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過ぐる日々を想う
10. side. ???
しおりを挟む会議という名の「お遊び」を終え、友たちは思い思いに話を始める。その内容はその時々で「何処の国を蹂躙してみたい」であったり「――が気に入らないから処刑したい」であったり多岐にわたるのであったが、今回ばかりは1つの話題に限定されていた。
私も、今回もまた大した意味を持たなかった会議資料を回収してまとめつつも、彼らの会話に耳を澄ませる。会話の中心に立っている美麗な顔の青年は、愉悦にその表情を歪めてくすくすと嗤った。
「ローズで一瞬だけれど、【タンザナイト】の魔力の香りがしたよ。魔力自体は上手く隠れているようで場所は分からなかったけれど、ね」
「はァ~~~!?場所が分からなかったら意味ねェじゃねェか!!」
「【パール】無能だね――」
「殺しますよ」
ゲラゲラと嗤いながら青年を煽る周囲の友たちに、私は苦笑を零した。どれだけの年月が経とうとも彼らの仲が変わる様子はない。それが、私の心を穏やかにするのだ。
私の右隣に座る男もまた同様の思いを持っているようで、意味のない問答に呆れつつもその表情は穏やかだ。
資料を纏め終えた私も彼らの会話に参加すべく、円卓に座る姿勢を正した。
「【パール】。何故魔力の香りを感知したのです?」
「さぁ。彼が神子として誰かを慈しんだのではないかなぁ」
「……」
「ふふ、気に入らぬと言いたげな顔じゃの」
友の可愛らしい声に、私は顔を歪める。ああ、やはり彼女は正しい事しか言わない。
私は気に入らないのだ。【タンザナイト】が神子として人間を慈しむなんて。彼は【栄光】を司る高尚な存在だ。有象無象に慈悲を裂く必要などなく、ただ高みを見つめていればいい。
人間への慈悲や友愛なんてものは、私達のような崇高な存在には不要なものだ。――彼らは、それを分からなかったようだけれど。
私が苦笑して頷くと、友は皆殊更楽しそうに笑った。
「お前は本当に彼の事が好きだねぇ」
「えぇ勿論。――だって彼は神子なのですから。私達は同胞であり友。嫌うことなど有り得ません」
「……そう言うことではなく……否、それはいい。とりあえずは、彼を見つけ出して捕らえないとねぇ」
大変だ、彼は逃げ足が速いから。
そう言ってほけほけと笑う【パール】に、あちこちから白い目が向けられる。「お前が逃がしたんだろう」と。
「感知した瞬間ローズに転移しなかったのは怠慢だよなァ?罰として今日の飲み、お前の奢りなァ」
「おや、それは心外だ。会議中に抜け出すなんて無礼な真似、この僕が出来るとでも?」
「出来るじゃろうな」
「……」
彼女に言われてしまえば、流石の【パール】も何も言い返すことは出来ない。横に座る男が皮肉気に鼻を鳴らすのを片耳に、私は水差しからカップに水を注いだ。カリルの実が入ったそれは、少し酸味が効いていて気分がすっきりする。
男にもそれを差し出せば、彼は小さく「どうも」と呟いて一息にそれを飲み干した。
その間にも【パール】たちの会話は続いていたようで、今は【タンザナイト】の出自の話になっている。
「魔力を意図的に隠すことが出来ているのならば、少なくとも自我は十分に育っているはず。つまり、自我が育っていない時に魔力を感知できなかった時点で彼はローズ出身ではないと言えるよねぇ」
「その理論で行くと、奴は【裏切りの街】で生まれたってことになるなァ」
「えぇ。それがローズにこの度出没したということは、」
「『聖女候補』ですね」
小さく呟いた私の声に、【パール】は満足そうに微笑んだ。
「アァ?奴は男だろォ?」
「君は本当に馬鹿だねぇ」
「殺すぞ」
「大方家族の人間が『聖女候補』になったのだろうねぇ。となると、ローズを経由しなければ王都に辿り着けない【裏切りの街】出身で間違いないと思わないかい?」
「――【ポインセチア】と【ブバルディア】か」
ダリアは王都を挟んでローズとは反対側にある為、今回は省いていい。私は魔法でその2つの土地から誘致された聖女候補の一覧を魔法で持ってくると、ペラペラと頁を捲り始めた。そして『聖女候補』に年の近い兄弟がいる家を速やかに見つけては会議資料の裏に書き記していく。
自然、周囲の視線は私に集まる。固唾を呑んで此方を見つめる友に、口角が上がってしまった。
裏切ったとはいえ、友を想い傍に置いておきたいと思うその気持ちは皆同じなのだ。
「……【ポインセチア】の『セイレン家』『クロト家』『アグライア家』『エドワード家』。【ブバルディア】の『エラート家』『タレイア家』『アレクト家』『デメテル家』……ですね」
「年齢は?処刑の日から換算すると、少なくとも11歳以下である必要があるねぇ」
「……」
面倒になってきた。自分で調べてくれないか、という気持ちを込めて顔を上げると、にこりと威圧的に微笑みかけられた。人にやらせはするけど自分は何もしない。それが【パール】という男だ。
それが結果として彼の都市の発展を促したと言えば、聞こえは良いが。
私は長い髪を耳にかけ、先程見つけた名前の頁を順番に見直していく。
「順番に、12歳、8歳、7歳、15歳、13歳、14歳、10歳、3歳……ですね」
「『クロト家』『アグライア家』『アレクト家』か」
「そうじゃの。3歳は幼すぎるじゃろうて」
まさか、待ち望んでいた存在がこんなに近くまでやって来るなんて。
上がる口角を隠すために片手で口を覆い、水を飲む。それでも表情管理はうまくいかなくて、しまいには笑い声すら上げてしまった。
「その3家を全員、王城に誘致しようかの」
「………………あ、あの、そ、それだと、『聖女候補』の人間で、その、諍いになってしまうのでは……」
「それが何か?【ペリドット】」
「ぁ…………い、いえ、なんでも…………」
控えめな少女は、私の質問に委縮したように縮こまってしまった。まぁ、別にいいのだが。彼女は私たちの中でも危険な存在だから、此処で彼女に発言権はない。
私と同様、周囲の友も彼女に冷たい視線を向けているのだろう。彼女は泣き出しそうな表情で抱いていた人形に顔を埋め、消え入りそうな程小さな声で「ごめんなさい」と囁いた。
「人間同士の諍いなど我々には関係ありません。我々の目的はあくまで【タンザナイト】の捕獲および調整。その為には可及的速やかにこの3家の全員を王城に監禁し、拷問にかける必要があると思います。異論がある方は?」
「いねェなァ」
「いないねぇ」
「はーい、それでいいと思いまーす」
「良いですか?【ダイヤモンド】」
最後の判断は、皆いつだって彼女に求める。私が彼女に問いかけると、彼女もまた愉しそうに頷いて見せた。
今度こそ、隠すことなく口角を上げる。
「――では、その通りに。また、この3家の少年たちがアストリア・シンビジウムに接触しないように彼女の動向を厳重に監視してください。ただでさえ厄介この上ない愚物です。最悪の場合殺しても構いません」
「ギャハハッ!!敵には過激だなァ!!」
「勿論。彼女は【タンザナイト】を私達から解放しようと企んでいる国賊です。今は立場が彼女を延命させていますが、いずれは処刑しなければならない」
そうでしょう。ねぇ【タンザナイト】。
貴方は変わってしまった。この国の環境が、人間との出会いと対話が彼を変えてしまった。ならば、私が貴方を元に戻さなければ。
『――ぁ、あ"あ"ッ"!!!……お、まえ、いかれてるッ、いかれてるよ』
「いいえ、いかれたのは貴方の方ですよ。【タンザナイト】」
私たちが創った国を、人間無勢のものだなんて。
「拷問と調整の役目は私が頂いても?」
彼は人間思いだから、彼の家族とやらから最初に拷問しよう。娘と母親は男共や獣に輪姦させて、性奴隷にしてしまおう。
父親はーーただ奴隷にするのは味気ない。指を1本ずつ、それが終われば一関節ずつ切り刻んで殺してみようか。あぁ、男に犯させるのもいいかも知れない。
全て、彼の目の前で。
嗤い声が、室内を満たす。満たす。
少女もまた、嗤った。
「勿論じゃよ。よく務めよ。
のう、【ガーネット】」
今、お迎えに行きますね。【タンザナイト】。
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mia様
感想ありがとうございます!
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退会済ユーザのコメントです
Hitachi様
感想ありがとうございます!
土地名や名前が多くて読むのが大変かもしれませんが、世界観を楽しんでいただければ幸いです。