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しおりを挟むすん。
「え、嘘でしょ?やめちゃうの?」
先輩が耳元で気持ち悪いことをほざいて来たので、身体の全動きを停止させてみた。先輩の顔を見つめると、先輩も何とも言い難い表情になる。
何となく先輩の笑顔の鉄仮面を崩すことが出来たことに達成感。馬鹿め。面白がってんのバレバレなんだよ!!
「……ここは更に抵抗を強くして俺がそれを捩じ伏せて国春君に悔し涙を浮かばせる場面じゃないのかなぁ……」
「違います」
「違うかぁ……残念。押さえ付けてごめんね。怪我はない?」
案外あっさりと解放してくれた。パッと両手を話された瞬間、俺はすぐさま再度入口(にじり口というらしい)の側まで移動する。手首は痣になっていた。
先輩はそんな俺を見て「手強いなぁ」と苦笑しているけれど、この人が桜花クンタイプでは無い事は十二分に理解出来た。
……とはいえ、彼が「妻」や「使用人」のように俺を拘束してひたすら袋叩きにするような人じゃなかったことに、何処か安心している自分もいた。
そんな自分に物凄く不可解な気分になりつつ。警戒心は解かずに彼を睨みつける。
「で?」
「ん?」
「なんで俺をここに連れて来たんですか。ただ茶室でお茶を作りたかった訳じゃないですよね」
「そうだって言ったら?」
「二度とついて行かない」
それはやだなぁ、なんてクスクスと笑う先輩。全然くらってない癖に胡散くせぇ。けどそれを言ったらまた近寄られそうなので舌打ちで返しておく。
しかし、そんな俺の威嚇など何処吹く風。
紅林先輩は何処からか出してきた白くて丸いお菓子をのほほんと食べ始めた。なんなんだこの人。
「帰っていいですか」
「駄目だよ?まだ話は終わってないからね」
「じゃあさっさと話してもらっていいですか」
「君を第三勢力に勧誘したいなーと思って」
第三勢力?
首を傾げると、先輩は楽しそうにペラペラと話し始めた。
「『F組』は、この学園が制御しきれない生徒達が収まる所謂ゴミ箱だ。生徒会や風紀みたいなちゃんとした不良じゃない。もっと規律も何も無い奴らの集まり。
例えば俺は、中等部の時に今の生徒会庶務のチビをすれ違いざまイラッとしたから病院送りにしちゃった訳だけど……まぁそれはさておき」
さておくな。
唐突にやばいこと言い出したぞこの人。さっきの「妻」と「使用人」みたいにの下りやっぱり訂正するわ。数倍頭おかしい。
もう一歩扉の方に後退りすると、先輩は慌てたように「国春君は殴らないよ」と口をもぐもぐさせた。食ってから喋れ。
「だからさ。あんなお坊ちゃま達の仲良しこよし、見てられないわけ。で、作ったのが『中立派』」
主にF組や、生徒会風紀両方に反発意識を持っている人達が所属しているらしいそれ。どちらの派閥にも属さずルールも慣習もなく、ただ自由に学園生活を過ごそう!というのがモットーなのだとか。
笑って説明する先輩に、俺は大袈裟な程大きくため息をついた。
どう考えてもそれだけな訳がない。
「御託はいいんですけど」
「つれないなぁ。でも本当にルールは…………あー、強いて言うなら、各学年はそれぞれのF組の委員長に従う位かな。F組の委員長って、喧嘩が1番強い奴がなるから自然とね」
「委員長……?」
委員長って、風紀派閥なんじゃなかったっけ。
「それから脱したのが『中立派』だから」
成程。
納得したので素直に頷く。先輩はそんな俺を見て優しい笑みを浮かべていた。
この人はヤバい人なのだろうけれど、いい人でもあるのだろうか。そこって共存するんだろうか。
でも、「月待」と違って彼は俺に渡す食べ物に薬を盛ったりはしなかったし、やめてほしいという本気の意思表示をすれば強行したりはしなかった。
それは、先輩なりの優しさと受け止めてもいいのだろうか。
「…………中立派に入ったら、他の人から注目されなくなりますか」
「うーん、寧ろされると思う」
「…………入らなかったら、ここの茶室、もう出禁です?」
こんなヤバい人が常日頃いるからだろう。特別隔離された場所にあった訳では無いのに「顔合わせ」の時間が終わっても人の声がしない。
このマンモス校で安寧が守られる場所が自室意外にもあるというのは、俺にとって非常に魅力的な事だった。
うるさいのは、嫌い。
更生してから毎日毎日、「家族」から貰った優しい言葉の数々を塗り替えるようにひたすら浴びせかけられて、嫌いになった。
唇を噛む。先輩だって、自分の派閥に入らない後輩なんて中に入れたくはないだろう。
でも、元とはいえ、ABYSSを裏切りたくはないのも本音で。
「いいよ」
「そりゃそうですよね。変なこと言ってすみーーーーぇ?」
「いいよ。国春君なら」
中立派も、そんなすぐに入れなんて言わないし。
そう言って穏やかに微笑む先輩を目を見開いて見つめる。
彼の中の悪意を探そうと目を凝らしてみるが、先輩は尚も「それに、俺も物怖じせずに喋ってくれる後輩って珍しいんだよね」と答えにくい事を宣った。
「勿論いずれは入ってくれたらなーとは思うけど、強制はしないよ。他の中立派の奴らにもさせない。約束しよう。……あ、録音する?破ったら訴訟起こしていいよ」
「じゃあ一応お願いします」
「あ、するのね」
端末をポケットから取り出して、先輩に同じ事をもう1回口にしてもらう。
しっかりと録音アプリが機能した事を確認して「ありがとうございました」といえば、言い出しっぺの先輩は何故かしょんぼりした様子で頷いた。
そのまま端末をしまおうとしたところで。
「…………国春君、俺の事信用してくれないみたいだし、やっぱり対価貰っちゃおうかな」
「自業自得だと思うんですけど……」
「明日『佐野 国春は中立派に入りました』って放送室占拠して言ってあげようか?」
「対価、何にします?」
ニコッと笑ってえげつない事を言う先輩に、俺もニコッと笑って(尚表情筋は動いていない)続きを促す。
すると、先輩は物凄く嬉しそうに笑って。
俺の方に下から手を伸ばしてきた。
「連絡先交換しよう。君が大変な時、俺がいつでも助けてあげる」
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