12 / 29
11.
しおりを挟む「あ、おいし」
砂糖が口の中でじゅわ、と溶けるような甘さ。桜の形をしたお干菓子というらしい和菓子は、俺が生まれて初めて食べた和菓子になった。
小さなそれを摘むようにもうひとつ取り、口に含む。うん、美味しい。
そのまま今度は抹茶が入った茶碗を手に取り、ひと口啜った。
ぱち、と目を見開く。
「美味しいです」
「お口に合ったみたいで良かった。苦味はどう?」
「気にならないです」
「もうちょっと苦くても美味しく飲めるかもね。次はもう少し濃いのにしようか」
「はぁ」
心地よいペースで続く会話に、気付けば不快感とか警戒心とかが薄れている自分に驚く。
気付けば警戒もクソもなくお菓子とお茶を食べ終わっていた自分に慌てていると、男はそんな俺の前から茶碗と空のお皿を回収して脇に置いた。
「そう言えば、自己紹介が遅れたね。俺の名前は紅林 桃李。2年F組だよ」
「紅林先輩」
「うん、よろしく」
そう言って優雅な笑みを浮かべた紅林先輩に、俺も小さく「佐野 国春です」と会釈して返す。
「ここの茶室は、紅林のお茶を気に入って下さっている理事長からの贈り物なんだ。でも国春君なら自由に出入りしてもいいよ。俺は大抵、ここにいるしね」
なんで。
確かにこの茶室は居心地がいいけれど、初対面の紅林先輩が何故俺にそこまでしてくれるのか。
ただの優しい人ーー例えば桜花クンとかなら分かるけど、この人俺に殺気飛ばしてきたの忘れてないぞ。
素直に頷けないままぼうっと彼の美貌を眺める。
淡い紫の髪に薄ピンクの瞳。中性的な雰囲気で一見弱々しそうな印象を受けるけど。
殺気が、相当のものだった。
軽く睨むような目付きになっていたらしい。「手強いなぁ」と呟いた紅林先輩は、苦笑すると立膝で俺に近付いてきた。
素早く俺の目の前にやって来た先輩は、俺の頬に手を添える。払い落とそうとすれば、その片手も反対側の手で掴まれてしまった。
こいつ、やっぱり手練だ。
「ふふ、手強い」
「そればっかですね」
「だってそうなんだもの。攻略しがいがあるよ」
「なんなんだアンタ」
ぎゅう、と俺の手首を掴む手に力が入って。痛みに眉を顰めれば、間近に顔を寄せてきた先輩は穏やかに笑みを深くした。きっしょ。
咄嗟にもう片方の手で彼の鳩尾を殴ろうとしたけれど、その手も頬を撫でていた手で直ぐに押さえつけられてしまう。
結果的に両腕とも拘束されて壁に押し付けられるる事態になってしまったことに思わず舌打ちをした。
「っくそ……」
「可愛いね、国春君」
「うっざ」
動かそうとしてもビクともしない両腕に、徐々に焦りのようなものが込み上げてくる。
身を捩るけれど、壁と先輩に挟まれてしまえば大した抵抗にはならなかった。
すぐ近いところにある先輩の笑顔が、俺の焦りと反比例して深まっていくのが滅茶苦茶ムカつく。
「ふふ、俺が君をどうすると思う?」
「…………殴る」
「ブフッ」
あ?何笑ってんだてめぇ。
先程までの微笑から一転、ケラケラと笑い始めた先輩に益々苛立ちが募る。かといって一切力は弱められていないので逃げることも出来ず。
蹴りあげようにも、先輩の後ろには湯が入った鉄鍋があるから無理だ。
せめてもの抵抗に睨みつける。すると、彼は何故か更に楽しそうに笑った。なんで?
「生徒会派閥に入ったんだって?」
「あ、それ勘違いです」
「おや、そうなのかい?」
壁に両腕を拘束されたまま喋るのはなんだか気持ちが悪い。
けれど、チラチラと腕と先輩を交互に見ても解放してくれる気にはならないようなので、このまま会話を続けてみる。
「クラス委員長のーー……」
「真宮君だね」
「それです。それが朝ご飯前に絡んできたんで『後にしろ』って言っただけです。……派閥とか、ついさっき知ったばっかだしほんとよく分かってないし、関係なくて」
「だろうなって思った」
「え、」
畳の編み目を見つめたままボソボソと歯切れ悪く喋っていると、凛とした先輩の声がそれを遮った。
思わず顔を上げると、ビックリするほど優しい目をした先輩と視線が合う。
知らず、ビクリと震えてしまって。
だって、そんな目をされる意味がわからない。
「この学園の委員会と、委員会に属する生徒の親衛隊には確かに『生徒会派閥』と『風紀派閥』が存在する。そして、俺は彼等が街で大暴れしている不良だってことも知ってる」
「…………………………ふ、不良?」
あっっっっぶねぇ今普通に「えっ、て事は彼等が『ABYSS』と『Noah』だって一般生徒は知らないんですか?」とか新入生が知る訳がないこと聞きそうになった。怖すぎる。
少々わざとらしい返答にはなったが、正しい反応だったのだろう。先輩は訳知り顔で深く頷いた。
「そう。生徒会は『ABYSS』、風紀は『Noah』という不良グループの幹部として代々運営しているんだ。結構大きいグループなんだけど、聞いたことはある?」
「……な、名前くらいは」
しっっかり知ってます。とは言えず、小さく頷いて適当に返す。先輩も「良かった、なら話は早いね」と微笑んで。
「でも、あんなのは所詮お遊戯だ」
冷えた口調で、吐き捨てた。
ギリ、と両手首にえげつない程の力が込められ、思わず呻く。それでも彼は一向に力を弛めることなく、更にグッと俺に顔を寄せてきた。
その目には先程までの優しさなど一切なくて、空恐ろしいまでの嗜虐的な色が宿っている。
総長がNoahの奴らをボコボコにする際に良く浮かべていたその笑顔に、ぞわりと背筋を何かが這い上がるような悪寒がした。
なんか、この人、ヤバい人だ。
「は、なせ」
「あぁ怖がらないで。君を害する気なんてサラサラないんだ」
「うるせぇどけよ!どけっ、て!」
「ーーあぁ、駄目だよ、暴れちゃあ」
ほら、もっとイジワルしたくなっちゃうだろう?
先輩は俺の手のひらにするりと細長く美しい指を滑らせ、耳元で密やかにそう囁いた。
22
お気に入りに追加
1,498
あなたにおすすめの小説
眠り姫
虹月
BL
そんな眠り姫を起こす王子様は、僕じゃない。
ただ眠ることが好きな凛月は、四月から全寮制の名門男子校、天彗学園に入学することになる。そこで待ち受けていたのは、色々な問題を抱えた男子生徒達。そんな男子生徒と関わり合い、凛月が与え、与えられたものとは――。
王道学園なのに会長だけなんか違くない?
ばなな
BL
※更新遅め
この学園。柵野下学園の生徒会はよくある王道的なも
のだった。
…だが会長は違ったーー
この作品は王道の俺様会長では無い面倒くさがりな主人公とその周りの話です。
ちなみに会長総受け…になる予定?です。
チャラ男を演じる腐男子の受難な日々
神楽 聖鎖
BL
どうして… 皆いなくなるの…?
僕が悪い子だから…?
いいこになるから…
一人にしないでよ…
とゆーことで、はじめまして~
皆のアイドル腐男子の卯月朔(ウヅキサク)でぇーすヽ(*´∀`)ノ♪パチパチ
ご、ごめん わかったからそんな冷たい目で見ないでぇ~
この話は~学園に転入してきた王道転校生が総受けになっちゃう話だよ~
(作者)この話は過去ありの演技派腐男子が総受けになっちゃう話でーす✨
(朔)ぇ、そ、そんなの聞いてないよ~(上目遣い+涙目)
(作者)ぐはっ…(鼻からケチャップが…)
とにかく君は総受けになるのです!
がんばれ👊😆🎵
※この話はBLです
もしかしたらR15が入るかも…
作者はこの作品が処女作なのでコメント大歓迎です!いろいろ送ってくださいね
元生徒会長さんの日常
あ×100
BL
俺ではダメだったみたいだ。気づけなくてごめんね。みんな大好きだったよ。
転校生が現れたことによってリコールされてしまった会長の二階堂雪乃。俺は仕事をサボり、遊び呆けたりセフレを部屋に連れ込んだりしたり、転校生をいじめたりしていたらしい。
そんな悪評高い元会長さまのお話。
長らくお待たせしました!近日中に更新再開できたらと思っております(公開済みのものも加筆修正するつもり)
なお、あまり文才を期待しないでください…痛い目みますよ…
誹謗中傷はおやめくださいね(泣)
2021.3.3
お迎えから世界は変わった
不知火
BL
「お迎えに上がりました」
その一言から180度変わった僕の世界。
こんなに幸せでいいのだろうか
※誤字脱字等あると思いますがその時は指摘をお願い致します🙇♂️
タグでこれぴったりだよ!ってのがあったら教えて頂きたいです!
不良高校に転校したら溺愛されて思ってたのと違う
らる
BL
幸せな家庭ですくすくと育ち普通の高校に通い楽しく毎日を過ごしている七瀬透。
唯一普通じゃない所は人たらしなふわふわ天然男子である。
そんな透は本で見た不良に憧れ、勢いで日本一と言われる不良学園に転校。
いったいどうなる!?
[強くて怖い生徒会長]×[天然ふわふわボーイ]固定です。
※更新頻度遅め。一日一話を目標にしてます。
※誤字脱字は見つけ次第時間のある時修正します。それまではご了承ください。
それはきっと、気の迷い。
葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ?
主人公→睦実(ムツミ)
王道転入生→珠紀(タマキ)
全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる