佐野国春の受難。

千花 夜

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18.

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 それからは、結構平和な毎日だったんじゃないかと思う。クラスメイト達も、桜花クンのおかげで俺をジロジロと見つめることも噂する無くなったし、「派閥」に関する誤解も解いてまわってくれた。

 おかげで俺は登校するまではともかく、登校してからは体調を崩すことはなくなった。時折登校中の視線や、前日からの疲労が抜けなくてダウンすることはあったけれど。
 そういう時は紅林先輩の茶室に行けば、先輩が美味しいお菓子と抹茶をご馳走してくれた。

 
 そして、最重要項目。 

 「家族」と「敵」からのコンタクトもない。視線があった男ーー風紀委員長には特別警戒していたが、俺が風紀法を犯さないので問題なかった。

 平和が1番である。


「ねぇハル。今日こそちゃんとご飯食べようよ……」
「俺は節制してんの」
「そう言って昨日もおにぎりしか食べてなかったでしょ、国春くん。僕達、君が心配なんだ……」
「紅林先輩にたまに食べさせてもらってるから大丈夫」


 あの日から俺の背中に度々引っ付いてくるようになった、真宮 要。彼は俺を「ハル」とあだ名で呼んではことある事に食事の心配をしてくるようになった。
 今も、梅おにぎり(600円)をもそもそと食べる俺の背中に抱きつき、泣きべそをかいている。国春くんに昨夜心配された時点で塩おにぎりから梅味に2倍の金をかけて変更したのにだ。


「ねぇ俺がお金出すよ。頼むから食べてよ」
「友達に借金とか無理」
「えっ、ハル、俺の事友達って思ってくれてるの……?」
「要くん惑わされないで」


 チッ。

 一応本心なのに。頬を膨らませると、真正面に座っていた桜花クンに手のひらで優しく潰された。プスゥ、と気の抜けた音がする。
 
 
「国春くん、この前の健康診断で痩せすぎだって注意されてたの、僕知ってるんだからね!ちなみに通り過ぎざまにその件は紅林先輩にもお伝えしておいたから。無視されたけどあの人は多分聞いてる」
「は?桜花クンを無視?」
「そこじゃないよハル」


 俺にへばりついたまま、器用にお弁当を食べる要が首を振る。最初の頃は食べカス落とされそうで嫌だったけれど物凄く綺麗に食べるので許した。

 そして意外なことに、要は自炊である。俺の為にも作ってくれるとかれこれ100回は言ってくれたが、食費の換算が面倒臭いので断った。

 あと、彼を「要」と呼ぶことについて桜花クンと1悶着あったのだが、それはまた別の話である。


「食費が無料になれば食べるよ」
「…………ご両親、凄く厳しい方なんだね」
「……そんな感じ」


 父親以外は親じゃないけどね。

 桜花クン、踏み込んで来ようとするなぁ最近。ごめんね。教えないよ。

 だって君、なんとかしようとしてくれるだろう。

 会話を断つようにおにぎりを頬張る。そうすると空気を読むのが上手い彼等は、少しだけ落ち込んだ表情で口を噤むのだ。





 ジャーーーー……

 水が流れる音が好きだ。手を差し述べればバシャバシャと四方八方に飛び散るのが面白くて、手を洗うのが好きだ。
 最近この事に気付いた俺は、ことある事にトイレで手を洗うようになった。

 桜花クンも要も心配してくれるのは有難いけれど。でも、だからこそ申し訳ない。


『呉々も月待の邪魔をしないでちょうだい』
『お前如きに学が与えられるだけ、感謝するんだな』
『浪費はしないように』


 俺がお金を使えば、彼等に警戒されてしまう。それで家に連れ帰られるなんてことがあれば、二度と外に出られない自信があった。

 ……いや。


「卒業してもおなじか」

 
 そもそも卒業した時点で「妻」に殺されそうだ。それか隠蔽の為に一生監禁か。母親と2人でもう一度暮らせる日が、本当に来るのかなんて分からない。
 まぁなんで自分がまた母親と暮らそうとしてるのかも分からないけど。これが刷り込みかなぁ。

 カタカタと無意識に震え出す両手を水に浸し、鏡を見る。ああ、確かに痩せたかも。……多分。あんまわかんないけど。
 そりゃ1日2食、おにぎり2個だけ食べてれば痩せるよな。「月待」にいた頃はこれに味噌汁(具なし)と漬物(切れ端)が付いてたから。


「……死ななきゃそれでじゅーぶーーッッ」
「物騒なこと言うじゃねぇか。

 ーーおっと動くな。悪ぃなァ。あんまりにもテメェが真面目に過ごすもんだからよォ」


 俺から会いに来ちまった。

 低く透き通った声が聞こえ、俺はバッと顔を上げた。そしてトイレの入り口に視線をやりーー


 なんで。


「ーー……ふ、うき、委員長」
「おーう。よォ、久しぶりだなぁ『Vine』」
「ヴィネ……?」
「フッ、良いねぇ演技かぁ?」


 トイレの入口に陣取り、此方を見下ろしている大男。あぁ最悪だ。油断した。
 まさか自分から向かっては来ないだろうとタカをくくっていた。それにやはりバレている。

 風紀委員長は俺が外に出る隙を作らないようにか、中に入ってくることは無い。入り口を塞がれていることによって、無駄に広いはずなのに息が詰まるような狭苦しさを感じた。
 1度、小さく息を吸って、吐く。落ち着け、落ち着け俺。大丈夫だ。部屋じゃない。

 ようやく安定した日常を得られたんだから無駄にするな。


「……何ですか?それ。俺、日本人ですし」
「はははっ!!そう来るかぁいいぜぇノッてやるよ。『Vine』っつーのはお前が入ってた『ABYSS』のメンバーだ。つまりはお前だよ」
「違います。俺、不良グループになんか、」

「あ?今、つったか?」


 いやそこ?いやそこでもいいけども。ごめんね?「なんか」は良くなかったね。

 とりあえず素直に「不良グループに」と言い換えておく。すると何故か風紀委員長はゲラゲラと笑って「やっぱVineじゃねぇか」と呟いた。
 なんでだ。今のがなんの証拠に?

 彼の確証ポイントが分からなさすぎる。


「ちょっとお話しようぜェ?授業は公欠にしてやるよ」
「……」


 あぁでもどうしよう。逃げ場がない。




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