お隣の大好きな人

鳴海

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 それは直樹が中学三年生の秋のことだった。

 この頃の直樹は、学校から帰宅するとすぐに机に向かって勉強をしていた。高校受験のためである。

 真は相変わらず直樹の家に遊びに来ていたが、勉強の邪魔は決してせず、部屋の隅で静かに宿題をしたり、本を読んだりしていた。そして、夕飯の時間になると家に帰っていく。

 そんな真を見て、直樹は構ってあげられないことを申し訳なく思っていた。だから、自分からは決して声をかけてこない真に、直樹の方からたまに声をかけて話を聞いてあげることにしていた。

 そうすると、真は学校での楽しかったことや困ったことや不思議に思ったことなどを、勉強の邪魔になっていないかと遠慮がちに、でも話しかけてもらったことが堪らなく嬉しいといった顔をして、直樹に一生懸命話すのだ。

 そんな真がかわいくて、直樹もついつい何度も休憩して真に話しかけてしまう。そういった日々が続いていた。

 そして、ある日の夕方のこと。
 学校から帰ってきて一時間。ずっと勉強していた直樹だったが、ふと参考書から顔を上げた時に目に入ってきた時計を見て、しまった、と慌てた。真が家に帰る時間まで、あとわずかしかない。勉強に集中するあまり、今日はまだ一度も真に話しかけてあげていなかったのである。

 すぐに休憩を取ることにして、部屋の隅にいた真を呼んで一緒にベッドに腰を下ろし、くだらない雑談をして笑い合った。

 しばらくすると、真が何かを思い出したような顔をして直樹を見上げた。

「ねえ直樹くん、前に話した友達の太一って子のこと、覚えてる?」
「ああ、元気のいい運動神経の良い子だろう? 覚えてるよ」
「その太一がね、最近彼女を作ったんだよ。同じクラスの加奈ちゃん。学年で一番カワイイって評判の子」

 小三で彼女とは早いなと直樹は思ったが、それは口に出さなかった。

「それで?」
「太一がいつも自慢するんだ。加奈ちゃんとキスしたって。ねえ、直樹くん。キスってそんなにいいモノなの? 口と口をくっつけるだけだよね? 僕にはなにがいいのか分からないんだけど、直樹くんは分かる?」

 いきなりデリケートな質問を真からされて驚き、直樹はゴホッと咳き込んだ。が、質問された以上、しっかり答えてやる責任が年長者の自分にはある。そう思った直樹は大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、真面目な顔をして真をまっすぐに見た。

「マコ、キスっていうのはな、好きな者同士が気持ちを確かめ合うためにする、とても大切な行為なんだ。ただ口と口をくっつけてるワケじゃないんだぞ」
「へぇ~、そうだったんだ! じゃあ、太一が自慢するのは当然のことなんだね。だって、恋人の加奈ちゃんと好きな気持ちを確かめ合ったってことなんだから」
「まあ、そういうことだな」
「そっかぁ……ねえ、直樹くん、キスってするとどんな感じなのかな?」
「え?!」

 自慢じゃないが、直樹にはこれまで彼女がいたことがない。当然、キスも未経験だ。しかし、直樹くらいの年になると、友達の中にはキスの経験者くらい何人もいるものだ。そんな彼らから聞かされた自慢話のいくつかを思い出し、直樹はそれを真に話してあげることにした。

「キスはな、好きな人とすると、唇が温かくて心が気持ち良くなるものらしい。俺も人から聞いた話だけどな」
「好きな人とすると気持ちがいいの? だったら僕、直樹くんとキスがしたい」
「ええっ! だ、ダメだ、俺とキスなんて、していい筈ないだろう?!」

 直樹が大慌てで首を横にブンブン振ると、真は大きな目を涙で潤ませた。

「どうして? もしかして直樹くん、本当は僕のことが嫌いなの? だから僕とキスできないの?」

 真の涙を見た直樹は焦りに焦った。

「ち、違う! 俺がマコのこと嫌いなワケないだろう! そうじゃなくって、俺とマコは男同士じゃないか、だからキスなんて――」
「男同士は好きでもキスしちゃダメなの? どうして?」

 直樹はハッとなった。
 これはさっきのキスのこと以上に、非常にデリケートな問題だ。世の中には異性愛者もいれば同性愛者もいる。どちらも正しいし、どちらも間違っていない。

 けれども、それをどういう風に真に説明すればいいのか、直樹には分からなかった。

 どうしよう、どう言えばいいのだろう。
 取り合えず、これだけは言っておかなければ。

「マコ、男同士だからって、キスしちゃダメってことはないよ」
「だったら、僕は直樹くんとキスがしてみたいな。直樹くん、しよう?」
「あー、いや、でも……」
「嫌なの? やっぱり直樹くんは僕のことが本当は嫌いなんだ。だからキスできないんだ」

 泣きそうな顔になっている真を見て、直樹はまた焦ってしまう。

「いや、俺はマコのことが大好きだぞ!」
「だったらどうしてキスはダメなの? 好き同士はキスするんでしょう?」
「そ、それはそうだけど」
「直樹くんは僕のことが大好きなんだよね? 僕も直樹くんが大好き。大好き同士はキスしてもいいんじゃないの?」
「で、でも……俺たちは男――」
「男同士でも好きならキスしていいってさっき……」
「あ、ああ、それは勿論そうだ」
「じゃあ、キスしようよ。僕と直樹くんは好き同士でしょう?」
「う、うん」
「男同士はキスしちゃダメ?」
「ダメじゃない、それは全然ダメじゃない!」
「それなら、僕たちがキスしておかしくないよね? しない方がおかしいよ」
「それは……」
「ねえ、しよう?」

 そう言って真は目を閉じると、顔を直樹の方につき出した。キス待ち顔の真はすごくかわいい。

「マ、マコ……」

 気が付くと、直樹の身体は勝手に動き、真にキスしていた。
 温かくて柔らかい感触が、唇を通じて直樹に伝わってくる。

 これがキスか。確かに気持ちいい。
 直樹がそう思った時、閉じていた目を真が開き、頬を赤らめてフワリと笑った。

「直樹くん、キスってすごく気持ちいいね。もう一回しよう?」

 請われるままに直樹がもう一度キスすると、真がもう一回とまたねだってきた。だからまた直樹はキスをした。唇が離れると真がまたすぐにキスをねだってくる。

 それを何度も繰り返す内、唇の触れ合う時間が少しずつ長くなっていき、いつの間にか二人は舌を絡め合う深いキスをしていた。それは触れ合うだけの軽いキスより更に気持ちよく、二人は夢中になってお互いの舌を求め合った。


 この日以来、二人はことあるごとにキスするようになった。
 いつの間にか、キスすることは二人にとって特別でもなんでもなく、当たり前のことになっていったのだった。

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