佐野国春の受難。

千花 夜

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21. side.???

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『佐野君、滅茶苦茶食い付いてます。』


 ぽろん、と単調な通知音と共に画面に浮上するメッセージ。次いで送られてきた明らかな盗撮写真に、笑みが零れた。

 真っ黒な瞳を心なしキラキラ輝かせて弥生 右京を見つめる俺の「愛し子」。入学時よりも更に痩せた首筋は骨ばっていて生白い。
 斜め後ろから密かに撮影したであろうそれをしっかりパソコンに転送してバックアップを済ませ、俺は端末に再び目を落とす。


『でも、大丈夫なんですか?なんて、誰の為か皆直ぐわかるでしょうに。俺、結構佐野君好きなので制裁とか見たくないです。』
『安心しろ。制裁なんか彼奴にとっちゃ敵でもなんでもねーよ。それに親衛隊幹部にも同意は得てる』
『ならいいですが。』
『あ、あと、先程佐野君、風紀委員長と接触したらしいです。風紀委員会に勧誘されたけど、断ったって言ってました。』

「――ぁ"?」

 
 おっと。
 自分でも驚く程ガラの悪い声が出た。

 あの糞野郎。隙あらば接触しようとしやがって。

 幸いにも「Vine」は風紀委員会には入らなかったようだが、今後もそうならないとは限らない。今や「ABYSS」ではなくなった彼には選択肢があるのだから。
 そうなったら俺たちに止める権利はないと分かっていても、やはり俺のものでいて欲しい。

 写真がデカデカとうつる画面を撫で、目を細める。対面に腰掛けていた副会長が気持ち悪いものを見るような冷えた目を向けてくるが、無視だ。そんなお前にはこの画像はやらねぇ。


「Vine……」
「――会いに行けば宜しいでしょうに」


 副会長の言葉に、笑みを形作ろうとして。

 出来ずに歪な形を作ったそれは、俺の悲愴を引き立たせるものにしかならなかった。

 「Vine」がいなくなった時は、発狂するかと思った。街をどれだけ虱潰しに探しても見つからなくて、何処かで誰かに不幸な目に遭わされていないか、不安で不安で仕方がなかった。地位も実力も勝ち取ってきた自分に、初めて守れないものが出来た恐怖に打ちのめされそうだった。

 何故いなくなったのかと、理由をずっと探し回ってはグループの皆に必死に慰められて。バーの「Vine」の部屋で彼の気配を探っては絶望にくれた。


 それが、ーー目の前に。


 彼自身は気付いていないと思っているようだったが、気付かない訳がない。顔は何1つ変わっていないし、雰囲気もそのままだ。すぐに気づいた。
 でも、痩せている。顔色も悪い。きっと俺達と出逢う前のように、辛い目に遭ったのだ。


「彼奴が、俺を望んじゃいねぇんだよ」


 グループの諜報員の1人に彼の様子をずっと報告させていた。彼が紅林と接触したと聞いた時は発狂しそうになったし、慌てて紅林に牽制しに行った。
 結局大ゲンカに発展しそうになったところで風紀のクソに止められたが、彼の意思なく何かを強制するような真似はしないと約束させた。

 それでも徐々にやせ細っていく彼に、胸が詰まりそうで。寮で偶然見かけたときは思わず駆け寄って抱きしめそうになった。……我慢しようとして会計の首を絞めたのは申し訳なかったと思っている。


 彼の書類を見て、も分かった。会計がすぐさま殺しに行こうとしたので止めるのが大変だったけれど。まさか、「月待」だなんて。

 「月待家」は平安時代からの長い歴史を持つ名家だ。古くは貴族として名を馳せ、身分制度の廃止後は商家として莫大な富を手に入れ、多くの名家が没落していく中で勝ち残ってきた。
 その為プライドも選民意識も高く、「血」を何よりも大切にする時代錯誤な家。

 そんな所に、一般人の――それも、風俗嬢の息子が住むようになって、一体どれ程の地獄を味あわされたのかは想像に難くない。


 ――けれど。

 副会長が書類を見つめて溜息を吐く。


「月待君は月待君で、ですものね……まさか『愛し子』と『友人』が義兄弟だなんて」
「相手が彼奴じゃなかったら即刻殺してたが……悪い奴じゃないと知ってるだけにな」
「えぇ……何とか出来ないものでしょうか」


 出来る。出来るけれど、それは本人たちからのSOSがないとなんの意味も持たない。

 「月待」に介入するのはそう簡単な事ではない。本人からの証言が得られない以上、適当な事を言ってうやむやにした挙句、あらぬ疑いをかけてきたと此方を糾弾するのがオチだろう。

 そうして一生彼等が助けなど求められないよう、深い深い闇に落とすのだ。


 画面の向こうの無表情が、笑顔になれば。それはきっと、俺達にとっても美しい「春」になる。
 

「……佐野 国春か。――いい名前だな、『Vine』」
「えぇ、本当に。それに名に相応しく彼自身も美しい」
「間違いねぇ。……『Noah』に渡して堪るかよ」
「勿論です。紅林なんて論外ですよ」


 家族はずっと一緒にいるべきですもの。
 そう言って微笑む副会長に、俺も頷く。間違いねぇ。俺は「家族」の大黒柱だ。だから彼も、俺が必ず護らなければ。

 それで、取り敢えず新入生歓迎会の景品を変えることにした。結果として仕事量や会議が増えて周囲には迷惑をかけたが、金銭的な問題で体調に問題をきたしている生徒にチャンスを上げたい、と言えば納得してもらえた。
 勿論俺の親衛隊の皆には事情を(彼の家庭環境以外で)話して、相談に相談を重ねて納得してもらった。きちんと隊を統率してくれる親衛隊長には感謝しなければ。

 結果として彼が喜んでくれたなら良かった。次いでに新入生歓迎会を通してイベントごとにも少しでも積極的になれたらいいと思う。
 彼らのクラスメイトも彼の特性に親切に付き合ってくれているみたいだし、きっと楽しめるはずだ。


『様子はどうだ』
『今は帰りの準備中ですね。桜花君と真宮君と一緒に勉強会をするようです。寮で偶然を装って鉢合わせて、お菓子の差し入れをしようと思うのですが』
『金に糸目は付けねぇ。幾らでも出すから大量に差し入れろ』
『了解』
 

「貴方も難儀な人ですねぇ。会長」
「……彼奴が幸せになれるならなんだってするさ」


 「家族」を幸せにするのが俺の役目だ。




 
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