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第一章

猛獣か珍獣か

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 「姉様見ーつけたぁ!」

 とびきりの笑顔でセステオはフォルガイアにしがみつき、その後からジョーンズが現れた。

 「いらっしゃい、セステオ。今日はどうしたの?まさか一人で来たの?」

 笑顔でフォリーはセステオに声をかけた。

 「昨夜ね、姉様の笑顔が見たくなったの。でもアレックスあにうえが時間が遅いって。だから今日来ちゃった♪」

 この子は大人になったら周りの女性に勘違いをさせそうだわ(汗)

 今から一抹の不安を感じる姉である。

 「フォリー様、そのまさかです。テオ様、一人でここまで来たようです。王都の人々が見守ってるから無事にここまで来られてますが、まだ幼いので一人で抜けて出てくるのは・・・。」

 ジョーンズが小言を言い始め、セステオはプーっと頬を膨らませた。

 「そうね。この国だからこそ街へ抜け出しても居場所はわかりやすいけど、でもね、テオ。これは何度目かな?微笑ましいと思われてるうちはいいけど、あなた一応王子よ?これが他国だとかなり大騒ぎよ。幼い王子が一人で街を歩いてるって有り得ないってなるわよ?まぁ、一人で来たと言いつつも実際は過保護な怪しいおにーさんが・・・。」

 そこまで言うと慌てて庭の隅からアレックスが姿を見せた。

 「こんにちは、フォリー。怪しいおにーさんって酷いよ。あれ?やだなぁ、何故だろう。凄くダークなオーラがフォリーの後ろから。」

 「後ろ?」

 笑顔のまま怒りの青筋を浮かべていたフォリーが振り返る。

 「・・・アレックス様。過保護に影から付き添うのは結構ですが、何故庭に隠れていたんです?」

 クトニオスが口をヒクヒクさせながら無理矢理笑顔を作っていた。

 「うーん、どのタイミングで驚かそうかなぁと。」

 クトニオスとジョーンズが同時に額に手を当て、ため息をついた。

 「公式の場では凛々しく王子らしい振る舞いであるのに。どうして西の若様も東の若様も普段はこんな感じに。」

 二人とも同時に同じことを呟いたため、思わず『すご~い』と拍手をしてしまう王子二人と姫一人。三人の返しに二人はいじけてしまった。

 「フォリー様。ジョーンズは今日、走るテオ様を追いかけて体が悲鳴をあげております。ああ、あの美味しいパンが食べたい。あれを食べれば体も途端に悲鳴を忘れてきっとパワーがみなぎって・・・。」

 「ジョーンズ、お前何歳だよ。俺たちとそんなに歳が離れてないだろうが。いじけさせたのは悪かったけどドサクサに紛れて何フォリーに甘えてるの。油断も隙もない。」

 アレックスが突っ込みを入れはじめたが、フォリーが大きく眼を開いて右手を握り、開いた左手をポンっと打って頷いた。

 「そうね、久しぶりにリタおば様の店のパンを食べたいわね。今から買いに行きましょう。セステオも好きよね?持って帰りなさい。それから皆の夕食にも出せるように注文してきましょうよ。うちの屋敷内全員とすると量が凄いから、店が急に大量だと困ってしまうわ。おば様に何日後の夕食なら用意できるか確認しましょう・・・あら、どうしたの?アレックス?」

 「別に。」

 「すねてむくれてますね、あにうえ。」

 「たまには俺も拗ねる。」

 「「ところで」」アレックスとフォリーが当時にクトニオスに声をかけ、彼に視線を向けた。

 ピーンと緊張したものがクトニオスから醸し出されていた。クトニオスが頭を下げる。

 「買いに行くことを止めるつもりはございません。ルーカス王子からの言伝をお伝え致します。
 セステオ王子を歩いて帰らせるな
 とのことです。よって御三方は乗り物での移動を。」

 「何が起きた?」

 真剣な表情でアレックスが質問した。

 「王都にネズミどころか猛獣が侵入した可能性がであると情報が入りました。東王にも伝達しております、アレックス殿下。」

 「・・・猛獣?珍獣ではなく?」

 口に出したのはフォリーだった。

 ルーカスの顔を浮かべ、この兄にしてこの妹ありだなと思ってしまったことは絶対に口に出さないぞと思うクトニオスであった。

 セステオは姉が勘違いをしていることに気付いていた。

 姉様、人だと思ってないよね。あのお顔、本当に森から生き物が紛れ込んだと思ってる(汗)


 ともあれ、一行はパン屋に向かった。

 無事に注文を終え、土産のパンをセステオに持たせ、店を出てきた時にそれは起きた。

 ドスン!

 「ジョーンズ、大丈夫?!」

 慌ててフォリーが駆け寄ると、ぶつかった相手がイテテっとジョーンズとほぼ当時に起き上がった。

 「お嬢様、大丈夫です。こう見えて私は胸板厚いんです。それよりこちらのお人が。申し訳ありません。大丈夫でしたか?」

 「ああ、大丈夫です。自分の方こそ申し訳ありませんでした・・・あぁ、綺麗な可愛らしい女性ですね。ここでこのような女性に会えるとは。運がいい。」

 アレックスがフォリーの前に立ち、牽制する。

 「無事なら良かった。こちらのものが申し訳なかった。だが、彼女に粉かけるのはやめてくれないかな?」

 「これはこれは。初対面で失礼しました。あなた方はどうやら良いお育ちの人達らしい。ちょうど良かった、ここの王都の人に聞きたいことがあったんです。これも何かのご縁だと思って。」

 「聞きたいことですか?」

 フォリーが尋ねた。

 「はい、この国の姫君の事です。良いお育ちの方ならば姫君と面識があるのではないかと思って。」

 不安を感じてセステオがジョーンズの服を後ろから握る。アレックス、フォリー、ジョーンズは一見表情に変化は見られない。一言で姫と言っても、どの姫のことを聞こうとしているのかわからなかったのでそのままの姿勢を保っていた。

 「大地の姫と呼ばれてるそうですが、昔何か困難なめにあったと風の噂で聞いております。その事について確認したいことがありまして。少しお話伺えませんか?あれ?何か顔が怖いですよ。ああ、それとも大地の姫は今もお人形さんみたいで、皆様の前には姿を見せてないのでしょうか?」

 言いながら男は最後の方でフッと笑った。
 アレックスが怒りを表すより先に、男に向けて周囲から殺気のようなものが感じられる。
と同時に

 バシャ!!

 水が男の顔めがけてかけられた。パン屋横の花屋の女将さんがぶっ掛けたのだ。

 「どこの誰だか知らないけど、失礼だよ!!姫さんは人形なんかじゃない!いつも皆に心を寄せてる働きもんさ!
 さぁ!そこのお坊ちゃん、嬢ちゃん達、こんなの相手にせず帰りな。帰って親に話すといいよ。変なやつに会ったと!」
 
 通りすがり王都の人々も女将さんも、お育ちの良い子達が誰なのか勿論承知している。

 「いささかこのままにはできないわ。こんなハンカチでは拭ききれないけどごめんなさいね。」

 ハンカチを渡し、嬢ちゃんはお坊ちゃん達のところへ戻る。
 頬に跳ね返った水の雫を手で拭いながら、周囲に聞こえない小声で大きな方のお坊ちゃんは呟いた。

 「あいつがもしかして・・?猛・・・いや、珍獣?」




 その頃東の城の近くで一人の男が佇んでいた。

 男の目の前にはある看板が立っていた。
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