食らったら一溜りもない。


 ボスが起き上がり、唸り駆けだす。
 思ったよりダメージがないように見える。
 その時、

 駆けるスピードが目に見えて変わった。

「――ッ!?」

 距離が一瞬で詰められ、東条は繰り出された爪を漆黒で受ける。
 通り過ぎたボスを前に、彼はその秘密に瞬時に気付いた。

 これは常日頃からファンタジー小説を読み漁っていた彼だから気付けたことだ。

 加えて、彼は魔法を使うことはできないが、初めから魔力を感じることはできた。狼との戦いで魔法を被弾したことも大きい。

 それらの要因が全て繋がり、彼に超速の理解をもたらした。

 狼の身体からは多量の魔力が感じ取れる。要するにこれは、俗に言う肉体強化だ。

 魔力を全身に流し、肉体の強度を著しく上昇させる技。

 やっぱりできたのかと気分が高ぶるが、今はそれどころではない。
 ラノベ界隈では肉体強化に属性は必要ない。東条はならば自分も、と魔力を意識しようとするが、それを許すボスではない。

 ボスは空気を歪ませながら、かろうじて目で追える速さで突っ込んでくる。
 彼は魔力制御を中断し、漆黒を構え初撃の砲弾を防ぐ。

「なッ!?」
 しかし体勢を崩される中、ボスが、右は牙、左は爪の二方向から攻撃してくるのが微かに見えた。

 東条は咄嗟に右の攻撃に漆黒をぶつけ、全力で身体を捻って回避をするが、左の肩口から背中にかけて大きく裂かれてしまう。

「ぐぅッんの野郎がァッ!!」

 ガラ空きの左の首付近に全力で牛刀を突き刺すが、半分ほど刺さって筋肉に締め取られてしまった。



「ふぅっ、ふぅ、ふぅ――」

 致命的なダメージに、東条の中に今までの疲れがドッと押し寄せてくる。
 心なしか寒くなってきた気もする。
 武器を敵に取られ、攻撃の手段は漆黒だけ。しかしそれも決め手に欠く。
 絶体絶命とはこのことか。

 しかしその目に絶望はない。敵の一点を見つめ、

 「すぅぅぅ――」

 彼は腰を落とす――。



 ボス狼が駆けた。

 砲弾の大きさは過去一。向こうも決めに来ている。

 ――放つ。

 空気を揺らし特大の風塊が迫る。

 東条は漆黒を前に出し、正面から受け止めた。
 台風の如き風圧が満身創痍の身体を襲うが、脚で地面に根を張り全身で耐える。
 風が止むよりも前に、右に顎あぎと、左に尖爪が迫っていた。

 さっきと同じ体勢。さっきと同じ攻撃。


 ……さっきと違う急所。


 東条は一歩踏み込み身体を捻る。猛る筋肉を総動員し、暴走する力を拳に一直線で繋ぐ。


「ッラァァァアアああッッ!!」


 瞬間、拳に漆黒を纏わせ、溜め込んできた力と共に左首に突き刺さった牛刀に爆発させた。
 途轍もない速度で弾き出された必殺の剣は、狼の首を爆散させ、そのまま天井をぶち抜き、泡を吹いた片目を生き埋めにする。




 首から上が吹き飛んだボスが、血だまりにドサッと倒れる。

 遅れて東条もその隣に大の字で倒れた。

「ふふっ、ふっ、ぁはははははははっ!!俺つえぇぇっ!!あはははは――」

 何だろう、腹の底から笑いが込み上げてきた。

(勝った!!勝ったっ!!)

 命がけの戦いから、絶望を乗り越えて強敵を打ち倒す。これこそが冒険。これこそが自分の望んでいたもの。

 未だ収まらぬ興奮に身を焼きながら、反対に冷えていく身体を感じる。

「いやぁ、……疲れた、……」

 最早まともな思考もできない。
 死へと向かっている己の身体に、しかし彼は一切の不安も抱いてはいなかった。



「……死なねえよ、こっからだろうが……」



 己に、己以外の全てに、強く、激しく、絶対の確信をもって、そう言い聞かせた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...