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1巻~Beginning of the unreal〜第1章 ようこそ現実へ
13話
しおりを挟む「グルアァァアッ!!」
「うるせぇえッ!!」
両者同時に風を切る。
東条は牛刀を逆手に持ち、漆黒を盾代わりに真正面から突っ込む。
突如、ボスの周りの空気が歪んだ。
(くるかッ)
ゴウッ、と唸りをあげ風の砲弾が正面から飛んでくる。明らかにさっきまでと威力が違う。
(ッ野郎っ)
ボス狼は音を消す為に威力を抑えていたのだ。
しかしこちらにあるのは絶対防御(仮)、どこから来るかさえ分かっていれば何も怖くない。
東条が漆黒を正面に出し威力を消す。が、範囲に収まりきらなかった豪風が、彼の前進を僅かに鈍らせた。
「ガルァッ」
ボスは歩が緩んだすきに距離を詰め、喉を噛み千切ろうと大口を開ける
「グギャンッ!?」
も顎下からの凄まじい衝撃に無理やり閉じられた。牙を折られバク転の形で後ろに飛んでいく。
「……えぐいな」
片目でストックは全部使ってしまった、今の威力は風の砲弾単体のものだ。食らったら一溜りもない。
ボスが起き上がり、唸り駆けだす。
思ったよりダメージがないように見える。
その時、
駆けるスピードが目に見えて変わった。
「――ッ!?」
距離が一瞬で詰められ、東条は繰り出された爪を漆黒で受ける。
通り過ぎたボスを前に、彼はその秘密に瞬時に気付いた。
これは常日頃からファンタジー小説を読み漁っていた彼だから気付けたことだ。
加えて、彼は魔法を使うことはできないが、初めから魔力を感じることはできた。狼との戦いで魔法を被弾したことも大きい。
それらの要因が全て繋がり、彼に超速の理解をもたらした。
狼の身体からは多量の魔力が感じ取れる。要するにこれは、俗に言う肉体強化だ。
魔力を全身に流し、肉体の強度を著しく上昇させる技。
やっぱりできたのかと気分が高ぶるが、今はそれどころではない。
ラノベ界隈では肉体強化に属性は必要ない。東条はならば自分も、と魔力を意識しようとするが、それを許すボスではない。
ボスは空気を歪ませながら、かろうじて目で追える速さで突っ込んでくる。
彼は魔力制御を中断し、漆黒を構え初撃の砲弾を防ぐ。
「なッ!?」
しかし体勢を崩される中、ボスが、右は牙、左は爪の二方向から攻撃してくるのが微かに見えた。
東条は咄嗟に右の攻撃に漆黒をぶつけ、全力で身体を捻って回避をするが、左の肩口から背中にかけて大きく裂かれてしまう。
「ぐぅッんの野郎がァッ!!」
ガラ空きの左の首付近に全力で牛刀を突き刺すが、半分ほど刺さって筋肉に締め取られてしまった。
「ふぅっ、ふぅ、ふぅ――」
致命的なダメージに、東条の中に今までの疲れがドッと押し寄せてくる。
心なしか寒くなってきた気もする。
武器を敵に取られ、攻撃の手段は漆黒だけ。しかしそれも決め手に欠く。
絶体絶命とはこのことか。
しかしその目に絶望はない。敵の一点を見つめ、
「すぅぅぅ――」
彼は腰を落とす――。
ボス狼が駆けた。
砲弾の大きさは過去一。向こうも決めに来ている。
――放つ。
空気を揺らし特大の風塊が迫る。
東条は漆黒を前に出し、正面から受け止めた。
台風の如き風圧が満身創痍の身体を襲うが、脚で地面に根を張り全身で耐える。
風が止むよりも前に、右に顎あぎと、左に尖爪が迫っていた。
さっきと同じ体勢。さっきと同じ攻撃。
……さっきと違う急所。
東条は一歩踏み込み身体を捻る。猛る筋肉を総動員し、暴走する力を拳に一直線で繋ぐ。
「ッラァァァアアああッッ!!」
瞬間、拳に漆黒を纏わせ、溜め込んできた力と共に左首に突き刺さった牛刀に爆発させた。
途轍もない速度で弾き出された必殺の剣は、狼の首を爆散させ、そのまま天井をぶち抜き、泡を吹いた片目を生き埋めにする。
首から上が吹き飛んだボスが、血だまりにドサッと倒れる。
遅れて東条もその隣に大の字で倒れた。
「ふふっ、ふっ、ぁはははははははっ!!俺つえぇぇっ!!あはははは――」
何だろう、腹の底から笑いが込み上げてきた。
(勝った!!勝ったっ!!)
命がけの戦いから、絶望を乗り越えて強敵を打ち倒す。これこそが冒険。これこそが自分の望んでいたもの。
未だ収まらぬ興奮に身を焼きながら、反対に冷えていく身体を感じる。
「いやぁ、……疲れた、……」
最早まともな思考もできない。
死へと向かっている己の身体に、しかし彼は一切の不安も抱いてはいなかった。
「……死なねえよ、こっからだろうが……」
己に、己以外の全てに、強く、激しく、絶対の確信をもって、そう言い聞かせた。
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