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しおりを挟む「ねぇねぇ見て見て桜花クン、食堂と売店3年間無料だって」
「ほんとだね!頑張って3位狙おう!」
嬉しくて、桜花クンに資料を見せる。3年間無料だったら、それはつまりたらふく好きなご飯が食べられるってことだ。
先程勉強道具を取りに部屋に戻って行った要も協力してくれるらしい。やっぱ良い奴だ。初対面で決めつけなくてよかった。
ちなみに桜花クンにこの話をするのは5回目である。桜花クンのこの反応を聞くのも5回目である。
でもやっぱり嬉しいから紅林先輩にもメッセ送っとこ。
『先輩見ました?景品3位3年間売店無料です』
『良かったね。でも俺鬼だから狙っちゃうけどね』
『クソですね』
即レスして来た先輩のメッセに顔を顰め、無料の『怒り』スタンプを送って電源を切った。奴は強敵である。
新入生歓迎会はーー単純明快。上級生VS1年生の鬼ごっこだ。上級生が鬼で、俺たち1年生が逃げる側。
1年生が最後まで逃げ切れば参加賞として1年生全員の晩餐会でのデザートが豪華になる。で、上級生が全員時間内に捕まえれば上級生のデザートが豪華になる。
その中でも1年生が逃げ切った場合、最後まで逃げ残った上位3人(逃げ残った時間順)に景品が贈呈される。もし3人とも逃げ切った場合、好きな景品を3人で相談して選べるわけだ。
上級生が全員捕まえた場合、捕まえた人数が多い上位3人が景品をゲットすることが出来る。その為、なんやかんやして捕まえる方法をカウントするらしいのだが。
まぁ、それは当日でいいだろう。
俄然ワクワクしてきた。資料の景品欄にもう一度目を通して要を待つ俺を見て、桜花クンが柔らかに微笑んだ。
そうしている内に要が呼び鈴を鳴らし、3人で始まった勉強会。
最初は皆粛々と取り組んでいたが、遂にプルプルと震え始めた桜花クンが机に突っ伏してしまった。
俺と要はカリカリとシャーペンを動かす手を止め、彼の旋毛を見つめる。
「ねぇ僕ほんとに数学の神に見捨てられちゃったのかも」
「桜花クンって有神論者?」
「そこじゃないよーハル」
「もうだめだぁ……だってこの問題僕に解いて欲しいって言ってないもの」
ベッタリと机に張り付いて項垂れた桜花クンは、よっぽど数学が苦手らしい。俺はどちらかと言うと答えが決まっているという点では数学は嫌いじゃない。
まぁでも俺の勉強って付け焼き刃だから普通にレベルは低いんだけど。あれだ。受験の為にだけ培われた知識。応用が効かない。
天下の帝華学園の名に相応しい難解な問題の数々に頭を悩ませていた俺たち。対して、今回3人での勉強会を持ちかけてくれた要は流石に優秀なようで(仮にもクラス委員長)、先程から俺たちに懇切丁寧に指導をしてくれていた。
けれど。
「うーーん。俺も数学は苦手なんだよね……力になってあげたいんだけど……」
「俺も無理。マジで分からん」
「ハル全然進んでないじゃん」
「俺は無神論者だから」
「何の話?」
数学の神なんて最初からいないって話。
溜息を吐いて桜花クンの父親が送ってくれたお饅頭を食べる。上用饅頭って言うらしい。俺これ結構好きかもしれない。お祝い事の際にも使われるんだって。これは入学祝い。
今日は食べるものが沢山あって助かる。俺は別に少食ってわけでは無いので。「ABYSS」にいた時は普通に沢山食べてたと思う。
まぁ、あんまり食べ過ぎると胃を壊してしまうので注意が必要だが。
「証明とかさ……僕達がする必要ないよね?それは数学者がすべきことだよね……?」
「間違いない」
「先輩とか呼べたらいいんだけど……派閥、面倒臭いよね?」
「面倒臭い」
だよねぇ、と溜息を吐く要は風紀派閥。彼と仲良くするようになってから俺と桜花クンの立場は結構グラグラしている。
彼に反発して「生徒会派閥」になったかと思いきや仲良くなっているわけで。クラスメイトは俺たちがそういうのではないとわかってはいるけれど、学園の全員がそうとは限らない。
時折、桜花クンに「呼び出し状」なるものが届く時もあって。彼はなんでもない顔をしてそれをビリビリにしていたけれど。ーー彼、出会った初期から遥かに精神が強靭になっている。
でも、いつか大きいことに発展しないとも限らない。俺も要も彼をなるべく1人にしないようにしているものの、不安は拭えなかった。
「……紅林先輩に頼む?」
「…………???何がどうしてそうなった?」
「や、あの人『中立派』だから関係ないかなって。それに頭良いらしいし」
「却下。俺たち殺されたくないもの。果てには泣くよ?」
それは勘弁。彼が泣き出した時の面倒臭さたるや。まじで1日引っ付いてくるからクソ邪魔。
とりあえず一旦外出て休憩するか。なんて誰からともなく呟き、立ち上がる。気分転換は大事。
端末だけ手にしてドアを開け、廊下に出た俺たちは。
「あ、佐野君こんにちは。偶然だね!俺たち街のゲーセン行ったらお菓子セット大量にゲット出来たんだけどその前にラーメンたらふく食った後でさぁ。正直この量食べられる気がしないから良かったらこれ貰ってくれない?」
「え、あ、え?」
明らかに偶然通りががったとは思えない素振り(なんなら普通にドアの前に突っ立っていた)で近付いてきたクラスメイトのマシンガントークに出鼻をくじかれた。
俺の目の前にずいっと大量のお菓子が入った袋を差し出し、無性に印象に残りにくいシンプルな顔をした男はにこやかに微笑む。
チラリと菓子袋に目を落とす。そして明らかにゲーセンで手に入るものではなさそうな高級っぽい包装の数々に、思わず半目になった。
「いや、これ絶対」
「あっごめん俺これから用事があってもう行かなきゃ!!」
「は!?」
「ばいばい!また明日ーー!!」
「…………えぇえ……?」
風のように去っていった男の背中を見つめ、気の抜けた声が出る。俺の背後に立っていた2人もぽかんと大口を開けて同じ方向を見ていた。
「…………え、これ良いのか?タダでいいのか?」
「…………い、いいんじゃない……?」
よく分からないけど、明日お礼言わなきゃ。
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