小さな工房の主と師匠

魔理沙

文字の大きさ
上 下
7 / 7

アトリの過去

しおりを挟む
ネザーとの話し合いの結果、しばらくは自分の工房に籠る事にした。ネザーも
「それが良い。納品はお前さんの猫のポラリスだったかの。頼むと良い。」
「ああ。そうする。」
しばらくは工房に籠ってクラフトに専念することに。材料は余裕がある。足りなくなれば増やせば良い。それだけの錬金術の実力はある。けれどそれも何時まで保てるか。そう思い工房に戻っていった。
そうとは知らないソラリーは。1日、2日、そして3日アトリの姿を見なくなり心配になったと同時に。本当に旅に出たのかと思った。ロバルもアトリを見ておらず、納品に来るのは彼の猫であるポラリスだったと言う。ポラリスにアトリの話を聞いても納品以外の事は話さないと言っていた。何かしらの品を作ってるのだとしたら工房にいるのは間違いない。
「……………………。」
村から出てはいないのは確実と判断した。工房にいると分かって安心はしたものの、3日過ぎても森どころか彼の工房の敷地内ですら誰もポラリス以外アトリの姿を見ていないのだ。ポラリスに話を聞いたら
「せっかく来たのに悪いけれど、ご主人に会おうとしても無理よ。それに最近ご主人はね。最小限にしか外に出ないの。特にソラリーちゃんには会おうとしないわ。ご主人にはご主人の考えがあってそうしてる事を分かってね。どうしても話を聞きたいならネザーさんに会ってみて。ネザーさんはご主人の過去を知ってるから。」
「え?ネザーおじいちゃんが?」
「ええ。悪いけれど、私が言えるのはそれだけよ。」
師匠の過去ってなんだろ。それを何でネザーおじいちゃんが知ってるってどうしてかな。とにかく師匠の事、知ってるなら。早速私はフロップのおじいちゃんであるネザーおじいちゃんに会いに行った。
ネザーおじいちゃんはこの村で一番長生きしてる動物の住人なんだよね。
「おじいちゃん~!ソラリーだけど。お話したいの!」
「おお、来たの。そろそろ来る頃かと思ってたわい。」
なんのお話なのか言ってないのにスゴイなあ。取り敢えず招かれたから家に上がった。

「さて、何から話すかの。」
「あのね、おじいちゃん。話を聞く前に、聞きたいんだけど。おじいちゃんって何で昔の師匠の事を知ってるの?」
「んん?昔から仲が良かっただけじゃい。信じられんだろがな。儂は家内と出会うまでは色んな女から言い寄られての。よく女を泣かせたもんじゃ。対してアトリはの~。昔から色恋に臆病で奥手での。周りも不思議がっていたが正反対だったが何時もおった。じゃから儂はアトリの過去を知っとる。この村の誰にも知らない事をな。」
「え…………。」
おじいちゃん以外誰も知らない?昔何があったの?それは何時なの?とにかく話聞かないと分からないし。
「ねえおじいちゃん、話してくれないかな。師匠の事知ってるんでしょ?」
「そうじゃな。さて、そうじゃな。何から話すかの。まだ儂の家内と結婚する前の頃の事じゃった。もう何十年も前じゃからよく覚えとらん。」
少なくとも50年以上前だって話してた。そんなに前に聞いたんだ。
「家内と結婚する儂に。あやつがな。何故自分が色恋に臆病になったのかを儂に話したんじゃよ。」
「え。」
臆病になった理由をおじいちゃんに話した?その理由なんだろ。続きが気になってたらおじいちゃんは悲しい顔して
「あやつが言うにはな。この村に帰る前。色々な町や村に住んでいた時に自分に片恋してた女がいたらしい。もっとも、あやつはその女に興味は無かったらしいがな。毎日あやつに話しかけては、どうしたら自分を愛してくれるか聞いてきたみたいじゃ。」
「つまり、その女の人は。師匠が好きだったんだね?だけど、師匠はその人に興味は無かったと。」
「そうじゃ。間違いなく、あやつは昔そう話しておった。ここまでは分かったかの?」
「うん。」
師匠に片思いしてた女の人がいた。それで自分を見てくれなかった師匠に愛して欲しかった。それまでは分かったけど。それからどうなったのかな。
「ここまで儂に話した後、あやつは悲しい顔をしてな。俺は最低な事をしたと。そう言っていた。理由を聞いたのじゃ。何があったと。」
「う、ん……。」
「あんまりその女が自分に付きまとうからこう言ったのだそうじゃ。」
---お前本当にしつけえよ!さっさと消えろよ!---
「そう言った数時間後、自分があんな事を言わなければ。と、あれほど後悔した事は無いと言っていた。」
「ぇ……。その人、どうなったの…?」
「自らあやつの前から消えたのじゃ。命を絶つことでな。それだけ思いは本気じゃったと思う。あやつ宛の手紙にはこう書いていたそうじゃ。実際その手紙を儂にも見せてくれたわい。最後の部分にな、私がいなくなったらアトリはきっと、ううん。幸せだよね。私じゃない誰かと幸せになってと書いておった。思い出すだけでも辛かったろうに。付きまとうのを止めてほしくて言った言葉があいつを殺したんだと、辛そうに言っていた。儂はお前のせいではないと言ったがの。良くも悪くも、あやつの事を想っていたのじゃ。だから最後はあやつの幸せを願って、命を絶った。自分では幸せにも笑顔にもさせられないと、そう悟ってな。あやつはそう言っていた。その出来事から。あやつは色恋に臆病になったと、そう話しておる。自分を想う誰かがいたら自分の前からいなくなるからとな。」
「そんな……。」
そこまで聞いて私は何も言えなくなった。自分の言った一言で師匠の事が好きだった人が死んだ事に。そして師匠もその事をずっと後悔してる事にも。だけどおじいちゃんから続きを聞いた私は衝撃を受けた。
「だがの。その後も実際、恋愛そのものに臆病になったあやつを慕う女は何人かはいたらしいのじゃ。じゃが。みなあやつが好きなのに無理やり家族や住人に引き離されて不幸になったり、見た目が変わらない不審なあやつと関わった為に殺されたりしたらしい。儂に全て話し終えての。こう言っておった。自分では、どうやっても相手を幸せにしてやれないとな。何年前だったか。儂にな、これまで色恋から避けて逃げていたのに。初めて自分も慕う女ができたと話してきた。その女は自分を師匠と慕っているともな。これまでの話をしなかったのも、その女に拒まれるのが怖かったと思って黙ってたらしい。のう、ソラリーや。儂は家内に、三人の子供とそして孫のフロップたちに恵まれたがの。あやつはずっと、これからも。1人でいなければならんのかの。ここまで聞いて分かっただろうが。あやつは長くは生きているが。誰かを想ったり、慕った経験が無いからああ言ったのじゃ。」
「………………。」
何も言えなかった。師匠がこれまで1人でいた理由に。なんで師匠が好意を持つ誰かを寄せ付けないで拒絶していたのか。ずっと師匠を好きになった人は不幸になるから。いなくなるから、だからそうするしか無かったんだ。誰かを好きになったことも無かったからああいう言い方しか出来なかったんだ。なのに、私は。何も知らないでなんて事言ったんだろ。私は師匠に、なんて言えば良いのかな。
私が黙り込んでたら
「今までの話はあやつから聞いた本当に起きたものじゃ。その顔だと何が言えるのかと考えてるようじゃな。何もせんでええ。ただ寄り添ってやれ。」
「うん。ありがと、おじいちゃん。」
話を聞いておじいちゃんにお礼を言ったら家を出た。寄り添う、かぁ。

「師匠、私と会ってくれるのかな。」
今の師匠は工房に籠ってるし。そんなに外に出ないから。そんなにチャンスは無いなあ。それなら会ってくれるまで粘ろうかな。そんな事考えてたら私の足は師匠の工房に向かってた。
「…………師匠。」
ちゃんと、食べてるかな。寝てるのかな。師匠に、どんな顔して会ったら良いのかな。なんて言えば良いのかな。
師匠の工房が。畑が見えてきて、そこにいたのは。
「師匠……。」
「ん?…………ああ。お前か。」
「師匠……っ!」
たったの。ほんのたった数日だけしか見なかっただけなのに。師匠は心なしか痩せてた。私は駆け寄ると
「師匠っ!なんでこんな……っ!」
「ん?ああ。少しばかり、無理しただけだ。何も心配しなくて良いんだ。」
そう言って頭撫でたら工房に入っていこうとした。なんだろ。師匠、顔色悪いだけじゃなくて。身体がキツそうにしてる。何も心配しなくて良いんだって言うけど。本当に?私が師匠になんでこんなに痩せたのか聞こうとした。そしたら師匠は
「っ。」
「え。師匠!!!」
私の目の前で倒れた。畑で作物に水やりするジョウロを持ったまま。これまで1度も、こんな事起きたこと無かったから。一体何が起きたのか分からなくて、そのまま私は固まってた。だけど地面に倒れた師匠を見て我に返ったら。また師匠に駆け寄った。師匠を揺さぶるけど全く動いてくれない。私は不安で押し潰されそうで目の前が真っ暗になった。
「師匠!しっかり!しっかりして下さい!ねえ!!師匠ってば!!」
「……………………。」
私の大声が聞こえたのか師匠の猫のポラリスさんが工房から出てきて
「ご主人!ソラリーちゃん、ご主人は大丈夫だから。手伝って。」
「う、うん……!」
持ち上げる時もピクリとも動かない、グッタリしてる師匠に。本当に師匠は大丈夫なの?って思ったけどポラリスさんの言葉をただ信じてベッドまで運んだ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。


処理中です...