佐野国春の受難。

千花 夜

文字の大きさ
上 下
26 / 29

25. side.桜花 美月

しおりを挟む





 ふと目覚めたら、外で今にも死んでしまいそうな程身体を震わせ、唇を噛んで通話をしている友人を見て。
 その目が出会った当初のようにドロドロと濁っていくのを見て。

 その根源をと咄嗟に思うのは、友人としておかしい事なのだろうか。


「国春くん、」
「……紅林先輩のとこいく用事あるから」


 何度声をかけても彼は冷たい目で僕を一瞥するだけで、何も聞いてくれない。それどころか逃げるように教室から出ていってしまう始末で、僕はしょんぼりと肩を落とした。
 
 皆も僕達の唐突な変化に戸惑っているのか、遠巻きに僕達を見つめるばかりだ。


「寝てる間に何があったの?」
「……ちょっと、言い合いになって」
「大丈夫?」
「……」


 ズキズキと痛む胸を抑え、俯く。それでも要くんに心労をかけたくなくて無理矢理笑顔を作った。しかし、相当下手だったのだろう。彼はかえって心配そうな色を濃くした。

 まだ、踏み込む時じゃなかったんだと思う。僕はタイミングを間違えてしまった。
 警戒心の高い彼にはより一層慎重に関わっていかなければならなかったのに。心配が我慢を上回ってしまったから。

 僕は頬を膨らませ、拗ねた顔を作る。これ以上要くんやクラスの皆に心配をかけたくはなかった。ーーきっと、その心配は視線となって彼を苦しめてしまうから。


「紅林先輩と随分仲良くしてるらしいな。風紀委員長様が警戒してたよ」
「…………そう」
「み、ミツ?」


 ふーん。

 僕より先輩がいいんだ。
 今も先輩のところ行くって言ってたもんね。というか長時間休憩の度に行ってるもんね。

 ふーーーん。

 ぷく、と頬が膨らんでいく。要くんが何故か引き攣った笑みを浮かべた。


「あはは!僕の謝罪とか弁解を少しも聞かないで決め付けられるの、すっごく腹が立つね!」
「ヒェ」
「ふーーんそんな事するんだ。そんな事するならこっちにも考えがあるもんね」


 ねぇ、紅林先輩。

 貴方の魂胆なんて分かってますよ。大方国春くんを丸め込んで自分だけのものにしようだとか考えているんでしょうけれど。
 「桜花」の人間がどれだけ執念深く「桜」を求めているか、貴方は知ってますよね。
 

「……誰が許すか」
「ヒェエ」
「要くん?ねぇ、僕のこと手伝ってくれるよね?」
「ア、ハイ」


 彼に過剰の負担を掛けたくないから、暫くは紅林先輩のもとでゆっくり休んで欲しい。けれど、僕がやっと手に入れた友達をそう簡単に手放すと思ったら大間違いだ。

 たった一度すれ違った程度で、友達関係すらなかったことになるなんて信じたくない。

 もう、そんなのは嫌だ。




 

「国春君、迎えに来たよ」
「は?なんで」


 終礼が終わってすぐ、ガラリと扉を開けて顔を覗かせた紅林先輩に教室がにわかにザワつく。国春くんはそれに顔を少し顰めつつも、素直に頷いて立ち上がって。

 1度も、僕の方なんて見やしない。


「…………」


 先程まで奮起していたのが嘘のように心が落ち込んでいく。周囲の生徒たちが俺をチラチラと見てくるのもまた、僕を惨めにさせた。
 国春くんは全く僕の方を見てくれない。それどころか僕が少しでも近付こうものなら猫のように警戒して離れてしまう。

 じわ、と視界が滲んだ。要くんが大慌てで「大丈夫だよ、今だけだって」と背中を撫でてくれるが、僕は亀裂が2度と戻らないことがある事を知っている。


 「桜花」といえば、メディア界隈に多くの人材を輩出し権威を誇る家系だ。古くは「忍」として諜報暗殺あらゆる面で主の命令を遂行してきたらしい。

 だから、当然の普通のーーいや少しだけ裕福な人間が集う私立中学で、「桜花」の僕は非常に目立っていた。
 何となく遠巻きにされつつも、それでも表面上の関係を築いてそれなりに日常をすごしていたある日。


「……桜花ってさぁ。自分がウザイ奴っていう自覚ある?」
「無意識でやってんの?その金持ち自慢。俺達のこと見下してんのバレバレなんだけど」


 ごめんねと謝っても、何処が悪かったか教えて欲しいと言っても赦して貰えなかった。結局自分の何が悪かったのか分からないまま、僕はクラスの中で一人ぼっちで。
 話し合いの機会すら持たせて貰えない。何故嫌われてしまったのか分からない。

 それが、どれだけ辛くて惨めだったか。


『俺、桜花クン見習って行動する』


 そう君が言ってくれたことが、どれだけ僕の勇気と活力になったか。


 ぐしぐしと潤んだ目を擦り、歯を食いしばる。そのままバッと勢いよく顔を上げて(目の前にいた要くんが悲鳴をあげて仰け反った)、まだ教室の前で紅林先輩と喋っていた国春くんを睨みつけた。


「国春くん!!!!」
「!?」


 教室中に響き渡る大声に、国春くんがビクリと大袈裟なほど身体を震わせる。

 どう見てもそれ、反応じゃないよ。心配するに決まってるよ。

 紅林先輩が護るような素振りで国春くんを柔らかく抱き締めるのが、無性に腹立たしい。
 彼がただ本当に護りたいだけなら僕は素直に身をーー引かないけれども。まぁ認めてやってもいい。けれど、彼はただ私欲を満たしたいだけだ。彼はそういう人間だ。


「新入生歓迎会で僕の方が順位高かったら仲直りしてもらうからね!!本気だからね!」
「ーーお、」
「国春君、気にする事はないよ。行こう」
「っ、紅林先輩の馬鹿!!!!ばーーーか!!!!国春くんは僕の友達だもん!!!」
 
「……ぁあ"?」


 威圧したって無駄だ。涙は出るし身体はブルブル震えてるけど、僕は勇気を出すんだ。

 空恐ろしい笑顔のまま教室に入って近付いてくる彼に、目を瞑る。ああやっぱりこわい。こわい。こわい。殺されてしまうかも。


「これ以上怯えている彼に近付くのなら、貴方を加害行動で風紀委員会に通報しますよ。紅林 桃李先輩。貴方は本来この校舎に入る権利がない。今まで佐野 国春の同意により許可していましたが、委員長権限で進入禁止にしてもいいんだ」
「か、なめ、くん」


 ぶわ、と。涙が溢れた。


「……ソイツの誹謗中傷に怒るくらいの権利は俺にもあるだろう?」
「怒りは同様に言葉でどうぞ。わざわざ入室してまで威圧する必要が?」



「それに、ハル、もう居ませんけど」


 え、と言って紅林先輩が振り返った先には、既に国春くんの姿はなかった。




しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

お迎えから世界は変わった

不知火
BL
「お迎えに上がりました」 その一言から180度変わった僕の世界。 こんなに幸せでいいのだろうか ※誤字脱字等あると思いますがその時は指摘をお願い致します🙇‍♂️ タグでこれぴったりだよ!ってのがあったら教えて頂きたいです!

眠り姫

虹月
BL
 そんな眠り姫を起こす王子様は、僕じゃない。  ただ眠ることが好きな凛月は、四月から全寮制の名門男子校、天彗学園に入学することになる。そこで待ち受けていたのは、色々な問題を抱えた男子生徒達。そんな男子生徒と関わり合い、凛月が与え、与えられたものとは――。

推しを擁護したくて何が悪い!

人生1919回血迷った人
BL
所謂王道学園と呼ばれる東雲学園で風紀委員副委員長として活動している彩凪知晴には学園内に推しがいる。 その推しである鈴谷凛は我儘でぶりっ子な性格の悪いお坊ちゃんだという噂が流れており、実際の性格はともかく学園中の嫌われ者だ。 理不尽な悪意を受ける凛を知晴は陰ながら支えたいと思っており、バレないように後をつけたり知らない所で凛への悪意を排除していたりしてした。 そんな中、学園の人気者たちに何故か好かれる転校生が転入してきて学園は荒れに荒れる。ある日、転校生に嫉妬した生徒会長親衛隊員である生徒が転校生を呼び出して──────────。 「凛に危害を加えるやつは許さない。」 ※王道学園モノですがBLかと言われるとL要素が少なすぎます。BLよりも王道学園の設定が好きなだけの腐った奴による小説です。 ※簡潔にこの話を書くと嫌われからの総愛され系親衛隊隊長のことが推しとして大好きなクールビューティで寡黙な主人公が制裁現場を上手く推しを擁護して解決する話です。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...