佐野国春の受難。

千花 夜

文字の大きさ
上 下
2 / 29

1.

しおりを挟む




 なんて仰々しく昔の事を語ってみたけれど。


 現在進行形で、俺は今「息子」が既に通っている全寮制の学園こと『帝華学園』の入学式に赴いている最中である。送迎の車とやらには同じく高等部から『帝華学園』に入学する事になった少年達がドキドキワクワクしながら乗っている。
 正直ドキドキワクワクもクソもないしさっさと自分の寮に引きこもって眠りたいのだが、残念ながら寮に案内して貰えるのは入学式の後らしい。ちなみに荷物だけは式の間に運んでおいてもらえることになっている。俺も荷物になりたい。


「ワクワクするねっ」
「僕もっ!ねぇお友達にならない?」
「えっいいの?ぼ、僕の名前はーー」


 広いリムジンの中が何やらホンワカピンク色の雰囲気を醸し出した。あまりにウザイので溜息を吐けばえげつない程の嫌悪を込めた視線が飛んでくる。
 だがしかし俺は大人なので、反応することもなく窓の外に目を向けた。空気は俺のせいでピリピリしているが、殴らないだけ俺は滅茶苦茶更生している。

 緩やかに学園の広大な景色がうつり変わっていくのを眺めながら、小さく息を吐く。


 



 「ABYSS」は、俺にとって物凄く良いグループだったと思う。

 生きる事を諦めていた俺に彼等は「愛」をくれた。
 ABYSSが拠点としていたバーでは毎日美味しいご飯を食べさせてくれた。その間は沢山のメンバー達が交互に俺に話しかけてくれ、周りに腰かけて共にご飯を食べてくれた。俺が「帰る家がない」と呟けば、バーのオネェ店長は2階の空き部屋をあてがってくれた。
 また、彼等は俺に喧嘩を教えてくれた。治安の悪い夜の街で楽しく生き残る為の術をくれて、共に遊んでくれた。彼等と共に敵グループや雑魚に突っ込んでいくのはとっても楽しかった。幸せだった。勿論大怪我をすることもあったけど、それ以上に充実していた。
 総長は勉強を教えてくれて、副総長はオシャレを教えてくれて、特攻隊隊長は俺に様々な対処法を教えてくれた。かけがえのない人たち。



 寂しがってくれているだろうか。

 俺が突然いなくなって。


 真っ赤に染めていた(総長に染められた)髪は、今や真っ黒くろすけだ。短く切っていた髪はそこそこ伸びて、センター分けにして無造作に流している。副総長に開けられたピアスの穴はそのままだけど、耳にかかる髪の毛ですっかり隠れて見えなくなっている。
 父親が満足するまで勉強をし、「妻」の暴力に耐えて、なんとか受験を終わらせて街中を散歩していた時、白昼堂々喧嘩をしている彼等を見た時は正直泣きそうになった。
 
 けどまぁ俺は更生したので。


「……あ、あのぉ」


 ふと、目の前から声を掛けられて景色から視線を戻す。目の前に座っていた少年を見つめると、何故か彼はあからさまにビクリと身体を震わせた。


「何」
「あっ、え、えっと、」
「は?」


 こういうオドオドしたタイプは嫌いだ。益々悪くなる車内の空気に他の生徒達が顔色を悪くする。中には聞こえよがしに「性格悪そー」とか囁いている奴らもいた。お前だよ。
 小さな車内でも、既にある程度の人間関係が構築されていたらしい。その中でも残念ながら少年は同じく一人ぼっちの俺に、勇気を振り絞って話しかけてきたのだろう。ブルブルと可哀想な程震えている彼は、しかしそれでも俺から目をそらすことなく口を開いた。


「あ、あの、僕、桜花 美月おうか みつきって言うんだ。あ、あなたの名前聞いても……」
 国春」
「さの、……佐野って、あの、IT企業の?」


 あぁ、なるほど。って奴ね。

 俺は深く息を吐き(この時点で桜花クンは顔を真っ青にした)、ガリガリと首裏を乱雑に引っ掻いた。


「違うけど、なに?俺が佐野だったら何か弊害でも?ごめんね?IT企業の佐野クンじゃなくて」
「ごっごめん、違うんだ!逆に、もし由緒あるお家だったら緊張しちゃうなぁ……って、……あ、はは、ごめん。ごめんなさい」
「……あぁそう……いや、ごめん八つ当たり」


 うん。寧ろなんか俺の方こそごめん。
 どうやら悪意なく探りを入れてみただけらしい。それならば相当下手くそだが、まぁ高校生ならそんなもんか。って俺もだわ。

 何となく決まりが悪くなって目を伏せれば、彼もまた気まずそうに頬をかいた。


「ぼ、僕、貴方と友達になれたらなと思って。緊張しぃで……吃っちゃってごめんね」
「友達?」
「うん、あの、国春くんって呼んでもいい?」


 「家族」は出来たけど、「友達」は初めてだ。

 頬を染め、照れたように笑う桜花クンを呆然と見つめたまま俺は固まってしまった。そんな俺を見つめていた桜花クンが次第に不安そうな顔になっていくのに気付いて、慌てて頷いてみる。
 すると今度はパァッとーー桜の花の様に華やかな笑顔になるのを見て、俺は肩の力が抜けてしまった。

 車内の空気も先程から一転、麗らかな春のような暖かいものに変わっている。


「ーーい、いよ」
「ホント!?嬉しい!えへへ、これから宜しくね。国春くん」


 そう言って差し出された手をじっと見つめて。


「……うん。宜しくね、桜花クン」
「えっソッチ?」
「うん?うん」



 春の花々が、それはそれは美しく微笑んだ気配がした。



しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

不良高校に転校したら溺愛されて思ってたのと違う

らる
BL
幸せな家庭ですくすくと育ち普通の高校に通い楽しく毎日を過ごしている七瀬透。 唯一普通じゃない所は人たらしなふわふわ天然男子である。 そんな透は本で見た不良に憧れ、勢いで日本一と言われる不良学園に転校。 いったいどうなる!? [強くて怖い生徒会長]×[天然ふわふわボーイ]固定です。 ※更新頻度遅め。一日一話を目標にしてます。 ※誤字脱字は見つけ次第時間のある時修正します。それまではご了承ください。

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

ボクに構わないで

睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。 あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。 でも、楽しかった。今までにないほどに… あいつが来るまでは… -------------------------------------------------------------------------------------- 1個目と同じく非王道学園ものです。 初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。

転生先がBLの世界とか…俺、聞いてないんですけどぉ〜?

彩ノ華
BL
何も知らないままBLの世界へと転生させられた主人公…。 彼の言動によって知らないうちに皆の好感度を爆上げしていってしまう…。 主人公総受けの話です!((ちなみに無自覚…

Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。 それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。 友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!! なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。 7/28 一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。

眠り姫

虹月
BL
 そんな眠り姫を起こす王子様は、僕じゃない。  ただ眠ることが好きな凛月は、四月から全寮制の名門男子校、天彗学園に入学することになる。そこで待ち受けていたのは、色々な問題を抱えた男子生徒達。そんな男子生徒と関わり合い、凛月が与え、与えられたものとは――。

処理中です...