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過ぐる日々を想う

6.

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 体内時計はどうやら正常に作動してくれたらしい。俺が目を開けると、そこには買い物を終えた3人の家族がいた。妹も新しいドレスを買うことが出来てほくほく顔だ。
 俺が目覚めたのに気付いた母上が、にこやかに微笑んで俺の頭を撫でる。


「目が覚めたのね。ルネ。体調はどうかしら」
「……大丈夫です。お帰りなさい」
「えぇ、ただいま戻りました」


 とろりと溶ける薄桃色の瞳に、俺の身体の力も自然と抜ける。水の入った木のカップを俺に差し出し、母上は街の地図を広げた。
 地図は歩いている途中で貰ったらしい。「旅人にも優しくて素敵な場所だわ」と頬を染める母上は頼むからもっと警戒心を持って欲しい。

 新しいドレスのお披露目会をしている妹と観客の父上は置いておいて、俺は腰を上げてローズの地図を見下ろす。


「今、私達が居る宿はここよ。街の中心から少しだけ東側。中心に近いお陰で観光がしやすかったわ」
「それは何よりです」
「ふふ、ーーそして、図書館はここよ。他にも幾つかあるけれど、此処が1番沢山書物が揃っていて素敵なんですって。『フリージア学者の街』や『アイリス学園都市』とも提携していて、研究論文などもあるそうよ」


 ルネはとっても勉強家だから、こういうのも興味があるのではないかしら?

 そう言ってニコニコと笑う母上に、俺もあたたかい気持ちになる。きっと、妹に付き合って観光をしながらもローズの民に図書館について聞いてくれていたのだろう。細やかな気遣いが得意な母上らしい。
 どうやら午前中に通りがかった図書館は比較的小さなものだったらしい。大通りに沿ってもう少し西側に行ったところに、母上手書きのバツ印が付けられていた。

 研究論文はとてつもなく興味があるが、図書館は。返却しに来なければならない。今回はお預けだろう。
 とはいえ、窓の外を見るとまだまだ天の光は高い所にある。日没までは時間がある為、それ等も少しは手を付けられるかもしれない。眠りの浅い自分に感謝しなければ。


「……今から行ってもいいですか?」
「顔色も随分良くなったし、いいですよ。ねぇ旦那様」
「あぁ。ただ、体調が少しでも悪くなったら直ぐに言うんだぞ。ルネは人酔いし易いようだから」
「はい、父上」


 お披露目会は終わったらしい。いそいそとドレスをしまい込む妹から離れ、近寄ってきた父上がわしゃわしゃと大きな手で俺の頭を撫でてくれる。それに擦り寄れば、彼は「ルネは甘え上手だな」と笑った。


『キミは可愛いなァ。どうやったらボクがキュンキュンするかちゃーんとわかってるでしょォ』


「…サ………父上が好きと言って下さるから」
「あぁなんて可愛い兄様!ねぇ兄様、私も図書館についていってもいい?」
「駄目。おまえうるっせぇから」
「なんて可愛くない兄様!!」


 心外、とばかりに大袈裟に頬を膨らませる妹。こいつも何だかんだ可愛い俺の家族だ。








 母と手を繋ぎながらやってきた図書館は、とてつもなく大きく古かった。300年前の流行りの建築方法で建てられた古典的な最新式の建物は、古びてはいるものの美しく荘厳な雰囲気を保っていた。
 華やかなギルド街の中心部(ちょっと西寄り)にありながらも、全く外の喧騒に惑わされない空気感は、何処か異彩を放っている。

 なんだここか。なんてちょっと興ざめしたような気持ちになりながらも、自由に外を出歩いていた時分によくお邪魔していた場所に懐かしさを感じる自分もいて。


「どうしたの?入りましょう?」
「はい、母上」


 10歳の俺の身の丈10倍くらいはありそうな、繊細かつ複雑な模様が掘られた扉の前に立つ。すると、扉にかけられた感知魔法が俺達を認識し、重い音を立てて扉が開き始めた。
 
 ちなみに父上と妹はお留守番である。母上もそこそこ強いらしいので。いや俺の方が強いけど。




「……おやおや、随分と小さなお客様だ」
「この子がどうしても、と言っておりまして」
「まだ幼いのに、随分と将来有望な少年ですな」
 

 玄関口に立った俺達に声を掛けてきた職員らしき老人が母と小さな声で語らうのを片耳に聞きつつ、俺はチラチラと巨大な吹き抜けの室内を見回す。

 本棚には小型の昇降機が至る所に設置されていて、どう考えても手の届かない高さにある本を取りに行くことが出来るらしい。空中にも浮遊魔法でいくつかの本棚が浮かんでいて、それ等はーーあぁ、どうやら禁書らしい。許可を受けた人間の前以外のところには降りてこない仕様だ。
 ふよふよと浮かんでいる本は、この図書館の館長の魔法で元の場所に返却されるらしい。

 300年前は自分で戻しに行かされたことを考えると、この図書館内でも時代は進んでいるみたいだ。


「中央にある『検索機』は、読みたい本の種別や著者名、本の名前を打ち込めばその場所を教えてくれるからの」
「ご丁寧にありがとうございます。ルネ、行きましょうか」
「……いえ。場所、見付けたので使わなくて大丈夫です」


 万が一検索履歴から不審がられるような事があってはならない。
 記憶を辿って歴史書がおかれていた場所を探すと、そこには変わらず[歴史]と書かれた看板がチビにでもわかる場所に立てかけられていた。

 ちらりとそちらを一瞥しながらそう呟くと、母上の体越しに老人の視線を感じた。……やばい。適当に使ったふりとかしとけば良かったか。

 老人は無理に俺のほうをのぞき込もうとはしなかったが、じろじろと俺を観察しているようだ。思わず母親の体に隠れるようにして視線から逃れようとすると、何故か母上は嬉しそうに「まぁ」とつぶやいた。


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