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6.
しおりを挟む「おはよ…………」
「おはよう」
光熱費とかは初期の学費に含まれているのでふんだんに活用させていただく事にして、朝から贅沢にもシャワーを浴びてみた。
スッキリした気分でリビングに出ると、丁度今起きたところらしい桜花クンがゴシゴシと眠たげに目を擦っている。律儀に朝の挨拶をして来る彼に返答すれば、ふにゃりと柔らかく表情を弛めた。
今日はまだ授業はないけれど、俺達が所属するクラスの顔合わせがある。どっちかと言うとそっちの方がしんどいのだが。サボれば父親と「妻」に連絡が行くだろうし、「息子」の面目とやらを潰したとかでグチグチ言われかねない。
昨日の講堂では流石に「息子」の姿は見えなかったけれど、きっと憎しみの篭もった視線を向けていたに違いなかった。
「朝ご飯どうしよっか。国春くん、食堂とか興味ある?」
「全然ない」
「じゃあ売店にしよっかぁ」
目が覚めたのか、ニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべる桜花クン。愛想のない俺の返事にも気を悪くするでもなく(隠しているだけかもしれないが)頷いてくる。
売店は何処かなぁ、と携帯端末をいじり始める桜花クンの旋毛を見つめ、俺は首を傾げた。
「別に食堂行きたいなら行ってきていいよ」
「ううん、僕は国春くんと一緒に朝ご飯が食べたいだけだから」
「……変なの」
「そうかな?国春くんとご飯を食べたいって人、これから沢山増えるよ」
『穢らしいあなたが私達と同じ場所で同じ物を食べられると思って?調子に乗るのも大概にしなさいな』
うん。変。
『ヴィ~ネ!一緒にご飯食べよ~!ねぇねぇねぇねぇね~ぇ~!!あ~今笑ったぁ?』
ーー「家族」以外なら、変だけど。
「桜花クンだけでいい」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるんだぁ」
制服に着替え、部屋を出る。既に廊下には何人かの生徒達が屯していて、皆一様に俺達をジロジロと観察してくる。新入生である俺達が物珍しいのかもしれないけど普通にウザイ。
でもここで舌打ちとかして絡まれたりしたら目立つし桜花クンの立場もアレしちゃうかもしれないから我慢。俺偉くね?
寮の階段を降り、1階にある売店に向かう。「売店」と言ってもその規模は街中にあるそこそこでかいスーパーくらいある。その横にはラウンジがあって、此処では軽食が楽しめるらしい。
食堂はそれ専用の建物が別にあって、売店やラウンジよりは食堂の方が何倍も人気なのだとか。なんでも「人気者」がご飯を好んで食べに来るんだって。
「人気者?」
「うん。人気者。生徒会役員と風紀委員会の方々は断トツだと思う。他にも委員会幹部は皆人気者だよ」
桜花クンに言葉に、首を傾げる。生徒会とかに人気って関係あるのだろうか。真面目で教師の評価が高いかどうかとかかと思っていた。……まぁほとんど中学校行ってないから分からないけれど。
そもそも人気って何で決まるんだ?
「この学園って結構特殊なんだよね。独自のルールとか慣習があるから色々知っといた方が過ごしやすいかも」
「桜花クンは知ってんの?」
「うん。流石に委員会の皆様のお名前とかはまだ分からないけれど……ある程度なら教えられると思うな」
独自の……ねぇ。なんだか色々と面倒くさそうだ。
品揃え豊富な売店のお弁当コーナーを見つめながら、息を吐く。既にそこそこ目立っているような気がしないでもないが、要は「家族」にバレさえしなければ問題ない。少なくとも食堂はNG。
朝昼兼用の塩おにぎりを1つ(何故か300円もする)手に取り、レジに向かう。桜花クンの「えっ」と言う声が聞こえたが無視だ無視。
都合の悪いことは聞こえないふりが1番。
セルフレジに端末を翳して会計を済ませ、さっさと外に出る。扉の前のソファに座って桜花クンを待つ事にした。
桜花クンは結構小柄な割によく食べるらしい。金持ちの特権だ。
特にすることもないので、買い物を楽しんでいる桜花クンをぼんやりと観察する。ワタワタとせわしなく動く彼はどちらかというと俺の嫌いなタイプだけれど、どうしてか彼だとイラつかない。
これが「友情」ってやつだろうか。
周囲からの視線は相変わらずだけれど、不快感は少しだけマシになっていた。
「ねぇ君」
――だからだろうか。
俺は、近づいてきた制服姿の男に声を掛けられても、無視することなく顔を上げてしまった。
目と目が合ってすぐ、猛烈な後悔の念に襲われる。しかし目が合ってしまった以上無視をするとそれこそ喧嘩に発展しかねない。とりあえず会釈をしてみると、男はパチリと目を見開いて――そして、何故か笑った。
いやぁな、笑みだ。
「君、新入生だよね」
「……はい」
「あ、同学年だから別に敬語使わなくてもいいよ。俺は君と桜花 美月君が所属することになる1年A組のクラス委員長の真宮 要。君たちのサポートをするように上から指示されてる。どうぞよろしくね」
何が「君、新入生だよね」だ。最初から知っていて声を掛けてるのに。胡散臭すぎる。さては危険人物と見た。
愛想笑いを浮かべて俺を見下ろす男から視線を逸らすことなく「どうも」とだけ返しておく。何となく目を逸らすのは癪に障った。
桜花クンの帰りを切実に待ち望みながら、尚もこの場から離れる様子のない男を見上げる。
「あぁ、ちなみに寮監は俺の兄。兄は色々と忙しいから、寮に関して質問があれば俺に聞いてくれたらいいよ」
「ない」
「そう?なら良かった」
ヒンヤリとした空気が流れ始めた。心なし、先程よりも周囲の人たちとの距離が開いた気がする。
これ以上話すことはないと全身で告げているのに、男はなぜか離れる気配を見せない。朝を迎えて幾分落ち着いていた苛立ちがこみあげてきた。あぁ、イラつく。マジで邪魔。
この、感情のコントロールが効かなくなるのが嫌いだ。身体と感情が分離して、それぞれが独自に動くような感覚。
ああ、鬱陶しいうっとうしい。
『この出来損ない』
自分が嫌いだ。
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