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しおりを挟む「え"???今紅林 桃李って言った?」
寮で再開した桜花クンと、リビングのソファに座って夕ご飯を食べていた時。
先程の出来事をポツポツと話し始めて暫く、紅林先輩の名前を言った瞬間桜花クンの顔色が如実に変わった。
桜花クンの言葉に首を傾げつつ頷く。
「…………えっと、その『中立派』に入った訳では無いんだよね?」
「うん。録音もした」
「ろ、録音……」
「やっぱりヤバい人なの?あの人」
俺と同じく高等部からの入学である桜花クンがここまで深刻な話をするって、どんだけなんだ。その割には普通に会話出来たけど。
痣になっている手首に桜花クンがくれた湿布を貼りながら尋ねると、桜花クンはその手を顔を顰めて見つめながらコクリと迷いなく頷いた。
「……お茶の老舗は紅林の表向きの仕事。彼の本質は、裏社会にある。極道だよ」
「マジで?」
「マジです。その中でも紅林 桃李は生粋の戦闘狂。紅林組の若頭として逆らう者は全員死刑。人を手に掛けることになんの躊躇いもないって」
滅茶苦茶詳しいな桜花クン。それに、人を殺してる紅林先輩になんの違和感もない。にこやかな笑顔で銃とか撃ってそう。
へぇ、と頷けば、桜花クンは不安げな表情でパスタが入ったお皿を置き、俺を見上げてきた。
「あくまで人聞きの情報だから、それだけで関わるな、とは言わないけど……気をつけて。油断しないで欲しい」
「うん。大丈夫信用はしてないから」
それに、桜花クンがそこまで言うのならあの人は本当に危険な人なんだと思う。まさか極道だとは思わなかったけど。
「ABYSS」をお遊戯と評した事も頷ける。本当に生死を分かつ戦いを繰り広げている人にとっては、中高生の不良グループなんて餓鬼のおままごとくらいの認識なのだろう。知らんけど。
素直に頷いておくと、桜花クンはホッとした様子で微笑んで「でも、安心出来る場所が出来て良かったね」と言ってくれた。
やっぱり桜花クンと話してる時が1番温かい気持ちになる。
「でも、紅林のお茶は本当に美味しいんだよね……老舗の和菓子店のほとんどと関わってるんじゃないかなぁ。高級和菓子店だと抹茶のお菓子には良く紅林のお茶っ葉を使ってるし、家同士のなんやかんやで茶会を開く時にも紅林のお茶を使う家は多いよ。一種のステータスみたいなものだね」
「へぇ……確かに美味しかった。お菓子も……お干菓子?って言う名前のを貰ったけど」
「お干菓子美味しいよね!」
「桜の形だった」
「春だねぇ」
季節や出す人の立場、性別によっても、同じ名前でお出しする形とか色は変えたりするんだよ。
そう楽しそうに語る桜花クン。和菓子好きの彼は紅林先輩とそこそこ仲良くなれそうな気がする。俺なんかよりよっぽどお互い身になる話とか出来てそう。
しかし、「茶室、桜花クンも行っていいか聞いてみようか?」と問い掛けると、「行っていいか」くらいの所で「勘弁してください」とすげなく断られてしまった。
ちなみに端末には先輩から『明日も来る?』『もし来るならいつでも言ってね!今度は少し苦めに点ててあげよう』『ところで国春君、好きなタイプとか教えて』などとひっきりなしに連絡の通知が届いているが、全て無視している。桜花クンが引き攣った表情で机の上に置かれたそれを見つめているのが面白い。
「桜花クンはどうだった?顔合わせ」
置いてきぼりにしてごめんね。と心の内で謝罪して。
幕ノ内弁当(紅林先輩に奢ってもらった)をもそもそとつつきながら尋ねる。
「僕はねぇ、」
それからは、桜花クン側の方で起こったことについて話してくれた。どうやら桜花クンは俺が教室で過ごしやすくなるように色々と先生や生徒達に伝えてくれたようで。
「緊張しぃ」の彼が。
思わず目を瞬かせて「ありがとう」と言えば、桜花クンは何故か大きく目を見開いた。そして、桜のように淡くて華やかな笑顔を浮かべて「ありがとう」と返してくる。なんで君もありがとう?
少なくとも明日からは視線と騒音に悩まされずに済むと思うと、少しだけ気分が楽だ。正直中学に引き続いて高校までも不登校になりそうな気がしていたので。――義務教育じゃないし、いよいよ「月待」に殺される気しかしない。
俺は、将来的にはまともになって働いて母親を退院させて2人暮らしをすることを目標に生きることにしているので、此処で卒業出来ないのはかなりまずい。あんなクソゴミな母親だから、少なくとも俺は高卒でいないと。
「桜花クン、俺頑張って卒業するよ」
「僕も頑張って詰まらずに喋れるようにするよ」
決意新たに頷き合う。
「そう言えば、真宮くんが国春くんに謝りたいって言ってたよ」
「真宮って誰?」
「売店で話しかけてきた委員長だよ……そろそろ覚えてあげて……」
ちょっと可哀想になってきた……としょんぼりした顔をする桜花クン。でもごめんね。俺、一回拒否反応示すと中々人の顔覚えられなくて。
というかそもそも人の名前と顔が中々一致しない。桜花クンと紅林先輩が奇跡みたいなところもあるのだ。
――紅林先輩に限って言えば、出会い方と彼自身が強烈過ぎただけのような気もするけど。
「検討する」と呟いて生麩(これ苦手かもしれない)を呑みこむ。「それしないやつ」と苦笑交じりの反応が返ってきた。失敬な。
「別に謝られることもないけどね。相性が悪かっただけだし」
「うん。僕もそう思う。ーーけど、謝りたいっていう真宮くんの気持ちも、受け止めてみて欲しいなって思うよ」
「受け止める……?」
「そう」
「初対面だけで判断するのは勿体ないと思うよ。彼があの時何を考えて国春くんに話しかけたのか、彼本人から聞かないと」
憶測だけで嫌われるのは怖いよ。
そう俺に諭す桜花クン。
彼は、彼自身がが一番辛そうな顔をしていることに気付いているのだろうか。
「……わかった」
何となく彼の傷付いた顔を見るのが嫌で、俺はその言葉に頷いてみせた。
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