佐野国春の受難。

千花 夜

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「あ、おいし」


 砂糖が口の中でじゅわ、と溶けるような甘さ。桜の形をしたお干菓子というらしい和菓子は、俺が生まれて初めて食べた和菓子になった。
 小さなそれを摘むようにもうひとつ取り、口に含む。うん、美味しい。

 そのまま今度は抹茶が入った茶碗を手に取り、ひと口啜った。

 ぱち、と目を見開く。


「美味しいです」
「お口に合ったみたいで良かった。苦味はどう?」
「気にならないです」
「もうちょっと苦くても美味しく飲めるかもね。次はもう少し濃いのにしようか」
「はぁ」


 心地よいペースで続く会話に、気付けば不快感とか警戒心とかが薄れている自分に驚く。

 気付けば警戒もクソもなくお菓子とお茶を食べ終わっていた自分に慌てていると、男はそんな俺の前から茶碗と空のお皿を回収して脇に置いた。
 

「そう言えば、自己紹介が遅れたね。俺の名前は紅林 桃李くればやし とうり。2年F組だよ」
「紅林先輩」
「うん、よろしく」


 そう言って優雅な笑みを浮かべた紅林先輩に、俺も小さく「佐野 国春です」と会釈して返す。


「ここの茶室は、紅林のお茶を気に入って下さっている理事長からの贈り物なんだ。でも国春君なら自由に出入りしてもいいよ。俺は大抵、ここにいるしね」


 なんで。

 確かにこの茶室は居心地がいいけれど、初対面の紅林先輩が何故俺にそこまでしてくれるのか。
 ただの優しい人ーー例えば桜花クンとかなら分かるけど、この人俺に殺気飛ばしてきたの忘れてないぞ。

 素直に頷けないままぼうっと彼の美貌を眺める。
 淡い紫の髪に薄ピンクの瞳。中性的な雰囲気で一見弱々しそうな印象を受けるけど。

 殺気が、相当のものだった。

 軽く睨むような目付きになっていたらしい。「手強いなぁ」と呟いた紅林先輩は、苦笑すると立膝で俺に近付いてきた。
 素早く俺の目の前にやって来た先輩は、俺の頬に手を添える。払い落とそうとすれば、その片手も反対側の手で掴まれてしまった。

 こいつ、やっぱりだ。


「ふふ、手強い」
「そればっかですね」
「だってそうなんだもの。攻略しがいがあるよ」
「なんなんだアンタ」


 ぎゅう、と俺の手首を掴む手に力が入って。痛みに眉を顰めれば、間近に顔を寄せてきた先輩は穏やかに笑みを深くした。きっしょ。

 咄嗟にもう片方の手で彼の鳩尾を殴ろうとしたけれど、その手も頬を撫でていた手で直ぐに押さえつけられてしまう。
 結果的に両腕とも拘束されて壁に押し付けられるる事態になってしまったことに思わず舌打ちをした。


「っくそ……」
「可愛いね、国春君」
「うっざ」


 動かそうとしてもビクともしない両腕に、徐々に焦りのようなものが込み上げてくる。
 身を捩るけれど、壁と先輩に挟まれてしまえば大した抵抗にはならなかった。

 すぐ近いところにある先輩の笑顔が、俺の焦りと反比例して深まっていくのが滅茶苦茶ムカつく。

 
「ふふ、俺が君をどうすると思う?」
「…………殴る」
「ブフッ」


 あ?何笑ってんだてめぇ。

 先程までの微笑から一転、ケラケラと笑い始めた先輩に益々苛立ちが募る。かといって一切力は弱められていないので逃げることも出来ず。
 蹴りあげようにも、先輩の後ろには湯が入った鉄鍋があるから無理だ。

 せめてもの抵抗に睨みつける。すると、彼は何故か更に楽しそうに笑った。なんで?


に入ったんだって?」
「あ、それ勘違いです」
「おや、そうなのかい?」


 壁に両腕を拘束されたまま喋るのはなんだか気持ちが悪い。
 けれど、チラチラと腕と先輩を交互に見ても解放してくれる気にはならないようなので、このまま会話を続けてみる。


「クラス委員長のーー……」
「真宮君だね」
「それです。それが朝ご飯前に絡んできたんで『後にしろ』って言っただけです。……派閥とか、ついさっき知ったばっかだしほんとよく分かってないし、関係なくて」

「だろうなって思った」
「え、」


 畳の編み目を見つめたままボソボソと歯切れ悪く喋っていると、凛とした先輩の声がそれを遮った。
 思わず顔を上げると、ビックリするほど優しい目をした先輩と視線が合う。

 知らず、ビクリと震えてしまって。

 だって、そんな目をされる意味がわからない。


「この学園の委員会と、委員会に属する生徒の親衛隊には確かに『生徒会派閥』と『風紀派閥』が存在する。そして、俺は彼等が街で大暴れしている不良だってことも知ってる」
「…………………………ふ、不良?」


 あっっっっぶねぇ今普通に「えっ、て事は彼等が『ABYSS』と『Noah』だって一般生徒は知らないんですか?」とか新入生が知る訳がないこと聞きそうになった。怖すぎる。
 少々わざとらしい返答にはなったが、正しい反応だったのだろう。先輩は訳知り顔で深く頷いた。


「そう。生徒会は『ABYSS』、風紀は『Noah』という不良グループの幹部として代々運営しているんだ。結構大きいグループなんだけど、聞いたことはある?」
「……な、名前くらいは」


 しっっかり知ってます。とは言えず、小さく頷いて適当に返す。先輩も「良かった、なら話は早いね」と微笑んで。


「でも、あんなのは所詮だ」


 冷えた口調で、吐き捨てた。

 ギリ、と両手首にえげつない程の力が込められ、思わず呻く。それでも彼は一向に力を弛めることなく、更にグッと俺に顔を寄せてきた。

 その目には先程までの優しさなど一切なくて、空恐ろしいまでの色が宿っている。
 総長がNoahの奴らをボコボコにする際に良く浮かべていたその笑顔に、ぞわりと背筋を何かが這い上がるような悪寒がした。


 なんか、この人、人だ。


「は、なせ」
「あぁ怖がらないで。君を害する気なんてサラサラないんだ」
「うるせぇどけよ!どけっ、て!」
「ーーあぁ、駄目だよ、暴れちゃあ」


 ほら、もっとイジワルしたくなっちゃうだろう?

 先輩は俺の手のひらにするりと細長く美しい指を滑らせ、耳元で密やかにそう囁いた。

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