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7.
しおりを挟む駄目だと思う心とは別の所で、手は握り拳を作る。
そのまま胡散臭い愛想笑いを浮かべている男の頬に向かって、左腕を思いっきり振りかぶろうと立ち上がりかけて。
「お、お待たせ!!――え、えっと、……」
救世主がついに到着してくれた。
俺はすぐさま握りこぶしを解き、おろおろと俺と男を交互に見る桜花クンの傍に寄る。そのまま彼が持っていた重たそうな荷物を手に取り、男の方を振り返った。
男はまだ、笑みを浮かべて此方を見つめていて。
その瞳の温度のなさに、桜花クンがビクリと身体を震わせたのが分かって。
―ー。
「あのさぁ」
「?――あぁ、そうだね、桜花君にもご挨拶を……」
「教室で出来るだろ。そもそもさ、この時間に売店来てる時点で俺達まだなんも食ってないの分かんねぇ?サポートしてくれんのは有難いけど今の君、純粋に迷惑」
ざわり、と周囲の空気が揺らぐ。同時に目の前の男の顔が驚きに染まった。
何を驚いているのだろう。俺が大人しく思い通りに動いてくれるとでも?
桜花クンが震えているのを近くで感じるから、余計に苛立ちが募る。そして何より「緊張しぃ」の桜花クンがしんどくなってしまうような空間にしてしまう自分が、何よりも一番腹立たしかった。勿論目の前の男も。
俺は男が何も口にしないのを良い事に、桜花クンの背を空いている方の手で押す。
「いこ」
「え、で、でも、」
「いいから」
「――あはは、ごめんね、大丈夫だよ。俺の配慮が足りなかったね」
無言のまま俺達を観察していたクソ男が、にこやかに口を開いた。俺の言葉に一切傷付いていなさそうなその様子にイラッとするが、此処は俺も大人にならなければ。
ぶるぶると震える拳を何とか解き、無理矢理桜花クンの背中を押して歩き始める。
人が集まってきた。これ以上はマジで良くない。奴らの耳に入ったらまずい。
「迷惑かけてごめんね、佐野くん。また教室で話そう」
あぁ、やっぱりコイツ嫌いだわ。
ダァンッ、ダァンッ、ダァンッ――――バァン!!!
足音高く階段を昇り、怒りに任せて乱暴に自室の扉を閉める。ズンズンと廊下を進んでリビングの机に2人分の買い物袋を置く。
あまりにも勢いよく座るもんだから、ソファがギシリと嫌な音を立てた。
でも殴らなかったから更生してる。
胃がグルグルする不快感を味わっていると、チョコンと俺の隣に腰掛けた桜花クンが口を開いた。
「ごめん。僕がもっと早く終えれば良かった……」
え。何で謝んの。
しょんぼりと眉を下げてパンを頬張っている桜花クンに、途端怒りが萎んで今度は後悔の念が溢れてくる。
彼は何も悪くないのに、俺が短気過ぎるせいで謝らせてしまった。それに彼の立場まで悪くしてしまったかもしれない。あぁやってしまった。
結局俺も、癇癪持ちだった母親やいつだって怒っている「妻」と何ら変わらない。
「俺こそごめん。もっとやりようあったのに――ごめん。どうしても俺、苛々すると歯止めがきかない……」
「ううん、僕、気が弱くて人に意見出来ないから、国春くんみたいに言葉に出来る人憧れるよ」
あのまま挨拶が始まってたら、それこそ一緒に教室まで向かわないといけなくなってたと思うし。
そう言ってニコニコと笑う桜花クンに、俺もこれ以上何も言えず。有難う、と小さく呟けば彼は「こちらこそだよ」とまた笑ってくれた。
俺にしてみれば桜花クンの方がよっぽど格好いいと思う。出会って2日とは思えない程一緒にいて心地良いし、安心できるし。
彼と一緒にいれば、俺も人を思いやれるようになるのだろうか。
……無理かなぁ。だって、俺は彼のようにいい育ちじゃないから。
「まだ1時間くらい時間あるし、手早くこの学園について説明するね」
そう言って始まった「桜花センセーの『帝華学園』講座」。
その内容は俺の想像をはるかに超えて突飛で、理解不能なものだった。
「『帝華学園』は初等部、中等部、高等部、大学、大学院からなってることは知ってるよね?僕達のように中途入学する人はともかく、大抵の生徒達は初等部から『帝華学園』に入学してるんだ」
「うん」
「そして、ご存じの通り『帝華学園』は列記とした全寮制の男子校。そして名家の子息が集う学校とあって、異性との交遊関係は可能な限り無くすように徹底されてるんだ」
へぇ。流石。
でも確かに、「ABYSS」の幹部は皆イケメンだったのに女の話が一切出なかった記憶がある。というかそもそもバーに女の子が現れたことがない。
「でも、当然思春期男児の性欲は抑えられない訳で――」
「桜花クンの口から性欲とか聞きたくない」
「ふふっ、僕も男の子だもん。……まぁ、そういう訳で、簡単に言うとこの学園には同性愛者が物凄く多いんだよね。バイセクシュアルが6割、ゲイが3割、ノンケ1割って感じかなぁ」
ノンケとは。
首を傾げると、桜花クンは明るい口調で「異性愛者の事だよ」と教えてくれた。
っていやいや、少なすぎんだろ。マジで言ってんの?
偏見とかはないし勝手にすればいいと思うけれど、自分の身に降りかかるとなれば話は変わる。最悪殺しかねない。
俺が悶々と未来の罪状について考えている間にも、桜花クンの説明は進んでいく。
「さっき『人気者』って言ったけど、それもそういう趣旨の人気。つまり、この学園で地位を築くにあたって最も重要な要素は『顔』なんだよね。能力はあくまで付加価値。顔が良い人の中で更にランク付けされる時に初めて登場する」
「やばくねそのシステム」
「まぁでも、今まで何とかなってるから……」
顔面だけで役員になった生徒達は、一般生徒と区別するために様々な「特権」が与えられる。例えば授業に公欠権や、食堂で特別席利用権、その他諸々。
んで、そういった顔の良い生徒達にはファンが付く。そのファン同士の牽制や対象の周囲の平穏を維持を目的に「親衛隊」なるファン組織が結成されているのだとか。
俺の顔はすっかりあきれ顔になっていたらしい。
桜花クンは苦笑しながら「それが普通の反応だよね……」と頷いた。
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