8 / 12
過ぐる日々を想う
6.
しおりを挟む体内時計はどうやら正常に作動してくれたらしい。俺が目を開けると、そこには買い物を終えた3人の家族がいた。妹も新しいドレスを買うことが出来てほくほく顔だ。
俺が目覚めたのに気付いた母上が、にこやかに微笑んで俺の頭を撫でる。
「目が覚めたのね。ルネ。体調はどうかしら」
「……大丈夫です。お帰りなさい」
「えぇ、ただいま戻りました」
とろりと溶ける薄桃色の瞳に、俺の身体の力も自然と抜ける。水の入った木のカップを俺に差し出し、母上は街の地図を広げた。
地図は歩いている途中で貰ったらしい。「旅人にも優しくて素敵な場所だわ」と頬を染める母上は頼むからもっと警戒心を持って欲しい。
新しいドレスのお披露目会をしている妹と観客の父上は置いておいて、俺は腰を上げてローズの地図を見下ろす。
「今、私達が居る宿はここよ。街の中心から少しだけ東側。中心に近いお陰で観光がしやすかったわ」
「それは何よりです」
「ふふ、ーーそして、図書館はここよ。他にも幾つかあるけれど、此処が1番沢山書物が揃っていて素敵なんですって。『フリージア』や『アイリス』とも提携していて、研究論文などもあるそうよ」
ルネはとっても勉強家だから、こういうのも興味があるのではないかしら?
そう言ってニコニコと笑う母上に、俺もあたたかい気持ちになる。きっと、妹に付き合って観光をしながらもローズの民に図書館について聞いてくれていたのだろう。細やかな気遣いが得意な母上らしい。
どうやら午前中に通りがかった図書館は比較的小さなものだったらしい。大通りに沿ってもう少し西側に行ったところに、母上手書きのバツ印が付けられていた。
研究論文はとてつもなく興味があるが、図書館は借りる場所。返却しに来なければならない。今回はお預けだろう。
とはいえ、窓の外を見るとまだまだ天の光は高い所にある。日没までは時間がある為、それ等も少しは手を付けられるかもしれない。眠りの浅い自分に感謝しなければ。
「……今から行ってもいいですか?」
「顔色も随分良くなったし、いいですよ。ねぇ旦那様」
「あぁ。ただ、体調が少しでも悪くなったら直ぐに言うんだぞ。ルネは人酔いし易いようだから」
「はい、父上」
お披露目会は終わったらしい。いそいそとドレスをしまい込む妹から離れ、近寄ってきた父上がわしゃわしゃと大きな手で俺の頭を撫でてくれる。それに擦り寄れば、彼は「ルネは甘え上手だな」と笑った。
『キミは可愛いなァ。どうやったらボクがキュンキュンするかちゃーんとわかってるでしょォ』
「…サ………父上が好きと言って下さるから」
「あぁなんて可愛い兄様!ねぇ兄様、私も図書館についていってもいい?」
「駄目。おまえうるっせぇから」
「なんて可愛くない兄様!!」
心外、とばかりに大袈裟に頬を膨らませる妹。こいつも何だかんだ可愛い俺の家族だ。
母と手を繋ぎながらやってきた図書館は、とてつもなく大きく古かった。300年前の流行りの建築方法で建てられた古典的なの建物は、古びてはいるものの美しく荘厳な雰囲気を保っていた。
華やかなギルド街の中心部(ちょっと西寄り)にありながらも、全く外の喧騒に惑わされない空気感は、何処か異彩を放っている。
なんだここか。なんてちょっと興ざめしたような気持ちになりながらも、自由に外を出歩いていた時分によくお邪魔していた場所に懐かしさを感じる自分もいて。
「どうしたの?入りましょう?」
「はい、母上」
10歳の俺の身の丈10倍くらいはありそうな、繊細かつ複雑な模様が掘られた扉の前に立つ。すると、扉にかけられた感知魔法が俺達を認識し、重い音を立てて扉が開き始めた。
ちなみに父上と妹はお留守番である。母上もそこそこ強いらしいので。いや俺の方が強いけど。
「……おやおや、随分と小さなお客様だ」
「この子がどうしても、と言っておりまして」
「まだ幼いのに、随分と将来有望な少年ですな」
玄関口に立った俺達に声を掛けてきた職員らしき老人が母と小さな声で語らうのを片耳に聞きつつ、俺はチラチラと巨大な吹き抜けの室内を見回す。
本棚には小型の昇降機が至る所に設置されていて、どう考えても手の届かない高さにある本を取りに行くことが出来るらしい。空中にも浮遊魔法でいくつかの本棚が浮かんでいて、それ等はーーあぁ、どうやら禁書らしい。許可を受けた人間の前以外のところには降りてこない仕様だ。
ふよふよと浮かんでいる本は、この図書館の館長の魔法で元の場所に返却されるらしい。
300年前は自分で戻しに行かされたことを考えると、この図書館内でも時代は進んでいるみたいだ。
「中央にある『検索機』は、読みたい本の種別や著者名、本の名前を打ち込めばその場所を教えてくれるからの」
「ご丁寧にありがとうございます。ルネ、行きましょうか」
「……いえ。場所、見付けたので使わなくて大丈夫です」
万が一検索履歴から不審がられるような事があってはならない。
記憶を辿って歴史書がおかれていた場所を探すと、そこには変わらず[歴史]と書かれた看板がチビにでもわかる場所に立てかけられていた。
ちらりとそちらを一瞥しながらそう呟くと、母上の体越しに老人の視線を感じた。……やばい。適当に使ったふりとかしとけば良かったか。
老人は無理に俺のほうをのぞき込もうとはしなかったが、じろじろと俺を観察しているようだ。思わず母親の体に隠れるようにして視線から逃れようとすると、何故か母上は嬉しそうに「まぁ」とつぶやいた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる