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直樹には、幼い頃から何度も聞かされてきた話がある。それは、両親が第二子に女の子を望んでいたという話で、だから妊娠した子の性別チェックで医者から「男の子です」と言われた瞬間、二人して心底ガッカリしたのだそうだ。
「でもね、直樹はとっても良い子でねぇ。言うことをよくきくし、大人しいし。やんちゃ過ぎたお兄ちゃんと違ってまったく手がかからなくて、ホント、助かったわよ」
そう言って母は直樹の頭をよしよしと撫でてくれた。父も隣で笑顔で頷いている。
なるほど、と直樹は思った。自分が親に愛されているのは”良い子”だかららしい。女の子ではなかったために、生まれる前から両親をガッカリさせた自分は”良い子”でなければ親に愛される存在ではないのだ。
幼い直樹はそう理解した。
実際、兄が小学校に上がるまでは仕事をせずに家にいた母だが、直樹の時には生後半年から保育園に預けて仕事に復帰した。兄のためには六年犠牲にできた時間も、直樹のためには半年が限度だったということか。
勿論、両親は直樹のことを邪魔に思っていたわけではないし、上の子と同じだけの愛情を持っていた。女の子じゃなくてガッカリしたという話も「そんなこともあったねー、今は直樹にはなんの不満もないし、むしろ素晴らしい子を授かって感謝してるけど」という気持ちがあるから、笑い話としてなんの後ろ暗いところもなく口に出せるのだ。
直樹が生まれて半年後に仕事復帰したことだって、都合よく保育園の空きがあったことと、買ったばかりの新築マンションの住宅ローンを早く返済したいという気持ちがあったからだ。決して直樹を蔑ろにしたわけではない。
しかし、そういった本音の部分は一切聞かせてもらえず、笑い話のガッカリした部分だけを何度も聞かされて育った直樹に、そんなことが分かる筈がない。
”良い子”でなければ両親にすら愛される資格のない人間。だから自分はいつも”良い子”でいなければならない。そう信じている直樹は、保育園や小学校では当然のこと、家の中でも我儘を言わない真面目で物静かな子供だった。
そんな”良い子”である直樹は、マンションに住む子供たちとも率先して仲良く遊んだ。当時は子供がたくさんいて、その中には女の子も多くいたのだが、彼女たちの行動は直樹の首をいつも傾げさせてばかりいた。
女の子たちはよく仲間内で虐めをしていた。その理由が、かなり理不尽だったからである。
男の子が誰かを虐める場合、そのほとんどが虐められる側に非があることが多い。しかし、女の子の虐めは、むしろ虐める側に非があることが多かった。
あの子、カワイイくて男の子に好かれるから嫌い。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
誰にでも優しくて親切で八方美人でムカつく。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
いつも可愛い服ばかり着てる。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
ピアノがあたしより上手で生意気。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
直樹の目には、女の子という生き物は最低の屑ばかりに見えた。そして思った。どうして両親はあんな生き物を欲しいと思ったのだろう。自分より価値が上だと考えているのだろう。
もしかすると、両親は頭がおかしいのかも。同じ様な屑だから、同類の屑が欲しかったのかも。だったら、そんな屑とはあまり深い関係にならない方がいいに決まっている。
両親も女の子ではない自分に興味がないだろうし、こっちも屑とは仲良くしたいと思わない。だったら距離を取って付き合うことは正しいのではないだろうか。直樹はそんなことを思ったのだった。
とはいえ、同じ家で暮らしているし、生活のすべてを両親に頼って生きているワケだから、今後も”良い子”は続けよう。仲良くなりたいとは思わないけれど、波風立てたいわけでもない。
そんな風に、”良い子”の仮面をかぶり続けている内に、直樹はいつの間にか小学校の最終学年になっていた。そして、その年の春、公園の片隅で泣いている真と出会ったのだった。
初めて見た時、なんてかわいい子だろうと思った。流す涙がとってもきれいで、まるで缶に入っているドロップの飴みたいだと思った。
家に連れて帰って話を聞くと、隣に住む真という名のその子は、友達ができず、妊娠した母親からも構ってもらえず、心に孤独を抱えた可哀想な少年だということが分かった。
その真の抱える孤独は、両親から必要とされていないと思っている直樹の孤独と少し似ていて、それが真に対する大きな庇護欲と仲間意識に繋がった。だから直樹は真に優しくした。
”良い子”でいるためにいつも被っている仮面を、直樹は真の前でだけは外し、素の部分で接した。そして真は、驚くほど急速に直樹に懐いていった。幼稚園が終わると毎日のように遊びに来るようになった。直樹としても真が遊びに来てくれて嬉しかった。
かわいいかわいい真。
”良い子”でなければ両親にすら認めてもらえない自分を、ありのままの姿で好きだと言ってくれる。なにもしなくても、ただ一緒にいるだけで楽しいと、嬉しいのだと言ってくれる。
いつの間にか、真は直樹にとって世界一大切な存在になっていた。
真が慕ってくれるから、直樹はやっと楽に呼吸ができるようになった。自分という存在に価値があり、生きていてもいいのだと思えるようになったのは、真が全幅の信頼を向けてくれるからだ。会うたびに好きだと言ってくれるからだ。
幼い頃から”良い子”をずっと演じてきたあまり、自分の素がどれだか分からなくなってしまうことの多い直樹だが、真と一緒にいる時だけは自分自身を楽に思い出すことができた。
なによりも大切で愛おしい存在である真。
直樹が心理学に興味を持った最初のきっかけは、近所に住む女の子たちの理解不能な虐めを目の当たりにしたことだった。両親によると、彼女たちには直樹よりも高い価値があるらしい。そんな不可解な思考を持つ両親に、価値がある存在だと思ってもらうために”良い子”を演じる自分というちっぽけな存在。そんな自分が教師や友人たちから好かれていて、高く評価されているその理由。
不思議に満ちた世の中の諸々の疑問を解決する手段として、直樹は心理学に強い興味を持ったのだった。図書館で心理学に関する本を借りて、それらをたくさん読みまくった。そうすることで心理学に対する知識は増え、興味が更に強まった。
そうやって手に入れた知識と自分の考えを交えて使い、真を少しずつポジティブ思考に導いた。前向きになり、明るくなり、自分の意見を他人に言える強さと自信を持つ人間に、真は少しずつ変わっていった。
それだけではなく、直樹は真に勉強も教えた。読書の楽しさも教えた。真の今後の人生には運動神経もある程度は必要と思い、自分が通っている合気道の道場に真が興味を持つよう、そこでの楽しさを何気なく日常会話に盛り込んで聞かせ続けた。
会話が上手になるよう自分は聞き上手に徹して、その日にあったことを起承転結分かりやすく人に説明する練習を毎日させた。
友人をたくさん作ることの大切さを話して聞かせた。
真は驚くほど直樹の思う通りに成長していった。数年が過ぎる頃には、公園の片隅で独りぼっちで泣いていた真の面影は、もうどこにも見られなくなっていた。
いつも控えめで謙虚な性格をしているのにも関わらず、話すと気さくて明るくて面白い。教室でもいつも多くの友人に慕われているが、傲慢なところや人を見下すところは少しもない。
直樹と出会ってからの真は、まるで別人のように変わった。
そして、誰よりも自分の変化を実感し、直樹を神のように崇拝し、尊敬し、憧れているのは真自身だった。それらの思いがすべて一つにまとまって、今、真は執着ともいうべき強い想いを持って、直樹に恋心を抱いている。
すべて、直樹の計画通りだった。
「でもね、直樹はとっても良い子でねぇ。言うことをよくきくし、大人しいし。やんちゃ過ぎたお兄ちゃんと違ってまったく手がかからなくて、ホント、助かったわよ」
そう言って母は直樹の頭をよしよしと撫でてくれた。父も隣で笑顔で頷いている。
なるほど、と直樹は思った。自分が親に愛されているのは”良い子”だかららしい。女の子ではなかったために、生まれる前から両親をガッカリさせた自分は”良い子”でなければ親に愛される存在ではないのだ。
幼い直樹はそう理解した。
実際、兄が小学校に上がるまでは仕事をせずに家にいた母だが、直樹の時には生後半年から保育園に預けて仕事に復帰した。兄のためには六年犠牲にできた時間も、直樹のためには半年が限度だったということか。
勿論、両親は直樹のことを邪魔に思っていたわけではないし、上の子と同じだけの愛情を持っていた。女の子じゃなくてガッカリしたという話も「そんなこともあったねー、今は直樹にはなんの不満もないし、むしろ素晴らしい子を授かって感謝してるけど」という気持ちがあるから、笑い話としてなんの後ろ暗いところもなく口に出せるのだ。
直樹が生まれて半年後に仕事復帰したことだって、都合よく保育園の空きがあったことと、買ったばかりの新築マンションの住宅ローンを早く返済したいという気持ちがあったからだ。決して直樹を蔑ろにしたわけではない。
しかし、そういった本音の部分は一切聞かせてもらえず、笑い話のガッカリした部分だけを何度も聞かされて育った直樹に、そんなことが分かる筈がない。
”良い子”でなければ両親にすら愛される資格のない人間。だから自分はいつも”良い子”でいなければならない。そう信じている直樹は、保育園や小学校では当然のこと、家の中でも我儘を言わない真面目で物静かな子供だった。
そんな”良い子”である直樹は、マンションに住む子供たちとも率先して仲良く遊んだ。当時は子供がたくさんいて、その中には女の子も多くいたのだが、彼女たちの行動は直樹の首をいつも傾げさせてばかりいた。
女の子たちはよく仲間内で虐めをしていた。その理由が、かなり理不尽だったからである。
男の子が誰かを虐める場合、そのほとんどが虐められる側に非があることが多い。しかし、女の子の虐めは、むしろ虐める側に非があることが多かった。
あの子、カワイイくて男の子に好かれるから嫌い。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
誰にでも優しくて親切で八方美人でムカつく。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
いつも可愛い服ばかり着てる。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
ピアノがあたしより上手で生意気。ねえ、みんなで虐めちゃおう!
直樹の目には、女の子という生き物は最低の屑ばかりに見えた。そして思った。どうして両親はあんな生き物を欲しいと思ったのだろう。自分より価値が上だと考えているのだろう。
もしかすると、両親は頭がおかしいのかも。同じ様な屑だから、同類の屑が欲しかったのかも。だったら、そんな屑とはあまり深い関係にならない方がいいに決まっている。
両親も女の子ではない自分に興味がないだろうし、こっちも屑とは仲良くしたいと思わない。だったら距離を取って付き合うことは正しいのではないだろうか。直樹はそんなことを思ったのだった。
とはいえ、同じ家で暮らしているし、生活のすべてを両親に頼って生きているワケだから、今後も”良い子”は続けよう。仲良くなりたいとは思わないけれど、波風立てたいわけでもない。
そんな風に、”良い子”の仮面をかぶり続けている内に、直樹はいつの間にか小学校の最終学年になっていた。そして、その年の春、公園の片隅で泣いている真と出会ったのだった。
初めて見た時、なんてかわいい子だろうと思った。流す涙がとってもきれいで、まるで缶に入っているドロップの飴みたいだと思った。
家に連れて帰って話を聞くと、隣に住む真という名のその子は、友達ができず、妊娠した母親からも構ってもらえず、心に孤独を抱えた可哀想な少年だということが分かった。
その真の抱える孤独は、両親から必要とされていないと思っている直樹の孤独と少し似ていて、それが真に対する大きな庇護欲と仲間意識に繋がった。だから直樹は真に優しくした。
”良い子”でいるためにいつも被っている仮面を、直樹は真の前でだけは外し、素の部分で接した。そして真は、驚くほど急速に直樹に懐いていった。幼稚園が終わると毎日のように遊びに来るようになった。直樹としても真が遊びに来てくれて嬉しかった。
かわいいかわいい真。
”良い子”でなければ両親にすら認めてもらえない自分を、ありのままの姿で好きだと言ってくれる。なにもしなくても、ただ一緒にいるだけで楽しいと、嬉しいのだと言ってくれる。
いつの間にか、真は直樹にとって世界一大切な存在になっていた。
真が慕ってくれるから、直樹はやっと楽に呼吸ができるようになった。自分という存在に価値があり、生きていてもいいのだと思えるようになったのは、真が全幅の信頼を向けてくれるからだ。会うたびに好きだと言ってくれるからだ。
幼い頃から”良い子”をずっと演じてきたあまり、自分の素がどれだか分からなくなってしまうことの多い直樹だが、真と一緒にいる時だけは自分自身を楽に思い出すことができた。
なによりも大切で愛おしい存在である真。
直樹が心理学に興味を持った最初のきっかけは、近所に住む女の子たちの理解不能な虐めを目の当たりにしたことだった。両親によると、彼女たちには直樹よりも高い価値があるらしい。そんな不可解な思考を持つ両親に、価値がある存在だと思ってもらうために”良い子”を演じる自分というちっぽけな存在。そんな自分が教師や友人たちから好かれていて、高く評価されているその理由。
不思議に満ちた世の中の諸々の疑問を解決する手段として、直樹は心理学に強い興味を持ったのだった。図書館で心理学に関する本を借りて、それらをたくさん読みまくった。そうすることで心理学に対する知識は増え、興味が更に強まった。
そうやって手に入れた知識と自分の考えを交えて使い、真を少しずつポジティブ思考に導いた。前向きになり、明るくなり、自分の意見を他人に言える強さと自信を持つ人間に、真は少しずつ変わっていった。
それだけではなく、直樹は真に勉強も教えた。読書の楽しさも教えた。真の今後の人生には運動神経もある程度は必要と思い、自分が通っている合気道の道場に真が興味を持つよう、そこでの楽しさを何気なく日常会話に盛り込んで聞かせ続けた。
会話が上手になるよう自分は聞き上手に徹して、その日にあったことを起承転結分かりやすく人に説明する練習を毎日させた。
友人をたくさん作ることの大切さを話して聞かせた。
真は驚くほど直樹の思う通りに成長していった。数年が過ぎる頃には、公園の片隅で独りぼっちで泣いていた真の面影は、もうどこにも見られなくなっていた。
いつも控えめで謙虚な性格をしているのにも関わらず、話すと気さくて明るくて面白い。教室でもいつも多くの友人に慕われているが、傲慢なところや人を見下すところは少しもない。
直樹と出会ってからの真は、まるで別人のように変わった。
そして、誰よりも自分の変化を実感し、直樹を神のように崇拝し、尊敬し、憧れているのは真自身だった。それらの思いがすべて一つにまとまって、今、真は執着ともいうべき強い想いを持って、直樹に恋心を抱いている。
すべて、直樹の計画通りだった。
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