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わたしが学園内のカフェテリアで 寛いでいると、そこから見える中庭の噴水付近に、男女入り混じった十人前後の集団がいて、彼らが楽し気に談笑する様子が目に入ってきた。
不機嫌になったわたしの眉間に、自然としわが寄ってしまう。
彼らの中心にいるのはわたしの婚約者、ローアン伯爵家のディノだ。彼の美しいプラチナブロンドの髪は太陽光を受けて光り輝き、遠目にもひときわ目立っている。
もう少し近ければ、透明感のあるアイスブルーの瞳もよく見えるのだろうが、生憎ここからは瞳の色までは見えやしない。
なにを話しているのかディノの機嫌はとても良く、満面の笑みを浮かべているのが見て取れた。
無意識にディノを睨みつけていたわたしの耳に、同じテーブルに着いていた友人、侯爵家の令息であるルッツの呟きが聞こえてきた。
「彼のあんな笑顔、君の側にいる時には見たことなかったね」
見るとルッツはニヤニヤしていて、今の言葉がわたしを揶揄うためのものだと分かり、それがまたわたしを苛立たせる。
「うるさい」
短く言い捨てると、それを聞いたルッツが、さも面白くてたまらないといった風に笑った。
「ははっ、その顔! ステファン、君もしかして、彼の友人たちに妬いているのかい?」
「そんなワケあるか。……ただ少し、ディノの豹変振りを怪しんでいるだけだ。なにか企んでいるのではないかと」
吐き捨てるように答えたわたしに、ルッツが肩を竦めてみせた。
「まあ、君が疑うのも理解できるよ。近頃のディノ殿、以前とはまるで別人のようだものな」
「その通りだ。悪い変化ではないが、それにしても、あまりにもおかしい」
ここ最近、ディノが友人たちと親し気に過ごす姿を、学園の至る所で頻繁に目にするようになった。
ほんの少し前までディノには友人がなく、暇さえあればわたしのところにやってきて、鬱陶しく色目を使いながらすり寄ってきていたというのに、一体なにがあったのだろう。短時間であまりに変わりすぎだ。
あれだけしつこくかまって欲しがっていたディノは、今ではわたしに近寄ろうとせず、どちらかと言えば避けるような態度を取るようになっている。
たまに校内ですれ違う時、ディノはわたしに軽く会釈すると、そそくさと逃げるように場を離れて行ってしまう。
そんな彼の態度を、最初の頃はわたしも喜んでいた。婚約者とはいえ、いつもベタベタしてくるディノを煩わしく思っていたし、そもそも自分勝手で傲慢で甘ったれた性格の彼のことを、わたしは嫌っていたからだ。
つまり今回のディノの変化は、わたしにとって大歓迎と言えるものだった。近寄らないでくれるなら有難いばかりであり、ずっとこのままだといいのにと本気で思っていた。
そう、思っていたはずなのに……。
どうしたワケか、なぜかモヤッとするのだ。
きっとディノのあまりの変わりようが異常すぎて、わたしがそれを怪しみ、訝しんでいるからだろうと思う。あれは猫を被っているだけで、本性は以前のままの性悪に違いない。なぜなら、人はそう簡単に変われるものではないからだ。
すぐに化けの皮は剥がれるだろう。わたしはそう思い、遠くから彼の様子を観察していた。
それなのに……。
ディノはいつまで経っても善人のままだ。
学園内で耳にするディノの噂話も、以前とは違い、そのほとんどが彼を褒めるものばかりになっている。
曰く、最近のディノは優しくなった。誰にでも笑顔で接するし、傲慢さも消えた。勉学にも励むようになり、昼休みや放課後、自分を含めた勉強のできない生徒と、逆に優秀な生徒とを集め、皆で仲良く勉強会をしているという。顕著だった選民思想もすっかり消え去り、今では下位貴族の子息子女とも友人として付き合っているらしい。
元々が他に類を見ない程の美貌を持つディノである。いつも不機嫌で、人を見下すような態度だった頃とは違い、機嫌よく笑顔を頻繁に見せる彼は、さながら天使の様だと学園で人気急上昇中だし、その噂は社交界にも広がっているらしい。
ここ最近のディノを知っている者は口を揃えて言う。
ディノと一緒にいると楽しい。以前とは違ってよく笑い、なにをするにも楽しそうで、見ているだけで自分も楽しくなってくる。身分の隔たりなく誰とでもすぐに親しくなり、その縁を広げていくことがとても上手い。彼の側にいるだけでその恩恵にあずかることができ、ただ一緒に楽しく過ごしているだけで、自分の人脈も自然に広がってきている。
熱心にそんなことを語った後に、男も女も口を揃えてこう言うのだ。
「彼の婚約者だなんて、あなたのことがとても羨ましい」
ディノが変わる前はいつも同情の目を向けられ、こう言われたものだった。
「あなたのような人の婚約者があんなヤツだなんて……残念なことです」
それが今や、わたしは周囲から羨望の目で見られるようになっている。ディノの婚約者であることが羨ましいと、できることなら自分こそが彼の婚約者になりたかったと、皆そう言うのだ。
ディノが本当に、本当の意味で変わったのなら、それは喜ばしいことに違いない。
けれどもわたしはそれを確信できないでいる。それはディノがわたしを避けてばかりいて、そのせいで変化後の彼と話すことさえできずにいるからだ。
それなのに。
婚約者のわたしでさえそういった状態なのに、わたし以外の生徒たちは、日に日に彼との交友を深めていき、楽しい時間を共有しているのだ。
今も噴水のそばで友人たちとなにかを語らい、笑い合い、楽しそうにしているディノ。そして、それを遠くから眺めることしかできずにいるわたし。
なんだかこの状態は、まるで。
そう、まるで……。
「自分だけ蚊帳の外な気がして、嫌な気分なんだろう? 悔しいんだよね?」
ルッツの言葉があまりにも核心をついていて、わたしは眉間のシワを更に深くした。そんなわたしにルッツが追い打ちをかけてくる。
「さっきも言ったけど、それって嫉妬だよ。間違いなく、ね」
それに対して、だから違うと言っているだろうと怒鳴り返すことは、最早わたしにはできなかった。
そう、恐らくわたしはディノの友人たちに嫉妬しているのだ。そして、ディノに対しては怒りを感じている。
ディノが良い方向に変わったのは喜ばしいことである。いずれ彼を伴侶に迎えるわたしにとって、歓迎すべきことだからだ。
しかし、どうしてディノはその変化をわたしにアピールしないのだろう。あれほどわたしを好きだと言っていたくせに、しつこいほど纏わりついていたくせに……。
本来、婚約者であるわたしにこそ、ディノの美しい笑顔は向けられるべきだ。それなのに、ディノはわたしを避け、他の人間とばかり交流をはかり、その笑顔を惜し気もなく振りまいている。
イラッとする。本当に嫌な気分だ。
以前のディノのことを、わたしは本気で嫌っていた。わたしたちの婚約は政略的なもので、そこに愛情は一切なかった。
けれども今も覚えている。八才で初めてディノと会った時、そのあまりの可愛さにわたしは彼に見惚れた。本物の天使に会ったと思った。こんなに可愛い子が婚約者になってくれるなんて、わたしはなんて幸運なのだと幼心に神に感謝さえしたくらいだ。
その恋心は、ディノの我儘で自分勝手で横暴な性格を知って、すぐに壊れて消えてしまった。あの時、どれほど悲しかったことか。そんな想いもあって、わたしは余計にディノを嫌うようになったのだ。
けれども、今のディノならば。
わたしはもう一度、彼を好きになれるかもしれない。
生まれてすぐに散ってしまった、あの可哀想な初恋を蘇らせることができるかもしれない。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「……行ってくる」
急に立ち上がったわたしに、ルッツが不思議そうに首を傾げた。
「どこに?」
「ディノのところへだ。本当に変わったのか、自分の目で直に確かめる」
噴水へと歩き出したわたしの背中からルッツの声が聞こえてくる。
「もし本当に彼が変わったのだとしたら、どうする気だい?」
「それは……」
容姿が美しく、性格も良くなった自分の婚約者、しかも初恋の相手をどうするか。
そんなもの、答えは一つに決まっている。
「溺愛してどろどろに甘やかして、わたし以外に目がいかないようにする」
「ははっ、それいいね。がんばって!」
ルッツの激励に手を上げて応えると、わたしはディノの元へと急ぎ向かったのだった。
不機嫌になったわたしの眉間に、自然としわが寄ってしまう。
彼らの中心にいるのはわたしの婚約者、ローアン伯爵家のディノだ。彼の美しいプラチナブロンドの髪は太陽光を受けて光り輝き、遠目にもひときわ目立っている。
もう少し近ければ、透明感のあるアイスブルーの瞳もよく見えるのだろうが、生憎ここからは瞳の色までは見えやしない。
なにを話しているのかディノの機嫌はとても良く、満面の笑みを浮かべているのが見て取れた。
無意識にディノを睨みつけていたわたしの耳に、同じテーブルに着いていた友人、侯爵家の令息であるルッツの呟きが聞こえてきた。
「彼のあんな笑顔、君の側にいる時には見たことなかったね」
見るとルッツはニヤニヤしていて、今の言葉がわたしを揶揄うためのものだと分かり、それがまたわたしを苛立たせる。
「うるさい」
短く言い捨てると、それを聞いたルッツが、さも面白くてたまらないといった風に笑った。
「ははっ、その顔! ステファン、君もしかして、彼の友人たちに妬いているのかい?」
「そんなワケあるか。……ただ少し、ディノの豹変振りを怪しんでいるだけだ。なにか企んでいるのではないかと」
吐き捨てるように答えたわたしに、ルッツが肩を竦めてみせた。
「まあ、君が疑うのも理解できるよ。近頃のディノ殿、以前とはまるで別人のようだものな」
「その通りだ。悪い変化ではないが、それにしても、あまりにもおかしい」
ここ最近、ディノが友人たちと親し気に過ごす姿を、学園の至る所で頻繁に目にするようになった。
ほんの少し前までディノには友人がなく、暇さえあればわたしのところにやってきて、鬱陶しく色目を使いながらすり寄ってきていたというのに、一体なにがあったのだろう。短時間であまりに変わりすぎだ。
あれだけしつこくかまって欲しがっていたディノは、今ではわたしに近寄ろうとせず、どちらかと言えば避けるような態度を取るようになっている。
たまに校内ですれ違う時、ディノはわたしに軽く会釈すると、そそくさと逃げるように場を離れて行ってしまう。
そんな彼の態度を、最初の頃はわたしも喜んでいた。婚約者とはいえ、いつもベタベタしてくるディノを煩わしく思っていたし、そもそも自分勝手で傲慢で甘ったれた性格の彼のことを、わたしは嫌っていたからだ。
つまり今回のディノの変化は、わたしにとって大歓迎と言えるものだった。近寄らないでくれるなら有難いばかりであり、ずっとこのままだといいのにと本気で思っていた。
そう、思っていたはずなのに……。
どうしたワケか、なぜかモヤッとするのだ。
きっとディノのあまりの変わりようが異常すぎて、わたしがそれを怪しみ、訝しんでいるからだろうと思う。あれは猫を被っているだけで、本性は以前のままの性悪に違いない。なぜなら、人はそう簡単に変われるものではないからだ。
すぐに化けの皮は剥がれるだろう。わたしはそう思い、遠くから彼の様子を観察していた。
それなのに……。
ディノはいつまで経っても善人のままだ。
学園内で耳にするディノの噂話も、以前とは違い、そのほとんどが彼を褒めるものばかりになっている。
曰く、最近のディノは優しくなった。誰にでも笑顔で接するし、傲慢さも消えた。勉学にも励むようになり、昼休みや放課後、自分を含めた勉強のできない生徒と、逆に優秀な生徒とを集め、皆で仲良く勉強会をしているという。顕著だった選民思想もすっかり消え去り、今では下位貴族の子息子女とも友人として付き合っているらしい。
元々が他に類を見ない程の美貌を持つディノである。いつも不機嫌で、人を見下すような態度だった頃とは違い、機嫌よく笑顔を頻繁に見せる彼は、さながら天使の様だと学園で人気急上昇中だし、その噂は社交界にも広がっているらしい。
ここ最近のディノを知っている者は口を揃えて言う。
ディノと一緒にいると楽しい。以前とは違ってよく笑い、なにをするにも楽しそうで、見ているだけで自分も楽しくなってくる。身分の隔たりなく誰とでもすぐに親しくなり、その縁を広げていくことがとても上手い。彼の側にいるだけでその恩恵にあずかることができ、ただ一緒に楽しく過ごしているだけで、自分の人脈も自然に広がってきている。
熱心にそんなことを語った後に、男も女も口を揃えてこう言うのだ。
「彼の婚約者だなんて、あなたのことがとても羨ましい」
ディノが変わる前はいつも同情の目を向けられ、こう言われたものだった。
「あなたのような人の婚約者があんなヤツだなんて……残念なことです」
それが今や、わたしは周囲から羨望の目で見られるようになっている。ディノの婚約者であることが羨ましいと、できることなら自分こそが彼の婚約者になりたかったと、皆そう言うのだ。
ディノが本当に、本当の意味で変わったのなら、それは喜ばしいことに違いない。
けれどもわたしはそれを確信できないでいる。それはディノがわたしを避けてばかりいて、そのせいで変化後の彼と話すことさえできずにいるからだ。
それなのに。
婚約者のわたしでさえそういった状態なのに、わたし以外の生徒たちは、日に日に彼との交友を深めていき、楽しい時間を共有しているのだ。
今も噴水のそばで友人たちとなにかを語らい、笑い合い、楽しそうにしているディノ。そして、それを遠くから眺めることしかできずにいるわたし。
なんだかこの状態は、まるで。
そう、まるで……。
「自分だけ蚊帳の外な気がして、嫌な気分なんだろう? 悔しいんだよね?」
ルッツの言葉があまりにも核心をついていて、わたしは眉間のシワを更に深くした。そんなわたしにルッツが追い打ちをかけてくる。
「さっきも言ったけど、それって嫉妬だよ。間違いなく、ね」
それに対して、だから違うと言っているだろうと怒鳴り返すことは、最早わたしにはできなかった。
そう、恐らくわたしはディノの友人たちに嫉妬しているのだ。そして、ディノに対しては怒りを感じている。
ディノが良い方向に変わったのは喜ばしいことである。いずれ彼を伴侶に迎えるわたしにとって、歓迎すべきことだからだ。
しかし、どうしてディノはその変化をわたしにアピールしないのだろう。あれほどわたしを好きだと言っていたくせに、しつこいほど纏わりついていたくせに……。
本来、婚約者であるわたしにこそ、ディノの美しい笑顔は向けられるべきだ。それなのに、ディノはわたしを避け、他の人間とばかり交流をはかり、その笑顔を惜し気もなく振りまいている。
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けれども、今のディノならば。
わたしはもう一度、彼を好きになれるかもしれない。
生まれてすぐに散ってしまった、あの可哀想な初恋を蘇らせることができるかもしれない。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「……行ってくる」
急に立ち上がったわたしに、ルッツが不思議そうに首を傾げた。
「どこに?」
「ディノのところへだ。本当に変わったのか、自分の目で直に確かめる」
噴水へと歩き出したわたしの背中からルッツの声が聞こえてくる。
「もし本当に彼が変わったのだとしたら、どうする気だい?」
「それは……」
容姿が美しく、性格も良くなった自分の婚約者、しかも初恋の相手をどうするか。
そんなもの、答えは一つに決まっている。
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