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桜井凪

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エンスト

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エン‐スト
《〈和〉engine+stopの略》エンジンが突然止まること。「エンストを起こす」
[補説]英語ではengine stall


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時間は真夜中に差し掛かったあたり。
僕は知らない土地の広い道路でバイクに乗っていた。
恐らくガス欠だけれど、本当にそうなのかパッと見では判断できないし
そもそもマシンに疎い僕が見たところで解決しないだろう。


道沿いに、チカチカと不定期に点滅をしている看板を見つけた。
重い相棒を引きずりながらゆっくりと進み、駐車スペースに停めると僕はその店に入った。


「いらっしゃい」とカウンターの中から心地の好い低音が迎えてくれる。
どうやらこの店の店主のようだ。
店の中に客はいなかった。
長いカウンターと、ボックス席が二つ。席数は少ないけれど空間は広い。
昔、映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で観たアメリカのダイナーみたいな雰囲気がする。


「あの、バイクがエンスト起こしちゃって。この辺にガソリンスタンドって無いですかね」


「無いね」


絶望。


これからどうしようかとうなだれていると、店主がカウンターの中から出てきて言った。


「ちょっと見せて。軽油ならあるから、ガス欠なら解決できるよ。
その代わり、飯食ってってよ」


渋い低音の声なのに、笑うと人好きのする感じだ。


「あ、ありがとうございます」


促されるまま外に出て、ものの数分で解決してしまった。
結局、単純なガス欠だったのだ。


「ガソリンの補充には気を使わないと。特に知らない土地ではね」


カウンターに戻ると、手早く料理が提供された。
ほかほかのご飯に生姜焼きと味噌汁。
驚いたのは、店主までカウンター席に座って僕と一緒に食べ始めたことだ。


「一人で飯食うの好きじゃないの」


そう言いながら、白飯をかき込んでいる。
アメリカンなダイナーで生姜焼きと味噌汁。そして寂しがりやの店主。
なんだか全部アンバランスで少し笑った。
笑った僕を見て、店主は満足そうに味噌汁を啜る。


「なんでこんな辺鄙な場所でエンストしたの」


食べ終わると今度はコーヒーが出された。


「自分探しの旅に出てみようかと思って」


自分で言うと情けなくなってくる。

自分探しの旅という使い古されてボロボロになった言葉の虚しさ。
それでいて、自転車で日本を縦断してやるぜ、という根性もなく慣れないバイクを選んだのだ。
本音を言えば、新幹線を使いたかった。軍資金が足りなかっただけだ。
バイクは友達に借りた。


「なんで自分探すの。そこにあるじゃん」


ぐ。っと声が出た。
悔し紛れにこちらも質問をする。


「ど、どうして、ここでお店やってるんですか」


言ってから失礼な質問だったかもしれないと思い、

「人通りも少なそうだし、車通りもあんまりないし、でもこんな夜中まで空いてるし」

と早口で補足する。


「自分がエンスト起こしてフラフラ辿り着いたダイナーで拾われて、世代交代だって店押し付けられたの」


「前店主の方は…」


「世界縦断の旅に出た」


スケールが違う…。
僕はまた自分の小ささに落ち込んでしまった。


「君もエンストを起こしたのかい?」


ハッとして店主の顔を見た。
ビー玉みたいに澄んでいて、白目と黒目の境目がはっきりしている。
大人の白目がこんなに澄んでいることなんてあるのか。
じっと見つめていると、店主が笑った。
目尻に数本、微かな皺が寄る。
この人は寂しいんだなと悟った。


僕のは違う。
エンストなんて大層なものじゃない。
ただ、疲れただけだ。疲れたから頭を空っぽにしたくて。
違う世界に行きたくて、ただ今までと違うことをしてみようと思っただけだ。


結局、朝まで二人で話した。
店主が一番好きだと話す、ジャックダニエルを飲みながら。
軽油代と食事代は受け取ってもらえなかった。
「人助けとまかないのお金はもらえないよ」
でも、一応この店のために酒とコーヒーの代金は貰おうかな。そう笑った。
けれどそれも結局受け取ってもらえなかった。


「君の旅が終わったら、たった一回でいいんだ。
この店に手紙をもらえないかな。
それが代金の代わりってことで」


そんなことでいいんですか。と言うと、また目尻に皺を寄せて笑う。


「これ、店の住所」


店主がその場で手近なメモにさらさらと綺麗な文字で書いてくれた。

一週間後、僕は自宅に辿り着き
すぐに手紙を出したけれど、住所不明で返ってきてしまった。

わざとなんじゃないかな。
あの人は本当は手紙が欲しかったんじゃない。
僕がいつかエンストを起こしてまた訪れることを待っているのではないだろうか。
世界縦断の旅に出るために。

そんな夢みたいなことを思いながら僕は
生姜焼きをつまみにジャックダニエルを飲んだ。


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待つ人がいることは幸福ですか
待ちたい人が違っていても
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